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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
四章 聖剣の勇者編
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5 かかと

 ハリエットがクライノート王国を発ち、数日後。

 その日エリノアは、細々とした使いで仕事場であるブレアの住まいを出ていた。


 憧れの王女の帰国はエリノアを悲しませたが、彼女がしゅんとしているとすぐに察する弟がいるもので……今日まで家では激烈に甘やかされて今に至る。

 そういう訳もあってエリノアは早々に復活した。復活せねば、心配した弟がおかしくなるし、そんな激甘さをなぜかテオティルまでもが真似しはじめるし。弟から話を聞いたリードまでが心配して家にやってきて何かと世話を焼いてくるしで……。

 おまけに、ブラッドリーに付き合わされるヴォルフガングが壮絶に迷惑そうで、同じく付き合わされていたグレンは猛烈に楽しそうだった。

『嫌がられながらするご奉仕は楽しいですね!』と……相変わらずルンルンしながら偏ったことを言ってくるので逆に精神にきた。おちおち落ちこんでもいられないエリノアである。


「……やっぱり世話されるよりお世話するほうが性に合ってるわ、私……」


 家での上げ膳据え膳を思い出した娘がぼやく。

 グレンにニヤニヤされながら姫がごとき扱いをされるくらいなら、マリーたちを風呂に入れて毛並みをふわふわに整えてやるほうが千倍癒される。


「いや、犬姿ならヴォルフガングでもいいな……メイナードさんの背中流すのでも……」


 備品を腕に、ぶつぶつ言いながら王宮の廊下を歩くエリノア。

 ちなみに……以前は入浴の手伝いをさせてくれた弟は、思春期なせいか、最近入浴の手伝いはさせてくれない。あっちからは頭を洗いたいとか言ってくるくせにだ。何かが間違っていると思うエリノアである。


 さて、そんな娘は、王宮の各所を回り、用事を次々に片付けて行った。最後の備品を調達し終えて。よし、では仕事場に戻るか──と、思った時……

 廊下の角で、慌てた様子の騎士に出くわした。


「! あ、申し訳ありま──」


 騎士の胸に頭をぶつけそうになったエリノアは驚いて、慌てて後ろへ下がり謝罪をした。が……

 騎士はエリノアを見ると、あ! という顔をして──叫んだ。


「いたぞ!」と。


「は?」


 キョトンと顔を上げたエリノアは──ハッとして──ギョッとする。

 男が顔馴染みの──オリバーと親しい騎士だと気がついた。──嫌な予感しかしない。


「!」


 これまで彼らに散々な目に合わされてきたエリノアは、反射的に後退って。騎士から離れようとした。しかし──

 案の定、彼女は抵抗する間も無く騎士に捕まってしまう。ガシッとメイド服の後ろをつかまれて、そのまま騎士に軽々と肩にかつがれ──……


「またかぁああああ!」


 エリノアの怒声が廊下に響く。

 と、騎士が首を竦めた。


「ひ、うるせ! お前、ちょ、口閉じてろエリノア!」


 舌噛むぞ! などと注意されても──不満しか爆発しない。

 騎士はエリノアを担ぐとそのまま王宮の廊下を戻りはじめる。何を慌てているのか、エリノアの抗議など聞きやしない……


「ぅおのれぇ……」

「毎度毎度……」

「筋肉どもめ……」


 運搬されながら……思わず呪わしい声が漏れる、漏れる……

 まあ、だが一応舌噛むぞと忠告してくれるあたりはオリバーよりはマシだと思った。

 なんなんだろうかとエリノア。

 どうしてこう、毎回荷物のように扱われるのか。貴婦人にするように、丁寧に恭しくやってくれとまでは言わないが……

 もしや、自分は女の子力が低いのか。誰だって、可憐な女の子をこう不躾に俵持ちにしようなどとは思わぬだろう。それとも……これが隠れ勇者として求められている資質なのだろうか。


(……確かに小物扱いされているほうが怪しまれずに済む……)


「──っだからってぇっ!」思わずブチ切れるエリノア。と、騎士が止まった。


「オ、オリバー! 見つけたぞ!」

「!」※エリノア。


 急停止した途端、騎士がそう言って。エリノアはやっぱりあいつの仕業かと殺気を飛ばし──かけたのだが……

 廊下に降ろされながら、名を呼ばれたその騎士(天敵)を見て、エリノアはギョッとした。


「や、やっと……見つかったか……お、お前……ブレア様のお住まいから離れるなって言っといただろ!」


 オリバーは汗だくでゼーゼー言いながら、壁に手をついてうなだれていた。


「王宮内をチョロチョロしやがって……探しにくいんだよ……!」と、声を荒げて──ぐったりする。


「ちょ、だ、大丈夫ですか騎士オリバー……」


 這々の体な男の有様を見て。怒りをポロリとどこかに落としてしまったお人好しエリノアがオリバーに駆け寄る。


「な、何事ですか⁉︎」


 と、ここまでエリノアを運んできた騎士が説明してくれる。


「お前を探し回ってる途中で、王妃様に見つかってさ。お叱りと罰を受けたらしい……色々」


 ……一時間ほど前、微笑んだ王妃は薄薔薇色の扇を揺らしながら騎士オリバーに言った。


『オリバー? わたくしの(息子の)お嫁さん(候補)の頭に汚物を降らせて押し付けたって……どういうこと?』と──。


 どうやらそれは……以前オリバーが、エリノアに汚れた洗濯物を大量に押し付けた時のことのようだった。

 騎士たちが国のために身を粉にして働いた過程で汚れただろう衣類に随分な言いようだが……つまり王妃はそれだけ怒っていた。そしてそれが激烈に怖かったらしい。


 それを聞いたエリノアは、よく分からないという顔をした。


「へ……え……」


 騎士が説明する王妃の言葉。『わたくしのお嫁さん』が、まさか自分のことだとは思わなかった。

 ただ、この人ったら王妃様にいったい何をしてどんなお仕置きをされたんだろうと……と怪訝に思って。今にも吐きそうなオリバーの青い顔を眺めながらその背中をさすっていると……

 今度は別方向から騒動がやって来た。

 結局エリノアが連れてこられたのは、いつも通りブレアの住まい前のエントランスだったのだが──

 その奥から、エリノアを見つけた先輩侍女たちが、慌てた顔でドスドスと駆けつけて来た。


「あ! オリバー坊ちゃんたち見つけてくれたのね! よかった! エリノア! こっちよこっち!」

「──え?」


 侍女たちのほうを振り返ると同時に、両側からガシッと腕を取られて。


「へ……?」

「早く早く!」

「え? え⁉︎ ちょ……」


 おばちゃま侍女たちに両腕を掴まれて、エリノアはあっという間にオリバーの傍からひっぺがされた。

 意味が分からないエリノアが、オリバーに説明を求めるような視線を向けるも──騎士は疲れた様子で娘に向かって手のひらを振っている。


 ──グッバイ。健闘を祈る。

 ……なんだかそんな幻聴が聞こえたような気がした。


「⁉︎」

「ちょ、どうしましょう! この子汗だく(※運搬中に出た。怒りのあまり)よ⁉︎」

「え──着替えさせる?」

「そ……そんな時間……もういいわよ! きっとお好きよ! 汗の匂い!」

「は? え、それはいったいどういう……」


 先輩方は、やややけっぱちに奇妙なことを決めつけつつエリノアを引きずって、どんどんブレアの住まいの奥に進んで行く。


「ちょ、あの、先輩……⁉︎」


 何事か分からず戸惑っていると、先輩侍女が鬼顔で言った。


「お茶のセットはもう中にあるからね! しっかりやるのよ⁉︎ 我らが殿下を頼んだわ!」


 その言葉にエリノアがハッとする。


「え、もしかして──」


 と、言いかけたところで侍女たちに解放されて。見ればやはりそれはブレアの居間の前。


「!」


 悟ったエリノアの顔が、パッと明るくなった──……ところで、扉が開けられ、エリノアは先輩侍女たちにその中に放り込まれた。そして先輩たちの猫撫で声。


「失礼いたしまぁす殿下ぁ、お側の者を交代させていただきますねぇぇ」

「ぅ」


 先輩侍女のわざとらしい声音にエリノアがビビっている。が、背中をどつかれて部屋の中へ押し込まれた。


「ほら行って!」


 小声で促されて。エリノアは慌てて身を正して室内を見る。

 と──


「……ああ、」


 長椅子から低い短い声が聞こえて。長椅子の端から、そこに寝そべっているらしい主人の足先が見えた。

 久々に聞いた声と、姿に……一瞬エリノアの心は喜びに膨らみかけた、が……

 聞こえた声には、重い疲労感が滲んでいたような気がした。


(ブレア様?)


 そういえば、彼があんな風に長椅子に横たわっているのも珍しいことである。

 エリノアの心の中に、サッと不安がよぎって行った。

 彼は聖剣が消えて以降とても忙しく、この王宮の私室には滅多に戻ってくることがなくなっていた。エリノアもピクニックで摘んできた花を献じた日以降は、彼には会う機会が無くて。留守を守りながらも、寂しさを感じていたところだ。


(……やっぱり……すごく、忙しくされていたのね……)


 あの様子ならば、彼はよほど疲れているのだろう。その一因が己にあることを重々承知しているエリノアは、心配で、申し訳なくて。

 できるだけ休んでいるブレアの邪魔をせぬように、そろりそろりと壁伝いに動き、そっと長椅子の前が見える位置まで回り込んだ。そこから彼の様子を伺おうとするが……その場所からでは、ブレアの表情まではよく見えなかった。

 長椅子の上で、ブレアは自身の片腕で目元を覆って横たわっている。


(ブレア様……大丈夫かな……)


 気になったが、立場的にも王子の顔を不躾に覗きこみに行くわけにもいかない。

 しかしこうして距離を置いて立つと、低身長のエリノアでは、ブレアの表情は少しも見えなかった。

 眠っているようにも見えるが、先ほど先輩侍女の呼びかけには反応していたから起きてはいるのだろう。

 ならばとエリノアは肩を落とす。自分は使用人なのだから、主人の声がかかるまでは壁際に下がって大人しく控えているべき──と、エリノアは思ったが……


(…………)


 つい……顔が見たくて。

 自然、エリノアのかかとが浮いてしまう。


(ちょっと、だけ……)


 背伸びをして、青年の顔を見ようと身体を左右に動かして……いると……


 ──不意に、くつくつと笑う声が聞こえた。


「……あ……」


 しまった、と思ったのと同時に、鼓動が跳ねる。

 横たわったままのブレアの瞳が──愉快そうに、エリノアを見ていた。

 この上なく、優しい眼差しで。







お読みいただきありがとうございます。

結構あいてしまいましたが、我が目のためにもしばらくは適度なスピードで進めさせていただこうと思いますm(_ _)m


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