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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
閑話
209/365

【コミカライズ二巻発売記念SS】 ある朝の至福


「……」


 ブラッドリーの朝は早い。

 目覚めた少年が、むっくり寝台に起きると……まず必ずと言っていいほど……そのかたわらには、ふくよかなる女豹、コーネリアグレースが立っている。


「おはようございます♡ 陛下」

「…………」


 にんまりとした婦人の猫なで声に、ブラッドリーがため息をつく。

 女豹婦人はそんな君主には構うことなく、ふとましい腕を駆使し、目にも止まらぬ勢いで彼の身なりを整えて行く。

 魔界時代の名残りなのか……彼女は今でもこうして毎朝彼の世話を焼いてくる。ブラッドリーは憮然と眉間にシワ寄せた。思春期なせいか、最近この手の甲斐甲斐しい婦人の身支度がちょっと面倒で。

 ブラッドリーも先手を取って夫人よりも先に起きて身支度しようとするのだが……──いくら早起きしても、この元乳母は、それを見透かしたように毎回こうしてちょうどいい時間にやって来る。一度夜通しここにいるのかと疑ったこともあったが、どうやらそうではないらしい……

 張り合って早起きしようとすると、一睡もできないような事態になりかねないので……もはやブラッドリーも諦め状態である。

 少年は朝から二度目のため息をつく。


「……コーネリアはすごいよね」


 悔しさをこめて婦人にそう言うと、彼女はニヤリと牙を見せて笑った。


「あらぁ、陛下ったら。そんな嫌そうなお顔で……ご褒美ですか? ほほほ朝から眼福眼福」

「…………」


 婦人がそう言う頃には全ての身支度が終わってしまっているのだから……彼女の家政能力はやはり素晴らしく高い。しかしなぜか負けたような気がしてならないブラッドリーである……



 さて、コーネリアグレースにぴっちり身なりを整えられたブラッドリーが、キメられすぎの前髪を憮然とかき混ぜながら部屋を出ると……

 居間のテーブルの椅子に、メイナードが座っていた。

 この光景も毎度のことなのだが、老将は相変わらずうつらうつら舟を漕いでいる。

 彼は、夜間はどこかの森を寝床としているが、大抵早朝にはここに座っている。


「おはようメイナード」


 ブラッドリーが呼びかけると、老将はパチンと夢から覚めたようにヨロヨロと頭を持ち上げる。


「へ……お……ご……?」

「…………うん」


 ……寝起きのメイナードの言葉は一層聞き取りづらい。

 だが、まあなんとなく朝の挨拶であることだけは理解できるのでソッとしておく。

 老将は、起きてきたエリノアが、朝一番で彼に淹れてくれる茶が楽しみで、毎朝こうして待っているらしい……

 と、今度はそんなメイナードの足元から声がする。


「えいか、おあよぉごあいまふ(陛下、おはようございます)」


 モゴモゴとこちらも聞き取りづらい声で挨拶をしてくるのはヴォルフガングだ。

 老将の足元に犬の姿で四つ足を揃えた魔将は、口にカゴをくわえて座っている。尻尾はフリフリと揺れていた。


「おはようヴォルフガング」


 ブラッドリーはそんな忠犬からカゴを受け取ると、彼の頭を撫でて「ありがとう」と言った。と、ヴォルフガングの犬顔が、照れっとほぐれて。彼はいそいそと、廊下を戻るブラッドリーのあとについて行く。


 ヴォルフガングを連れて廊下を戻った少年は、今度は姉の部屋の前に立ち止まり、扉を軽く打つ。


「姉さん、起きてる?」


 コンコンとノックしながら問うと、室内から不明瞭な呻き声が聞こえる。「あと……もう少しだけ……」とかなんとか……

 それを聞いたブラッドリーが、足元のヴォルフガングを見下ろすと、三角の耳をそばだてていた白犬が言う。


「……陛下、あやつめ一度身を起こしましたが、また二度寝へ移行したようです」

「……またなの」


 やれやれとブラッドリー。

 実は、姉はあまり朝が得意でない。毎日それでも根性で起きてはいるようだが、疲れた次の朝などはこうなる。起こしてやらねば間違いなく遅刻。


 ちなみに……最近はテオティルが剣の姿でエリノアの部屋にいることもあるのだが……主人が就寝中は未起動なのか……壁に立てかけられた聖剣には目覚まし機能がないらしく、けっして奴はアテにはならない。


 仕方ない、と言いつつどこかソワソワ嬉しそうなブラッドリーは、もう一度だけノックをして。エリノアの部屋の扉をゆっくりと開けた。


「……姉さん、入るよ?」


 一応声をかけてみたものの──やはり姉は寝台の上で布団にくるまって二度寝中。すよすよと平和な寝息を立てている姉を見て、弟は噴き出すように笑った。


「っふふ……どうしてこう可愛いんだろう……ほらほら、姉さん起きて。仕事に遅れるよ」


 また朝食を食べ損ねたら困るでしょう? と、ブラッドリーは姉の腕を引いて。布団の上に彼女を座らせると、エリノアの目蓋が割れて、隙間から緑色の瞳がうっすらとのぞく。


「ほぁ……おあようブラッド……よくねむれた……? ねへさん(※姉さん)は、すごくよくねむ、れ………………」


 しかし引っ張り起こされたエリノアは、二言、三言つぶやくと……そのまま沈黙し。次第に頭が俯いて……

 ──それをブラッドリーが止める。


「だめだめ、そのまま寝ちゃだめだよ、起きて! まったく……姉さんったら……」

「ぁい……だいじょうぶ、だいじょうぶ……」


 肩を軽く揺すられたエリノアは、寝ぼけまなこでぼんやり頭を上下に動かしている。が、はっきり言って本当に起きているのかは怪しい。放っておけば、また「あと一分……」とか言いながら三十分は寝るだろう。

 そんな姉に弟は苦笑して。ヴォルフガングが用意してくれていたカゴの中から、湯で湿らせた手拭いとヘアブラシを取り出す。

 まずは手拭いでエリノアの顔を拭いて、それからブラシで髪を梳く。エリノアはされるがままぼうっとしている。ふとブラッドリー。


「姉さん……どうして毎朝こんなに頭がボサボサなの? 寝相、悪いのかな……」


 朝、ブラッドリーが起こしに来る頃には、大抵冬眠中のリスのように布団の中でまるまって可愛らしいのだが……髪は、壮絶にボサボサなのである。


「鳥の巣ですな」


 不思議そうなブラッドリーに、犬魔将は遠慮のない感想をキッパリ述べる。

 しかしブラッドリーは、魔将の言葉に怒るどころか、この上なく機嫌が良いようで。ヴォルフガングの言葉にも苦笑し、そのまま鼻歌でも歌いそうな顔で、姉の黒髪を整えている。

 うねり、絡まり、もつれた髪を、姉が痛みを感じないように、丁寧に。

 ブラッドリーにとって、この時間はこの上ない至福の時。

 病床についていた頃は、自分は人に世話を焼かれるばかりで、姉にこんなことをしてやれる機会はなかった。

 姉が疲れて朝寝坊するのは由々しき事態だが……しかし、こうして姉の愉快な寝癖をコツコツ整えてやれることは、とてもとても楽しい。


 ブラッドリーは、エリノアの髪の上でブラシを上下に動かしながら──クスリと笑う。


「……姉さんがくせ毛でよかった」


 幸福そうな少年の言葉に、寝台脇の白犬も嬉しそうにふわりとしっぽを揺らす。


 ──こんな抜けている姉だけれども、ブラッドリーが耳元で「……メイナードが居間でお茶を待っているよ」と、教えようものなら……

 姉は慌てて飛び起きて、転げるように台所まで茶を淹れに行ってしまうのだ。

 そんな姉が、好きすぎて……ブラッドリーは、こっくりこっくり眠そうなエリノアの後ろでつぶやく。


「……今日は──もう少しだけメイナードには待っててもらおうかな……」


 この時間が、とても惜しいから。


 幸せで、平和なトワイン家の朝の出来事である。




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