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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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124 不安とひがみの狭間のピクニック⑧ 終

 


 景色を見ていたエリノアは、ふとブレアの顔を思い出した。


(……今頃ブレアさまどうなさっているのかな……)


 殿下のことだから真面目に忙しく執務をこなしていらっしゃるんだろうなぁ……と思いながら……

 エリノアは傍に咲いていた可愛らしい白い小花を軽くつつく。


(…………あまり根を詰めていらっしゃらなければ……いいんだけれど……)





「ただい──ぅぐっ!?」

「おかえりなさいませ!」


 扉が開いた瞬間、何か大きなものに突進されて。その衝撃にエリノアが目を白黒させている。

 待ち構えていたように家から飛び出して来てエリノアを抱えたのは、銀の長髪の青年──……姿の幼児、聖剣テオティルである。


「テ、テオォ……た、ただいま……いい子でお留守番してた……?」

「もちろんです! ご無事のお戻り何よりです!」


 テオティルは抱きしめたエリノアの頭にぐりぐり頬ずりしている。が、突然無機質な顔になって彼は「しかし」と言う。


「ママン殿がですね、私を包丁がわりにして魚をさばこうとするのです。ちょっと滅してやろうかと思いましたが────」

「え!?」


 ギョッとしたエリノアに、テオティルはにっこりと微笑む。


「でも、エリノア様がお帰りになった時、ママン殿のご飯がなかったらエリノア様のお腹がおかわいそうかなと思って我慢しました」

「…………」


 テオティルの言葉に微妙そうなエリノアの目が、家の奥に立っているコーネリアグレースを見る。と、婦人はわざとらしく「おほほ」と笑いながらエリノアから目を逸らしている。


「や、やめてくださいよコーネリアさん! こう見えてこの子国宝ですよ!?」

「あーらおほほ、だってエリノア様は今日我が娘たちの子守をしてくれましたし、何か美味しいものをと思って。結構高度なテクニックですのよ? 魔力で聖剣を操り直接触れずして魚をさばくというのは。おまけに聖剣が魚臭くなって女神への嫌がらせにもなるという。これぞまさに一石二鳥、おほほほほ!」


 ママンは今日も悪びれない。高笑う魔物に、エリノアと共に帰宅した子猫たちは「さすがははうえ!」と、彼女に向かって飛びついて行った。エリノアは……とても頭痛がした。と、そんな娘を背後から抱く形でくっついたままの聖剣は言う。


「まあ幸い、老将殿があやつを止めてくれましたので魚臭くならずにすみましたよ」

「そ、そう……よかった……」


 いくらなんでも国宝を包丁がわりなんて。メイナードには後で礼を言わなければならないなと額の汗を拭うエリノア。


 ──その時。家の中でチリッと何かが弾けるような音がした。

 地をはうような声がする。


「……おい……いつまでくっついているんだ……」

「え……? うわっ、ブラッド!」


 振り返ると、背後でブラッドリーがテオティルを睨んでいた。

 怒りをにじませる暗い双眸。弟の周囲で何度も雷が弾けるような音がする。

 それを見たエリノアは、テオティルをくっつけたまま飛び上がる。が、しかし、聖剣は平然としたものだった。


「主人様がお許しになる限り。だって私は剣ですから」


 装備されて当然ですといつもの主張をするテオティルに、ブラッドリーは凶悪な顔を向けている。聖剣も負けじと笑顔で見返して──

 そんな一触即発の空気に、慌てたエリノアがもがいてテオティルの腕の中から脱出する。エリノアも──うっかり、覆いかぶさってくるこの青年を、幼児を背負っているかのような気持ちになっていた。


「テ、テオ──は、お、お手伝い! ほ、ほらブラッドもたくさん歩いて疲れたでしょう? 手を洗ってお風呂に入っておいで! ね!?」

「……、……はぁい」


 エリノアが急かすと、ブラッドリーはテオティルを睨みながらも渋々家の奥へと引っ込んで行った。その後をマリーたちがチョロチョロ追って行く。

 するとエリノアから離れ、そんな彼らの後ろ姿を見ていた青年が首を傾げる。


「おや? 魔王は随分機嫌がいいですね?」


 えっ……と、エリノアが目を剥く。


「あ──あれで!? どこが!?」


 テオティルののほほんとした顔に、ギョッとするエリノア。


「いえ本当ですよ。なんだかとても気分が良さそうです。よい外出だったのですね、あの者にとっては」

「そ、そう……なんだ……」


 先ほどの凶悪な魔王づらを見たあとではやや信じがたいが……聖なる剣であるテオティルは嘘をつかない。(※ただしあまり人心を解さないので、説明不足は大いにやらかす)その言葉にホッとするエリノア。

 まあでも、本当は彼女も悪くはないとは思っていた。当初の計画どおりに姉弟水入らずとはならなかったものの、結局あんなに喧々轟々やっていたというのに、ブラッドリーは最終的には騎士たちととても仲良くなってしまったのだ。

 あの激しい言い争いのあとでなぜだとエリノアは思ったが……男の友情はやはり謎である。

 しかし、前世のせいか人間嫌いなところがあるブラッドリーに新たな友人ができたことはやはり嬉しい姉エリノア。


「……いい気分転換になったならよかった……」


 安堵したようにつぶやいて……、が……そんな娘の顔をテオティルが覗きこむ。


「……」

「? なぁにテオ?」


 もはやその美麗なオレンジの瞳が間近に迫っても一向にドキドキしないエリノア。まじまじと見つめてくる彼を不思議に思って問うと、テオティルは言う。


「……でも、エリノア様にとってはあまりよいお出かけではなかったようですね」

「え……」

「どうされました? すごく落ち込んでいらっしゃるでしょう?」

「う……」


 普段通りに振る舞っていたつもりが見透かされて。実はリードとの一件で気落ちしていたエリノアは、ギクリと肩を揺らす。


「や、そ、そんなことは……」


 テオティルはうろたえるエリノアを不審げに見ている。が、エリノアが大丈夫大丈夫と繰り返すと、彼女の忠実なる(?)僕である聖剣は、それ以上主人を追求するようなことはなかった……







「あ──ブレア様!」

「!」


 次の日。王宮の廊下でエリノアはブレアと偶然鉢合わせた。

 ブレアの顔には驚きが浮かび、次の瞬間には瞳が優しくなる。

 それを見て、一瞬ブレアに会えた喜びを顔いっぱいに広げかけたエリノアだったが──次の瞬間なぜだかしまったという顔をした。──どうやら……身の後ろに何かを隠しているようである。怪訝に思ったブレアが短く問う。


「……エリノア?」

「え、あ、の……す、すみません!」


 エリノアは、ブレアの視線の前でギクリギクリとしていたが──唐突に、ガバリと勢いよく頭を下げた。

 その手には──花が握られていた。王宮の温室で育てられている、見慣れた青紫色の花である。


「? それは──今朝私の部屋にセレナが生けているのを見たが……?」


 ブレアが首を傾げる。

 別に隠すようなものにも思えなかった。部屋付きの侍女ならば、それらを生けたり交換したりする作業も仕事のうちである。

 しかしエリノアはバツが悪そうに、気恥ずかしそうに顔を耳まで赤くしている。


「も、申し訳ありません、その……実はお部屋に別のお花を生けたくて……これだけ交換させていただきました……」

「別の花?」

「ええと……実は昨日わたくしめ王都の外に出かけまして……」

「……ああ……」


 それは知っているとブレアは心の中でつぶやいた。

 彼女がピクニックに行ったと聞いて、しかもトマス・ケルルたちがそれについて行ったと聞いて、昨日は心底羨ましいと思ったものだ。


「…………」


 昨日のそんな自分を思い出して、無表情ながら気恥ずかしく思うブレア。──だが、そんな気恥ずかしさや、羨ましさを呑みこんで。彼はゆっくりとエリノアに問うた。


「……よい、休日だったか?」


 優しい眼差しを注がれたエリノアは一瞬ドキリとして──そして、一瞬の間ののち、しっかりと──頷いた。


「──はい、おかげさまで」


 色々あったが、弟は楽しそうだった。それにエリノアも……リードにまずは言うべきことを、言えたと思う。

 そのせいで再び惑い、悩み事が生まれても。ひとまず少しだけは前に進めたと思った。だから微笑んだ。


 そんなエリノアの顔を見て、ブレアがそれは良かったと静かに微笑み、微笑まれた娘もほわりと嬉しそうな顔をする──が、エリノアはハッとして、そうだ花だったと慌てだす。


「あ、そ、それで、その──昨日の外出時にきれいな花が咲いていたものですから、つい、その……」


 ブレアに見せたくて、と言いたかったが。しかしエリノアは恥ずかしくて言えなかった。

 本当は……ブレアの私室の一番目立たない小さな花瓶の花を、こっそり入れ替えておくつもりだった。ブレアは忙しく、最近昼間に私室に戻ることはほとんどない。だからまさかここで見つかってしまうとは思っていなかった。

 別に悪いことでもなんでもないが、他の侍女がせっかく用意していた王宮の花を勝手に変えてしまったのは、なんだかきまりが悪い。それに王宮の温室で育てられた立派な花とは違い、エリノアが生けたのは、かわいくとも野原に咲くなんでもない花だ。


「でもこのお花も別の──廊下の花瓶にでも飾っておきます! あ! もちろん殿下が野原の花なんかお気に召さないとおっしゃるならあの私──」


 慌てて弁解するエリノア。が、不意に──そんな娘にブレアが手を伸ばし──手を取った。


「──え?」


 一瞬ぽかんとして息を呑むエリノア。と、引っ張られ、エリノアの足が前に出る。

 気がつくとブレアが彼女に背を向けている。

 彼は娘の手を取ったままそれを引きながら……エリノアが、つい今出て来た彼の私室のほうへと進んで行っているのだ。


「? ? ? (え?)」


 エリノアは呆然とブレアの背中を見つめる。

 だが、繋がれた手を改めて見て、うわっ! と思った。一気に赤くなったエリノアが、うろたえた声で彼の名を呼ぶ。


「ブ、ブレア様、あの……」


 少し急いたようにブレアの歩く速度は速い。手を引かれるエリノアは、恥ずかしいやら、意味が分からないやらでオロオロしていたが……そんな娘の動揺した声を聞いてブレアもハッとしたらしい。男は慌てて手を離す。


「! す、すまん、つい……」

「い、いえ……あの……?」


 赤面したまま、どうしたのですかと視線で問うと、気恥ずかしそうにしていた青年は、躊躇ったあとエリノアを見て、短く、「……見たい」と言った。

 その言葉にエリノアがパチパチと瞳を瞬く。


「え?」

「──お前の摘んできた花を……共に。…………来てくれるか?」


 瞳を向けられた瞬間──そのひょうしに、エリノアの胸にはブワッと強く湧き上がるものがあった。

 それで、思わず勢いこんで、叫んでしまった。


「──……は、……はいっ!」








お読みいただきありがとうございます。

複雑な気持ちで終えたピクニックですが、とりあえず前向きな気持ちで頑張ろうとエリノアは思っているようです。


次章に移るため、しばらく更新お休みします。


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