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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
一章 見習い侍女編
21/365

21 ブレアなグレン

 


 王宮に着いたエリノアは、いつも通りまず侍女たちの居所に向かう。

 辺りを警戒しつつ支度部屋にたどり着くと、ひとまず普段通りに身支度を始めた。

 簡素な支度部屋の中では、幾人かの同僚たちがエリノア同様身支度をしている。さりげなく彼女達のようすを盗み見てみたが、特に異変は感じられなかった。

 

「あ、エリノアおはよう」

「お、おはよう……」

「あら? 髪型、変えるの?」


 近づいて来た同僚は、エリノアがいつも通りに後ろで束ねていた黒髪を解き始めたのを見て、不思議そうな顔をする。


「うん……ちょっと。き、気分転換にいいかなぁ……って……」

「ふーん」

 

 エリノアは言いながら髪にクシを通し、器用にそれを編んでいく。

 そして両耳の後ろにそれぞれ三つ編みを作ると、それを見た同僚は「似合ってるわよ」と笑う。


「でも、おでこが出ていないと、なんだかあなたらしくないわね」

「そ、そう?」


 同僚の言葉に、エリノアは少しホッとしながら己の前髪を押さえる。たった今、そこの鏡の前で切り落としたばかりの前髪は、眉の少し下で若干不恰好になってしまったが……十分だとエリノアは思った。

 それはもちろん、少しでも見た目の印象を変えてブレアに見つかりにくくする為にと思っての事だ。

 化粧も普段は全くしないのだが、今日は侍女の規則に触れない程度に薄く施してある。

 ちらりと横目で見る鏡の中のエリノアは、丸い額が隠れ、化粧の効果もあってか、いつもよりやや大人びた印象になっていた。これならば、毎日顔を合わせるような者なら無理だとしても、あまり面識のない者であれば、やり過ごせるだろう。エリノアはそう思った。

 と、隣で身支度をしていた同僚が、「そうそう」と、思い出したように言う。

 

「そういえばエリノア、侍女頭様が部屋に来るようにって言ってらしたわよ」

「え? 今日も?」


 昨日も侍女頭の部屋に呼ばれて説教されたばかりである。エリノアは、うっと困ったように顔を顰めた。

 すると、同僚はからからと笑う。


「違うわよ、ほら、あなた上級試験に受かったでしょう? その件らしいわ」

「あ、ああ、そうか……」

「じゃ、私、先に行ってるわね」


 支度を終えた同僚はそう言うと部屋を出て行った。

 エリノアは彼女の言葉を聞いてホッとしたものの、今後の状況次第では、その職を諦めなければならないということを思い出し、気持ちが沈む。

 これまで積み重ねてきた数々の努力を思うと、ため息が出た。


「……はー……」

「おや? ため息ですか姉上」

「っう、っひ!?」


 不意に耳元で声がして。

 エリノアは、耳をくすぐる聞き覚えのある低音に飛び上がり、その場から飛び退いた。


「な、だ……っ」

「姉上~」

「っ!? ひぃいいい!?」

 

 振り返った途端、大きな身体に突進されるように擦り寄られたエリノアが悲鳴を上げる。

 金の髪がさらりと頬を撫でてて行って……エリノアは気づく。


「ブ、ブレア様!? ……じゃ、ないっ、あんたっ、性悪猫!?」

「やだなぁ性悪だなんて」


 褒めてるんですか? うふふ──と、突然現れた体躯の良い青年は、色香の漂う流し目でエリノアを見る。エリノアは仰け反った。

 

「ちょ、やめっ……なんでまたブレア様……や、それよりあんたどうやってここに……」


 エリノアは擦り寄ってくるブレアなグレンを押し退けながら慌てて周囲を見渡した。

 幸い──同僚たちは皆支度を終えたのか、室内には二人以外の姿はなかった。

 ブレアなグレンはぐいぐいと猫のように擦り寄ってくるし、こんなところを誰かに見られたら大事になるところだった。


「び、びっくりした……このっ、心臓に悪いでしょ!! 性懲りもなくまたブレア様に化けるなんて! 王子が侍女たちの支度部屋に忍び込んだなんて噂がたったらどうしてくれるの!? 早く戻りなさい!」

「ええ~折角……」

「いいから!!」


 エリノアが必死の形相で凄むと、グレンは「ちぇ」と、肩をすくめて猫の姿に戻った。


「姉上ったらつまらないなぁ。もしや……人間男性より猫がお好きなんですかぁ?」


 グレンは信じられないという顔でエリノアを見る。


「そうかもしれないけど! や、そうじゃなくて!! あ、あんたねぇ、なんでここに……!?」

「ああ、陛下が目を覚まされまして」


 グレンはけろりと言う。


「え? 国王陛下!?」

「違いますー、おぞましいこと言わないで下さいよ姉上ぇ。私が陛下とお呼びするのは魔王様だけでございます。人間の国の王なんか。ただの髭親父じゃないですか。私の可愛いらしい陛下と一緒にして欲しくないなぁ」

 

 グレンは猫の顔を不快そうに歪めて、うぇーと舌を出す。その顔にエリノアが眉を顰めた。

 

「国王様になんて失礼な猫……。ああ……つまり、ブラッドのことな……の……えっ!? ブラッド目が覚めたの!?」


 エリノアは、ハッとしてグレンを見る。黒猫はにかっと笑う。


「はい。それで、陛下が姉上が心配だっておっしゃるからこうして私めが様子を見に参った次第で。」

「……ブラッド、大丈夫なの……?」


 恐る恐る問うと、グレンは「はい」とニンマリしたまま頷く。


「大丈夫でございますよ、陛下の暑苦しい忠犬がせっせと甲斐甲斐しーくお世話しておりますから」

「そ、そう……はー……よかった……」


 ひとまずは、弟の無事を聞いてエリノアが息をつく。

 と、その間にグレンが猫目を細めて「では」と、身を正す。


「そう言うことで、私め、姉上がご自宅に戻られるまで、しっかりじっくりじーっとりと、姉上様のことを監視させて頂きますので」

「はぁ!? いや、い、いらな……」


 何言ってんだこいつ、とエリノアは目を剥くが、グレンはにかっと笑って駆けて行く。


「駄目ですよぉ、だって、陛下のご命令ですもん」


 じゃあそこらへんで見てますね~! ついでに何か悪さしてやろうかな~? ……とか言いながら。グレンはすんなり長い尻尾を揺らしながら部屋を出て行く。そんな黒猫のしなやかな背を見ながら……

 エリノアはどうしようと青い顔で引きつった。


「……や、やばいっ! ……王宮に、魔物を侵入させてしまっ……っ!?」


 エリノアは慌ててグレンを追いかけた。




「侍女頭様、エリノアです……」

 

 エリノアはげっそりした様子でその扉を叩いた。


 ──あの後。エリノアは急いでグレンを追いかけた。

 しかし、さすがは猫。小さな体をどこに滑り込ませているのやら……探せども探せども……あの黒々とした獣を見つけることは出来なかったのである……


 エリノアは胃が痛かった。

 黒猫の姿ならまだしも、またブレアにでも化けて何処かで騒ぎでも起こしていたらと思うと、エリノアは、気が気ではなかった……

 しかし、あまり王宮内をうろついて、自身が本物のブレアに見つかりでもしたら。現状そちらの方が大変なのである。

 エリノアは迷ったが──仕方なくグレンのことは後回しにして、呼んでいると言う侍女頭の執務部屋へ向った。

 侍女頭なら王宮内部の出来事には詳しいし、ブレア王子のその後の動きもそれとなく聞き出すことも出来るかもしれない。もし危険がありそうであれば──最悪、辞職を願い出て、さっさと何処かに隠れているグレンを回収し、ブラッドリーのところへ帰らなければ。


「……はぁぁぁ……なんでこんな事に……いや、しかしやるしかない……」


 エリノアは意を決すると、その戸を押した。この居所には、侍女たちが寝泊まりする部屋だけでなく、彼女たちを管理する上役たちの事務室などもある。廊下に立ち並んだ扉のうち最奥にあるその木戸は、彼女が押すと小さく軋む音を立てて内側に開いた。


「失礼します、侍女頭様……あれ?」


 開いた隙間から中を覗くと、そこには誰もいなかった。

 普段なら、真正面の仕事机には、早朝一番の仕事を片付けて、次の仕事の段取りを整えている恰幅の良い女性上役の姿があるはずなのだが。彼女の姿がどこにも見当たらない。

 エリノアは首を傾げた。


「あの子を探すのに時間がかかり過ぎたかな……」


 エリノアが遅過ぎてしびれを切らした侍女頭が、もう別の仕事現場にでも行ってしまったのだろうか。それともまだ前の仕事がおしていて戻ってきていないのか。

 エリノアは、どうしようかと一瞬考え──ひとまず彼女が戻ってくるのをしばらく待ってみようと室内に足を踏み入れた。

 そうして侍女頭の机の前に立とうと、ゆっくりと歩みを進める、と──


 不意に、背後で木戸の閉まる音がした。

 静かな室内に、ぱたんと空間の閉ざされる音がして。

 部屋の主人が帰ったのかと思ったエリノアは、身を正し振り返った。


「侍女頭さ──」


 途端、入り口を見たエリノアの瞳が見開かれる。


「──来たか」


 低い声がした。──ついさっき、聞いた覚えのある声だった。

 入り口のすぐ傍。開いた扉の陰に、その男は壁に背をつけて立っていた。扉側の手が戸に添えられていて、彼が、その扉を閉めたのだと言うことが分かる。

 男はエリノアの姿を見とめると、交差させていた足をすっと解き、こちら側へ歩み寄ってくる。

 金の髪、灰褐色の鋭い瞳。

 その姿を見たエリノアは──思わず──

 

 叫んだ。


「こらぁぁあっ!! またなのか!!」

「……!?」


 エリノアは、くわっと緑色の目を剥くと、ワンピースの裾を翻し鬼の形相で男に駆け寄った。そして、己より高い位置にあるその金髪の頭をガシッと鷲づかむ。


「っ!?」

「捕まえたわよ!」


 青年の瞳がまるく見開かれる。

 エリノアは、やってられないと言う顔で言った。


「……だからっ! ブレア様になったら駄目だって言ってるでしょ!! しつこいわよあんた! もうここはいいからさっさと家に帰りなさい!! あんたが王宮をうろちょろしているかと思うと寿命が縮まりそうなのよ! 家に帰ったら魚でも焼いてあげるから……!!」

「……」


 エリノアは、途端無言になった男の頭から手を離し、その腕を取って引く。


「ほら、早く! 侍女頭様が帰って来ちゃう……ほら! さっさと猫に戻る!!」


 エリノアは出入り口の方を気にしながら、は、そうだ、と窓の方を見た。ここは一階だ。廊下に出るよりも窓を開けたほうが外には早いと思った。


「窓……そうだ、ま、窓からでも降りれるわよね!? 猫だもんね!」


 そうしてあわあわ机の向こうの窓に手を掛けて鍵を開こうとしている娘に──

 ブレアなグレンが怪訝そうに目を細めている。


「………………猫……?」







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