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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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123 不安とひがみの狭間のピクニック⑦ 二人の気持ち

 

「私、好きな人がいるの」


 エリノアの顔からは、必死な思いがひしひしと伝わって来ていた。

 緑色の瞳に見つめられて。

 その真剣な色を静かに見つめ返していた──硬かったリードの表情が──……


 フッと、緩む。


「知ってる」

「え……」


 穏やかに返されて。エリノアが目をまるくした。

 そんなふうに返されるとは、皆目思っていなかったらしい。唖然とした顔で瞳をパチパチと瞬いている。

 そんな娘の顔を見ながら……リードは優しい表情を崩さなかった。崩さないまま──苦笑するように続ける。


「知っているけど──俺も好きだから。お前が」


 軽やかな言葉にエリノアがギョッとする。

 言えばきっと彼を傷つけるだろうと思っていた。当たって砕けるような気持ちで突進したが、ふわりと柔らかく受け止められて心の整理が追いつかない。『好きだ』と言われたことも手伝って、エリノアは赤面し。しかし、それではダメだと思ったのか、一瞬ぐぬぬと苦悶の表情を浮かべる。


「あ……あの、でも……リード……」


 しかしエリノアには二の句がなかった。リードに『他に好きな人がいる』と告げることばかり考えていて。それだけで必死で。そのあとは、傷つけてしまったリードに謝ることばかりを考えていた。


「あ、あのね……その……」

「……」


 言葉が続かず、汗ばかりをかいているエリノアを見て、黙って彼女の言葉を待っていたリードは「あのさ」と口を開く。少し困ったような顔だった。


「迷惑かもしれないけど……お前が他の誰かを好きだからって、急に変えられないんだよな。もう結構年季が入っちゃってるし」

「……そ──そ、うなの……?」


 年季と聞いて、エリノアが、えっという顔をする。彼女はそれがいつ頃からを指しているのかがまったく分からないらしい。そんな様子をどこかで愉快に思いながら……リードは告白する。


「そりゃあ入ってるよ。子供の時からずっとだぞ」

「こ、子供の……?」

「ああ。……お前って、なんかずっと見ていられるんだよな……主にハラハラしたり心配してだけど」

「……あの……それって好きなの?」


 しみじみと言うリードの言葉にエリノアがやや懐疑的だ。それでは不安がらせているだけではないか。

 しかしそんなエリノアの顔に、リードは含みのある顔でクスリと笑う。


「あれはいつだったかな……小さい頃はじめてエリノアがドレス着てるところを見て、それがびっくりするくらいかわいいと思ったことがあったんだけどさ、」

「ド、ドレス……?」


 思わぬところに話が飛んで、再びエリノアがキョドる。


「多分、宴か何かの帰りだったんだろうけど……きれいに髪も結ってもらって、ドレスもよく似合ってて。お父君もすごく嬉しそうだったし、偶然居合わせた俺も使用人たちもみんなお前に見惚れてたのに……」


 と、ここで懐かしそうだったリードが噴き出す。


「お前何を思ったのか……突然ブラッドのために鶏小屋にたまご取りに行くとか言いはじめて」

「あ」※思い出した。

「みんなが何言ってんだ……? ……って顔してるうちにお前本当に行っちゃって。ドレス姿のまま」

「………………」


 当時のことを思い出したエリノアは、ややクラッとしたようで。正座を崩し、地面に手をついてうなだれた。


「それでお前ときたら、ボッサボサの頭で帰って来て(※鶏と戦って来た)、頬には鶏に蹴られた痕までつけて、当然ドレスも破れまくってるのに……たまご片手にドヤ顔で勝ち誇ってるんだよ、あれには驚いた」

「………………」


 ……それは確か……タガート家の宴に呼ばれた日のことで。宴中会話した在りし日のちびっ子反抗期令嬢……つまりルーシーから、『滋養にいい食べ物ぉ?(※ガラが悪い) …………たまご?』とか聞いたゆえに。

 宴から帰ってすぐに屋敷の庭の端の鶏小屋に、ドレスを着たまま突進したと──そのような顛末だったように思う。その後エリノアは、どえらく父に叱られて。まさにエリノアの幼き日の恥ずかしい思い出の一つだ。

 エリノアはわっと顔を上げる。


「どう、どうしてそういうことばっかり覚えてるのよリードは!」


 エリノアが真っ赤な顔で叫ぶと、リードがそりゃあ、と言う。


「好きだから」

「ぎゃ!?」


 当たり前のように返されエリノアが真っ赤な顔で悲鳴を上げる。どこにやればいいの分からないらしい手がオロオロうろうろし、視線もキョトキョト走り回っていた。そんな様子を大袈裟だなぁと思いながらも、それでもどこかおもしろくて。こういうところが自分が彼女を好きな理由かもしれないなと思った。


「……そんなお前も可愛かったし。弟のためにいつも頑張ってて、でも手段を選ばない捨身戦法が無鉄砲すぎて怖いな……なんて思いながらハラハラ見てたら……いつの間にか好きだった」


 ──そう、懐かしそうに言われ……エリノアの羞恥ゲージが音を上げる。

 エリノアは、自分が昔かなり色々やらかしてしまっていることをわかっている。子供だったせいか、ブラッドリーのためになると言われると、今よりもっと無鉄砲だった。そのせいで父には散々怒られたし、ブラッドリーにも心配をかけた。他家の令嬢たちからも散々馬鹿にされたが、病気の弟のためならなんでもやっていいのだと思いこんでいるところがあって……おまけにその流れで没落後ルーシーの母親と衝突したこともあり、エリノアにとってその辺りのことはちょっとした黒歴史である。

 頭から湯気を出しそうな真っ赤な顔の娘は、顎からほとほと汗をしたたらせつつ手を挙げる。


「…………ぅ、あの……昔の向こう見ず全開な自分の失敗談だけでもかなり恥ずかしいんですが……そのうえ、そ、そ、そういうこと言われると……ちょっと吐きそうなくらい恥ずかしくてですね……!」


 げっそりしたエリノアの顔にリードが噴き出す。なんだよとリード。


「好きって言うなってことか?」

「う……」


 間近で顔を覗きこまれたエリノアがのけ反る。断るのだと決めた以上毅然としたかったが……ダメだった。近寄られると恥ずかしさが煽られて体温が急上昇する。(※そして汗は滝のよう)

 以前は平気で彼に跳びついていたはずだが……今となってはどうしてそんなことができたのかが分からない。

 そんなエリノアの動揺を知ってか知らずか、リードは好青年な顔のまま、ニコーッと笑う。


「いやだ」

「ひぃ!?」

「さっきも言ったけど、もう長年好きだからそう簡単にこの気持ちは消せない」


 はっきりとそう言って──だがリードは少し切なげな顔で笑みを陰らせる。


「……大丈夫だよ、お前が嫌がることはしないから……」


 青年は苦笑しつつそう言うと、エリノアから視線を外して遠くを見る。

 静かに座し、遥か先の山々を眺めているその横顔にどこか寂しさを見たエリノアは、息を吐き、小さく言った。


「……別に……迷惑だからとか、嫌だからとかいう理由じゃないの……」

「ん?」


 エリノアは自分がリードに伝えたいことを心の中で懸命に探した。


「私は……リードには幸せでいてほしいと思う」

「……」

「散々世話になったからとか、恩があるとかそういうことで私はリードが大切なんじゃないのよ……」


 濁した言葉の中には確かに「好き」だという気持ちはあるが、それはブレアへの気持ちとは少し違う。


「……私は他の人を見ていて、リードはそんな私に好きだっていう……それってリードは幸せなの?」


 別の誰か、彼だけを見つめてくれる人を探したほうが……と言いかけて、エリノアはその言葉を吞みこむ。

 それは他者が口出しすることではなく、リード自身が決めることだと思ったから。しかしそんなエリノアの思いを、リードはどこか察したような顔をしていた。

 と……エリノアがぽつりとこぼす。


「……私は……時々片想いってつらいなって思う」


 その言葉にリードが不思議そうな顔をした。


「……エリノア?」

「好きでいることは、嬉しいけど……でも悲しくなる時もある……」


 特に自分の場合──それは絶対に叶わないから。エリノアはそう心の中で付け加える。

 ブレアのことがとても好きだ。……でも彼は近いようで、遠い遠い存在だった。

 没落した家の娘である自分と王子なんて。気持ちが通じ合うとかそういうことの前に阻むものが多すぎた。

 王家、臣、議会、法、国民……きっと多くのものがエリノアの行手を阻むだろう。

 しかも、自分は魔王と魔物連れの身。そして制御の利かない聖剣の持ち逃げ犯。国に貢献しないなら聖剣返せと言われて仕方ない立場だが……エリノアはそうしたくない。新たな勇者が弟の脅威になるかもしれないから。

 そんな勝手をしておいてと、思ってしまうのだ。どうしても。

 自分の都合で聖剣という国の宝を隠し持っていて、それを必死で探すブレアに好きだと言うそんな資格が──


 ──果たして自分にはあるのだろうか。


「…………」

「エリノア? どうした大丈夫か?」


 エリノアの思い詰めたような顔にリードが心配そうな顔をする。そんな青年の顔にエリノアは、ハッとした。

 ──自分には、リードにあれこれ言う資格がないことに気がついた。

 自分だって、ダメだダメだと思いつつブレアのことを好きなのだ。想うほかには望んではならないと思いつつ、会いたいと考える。弟のためには避けるべきだと分かっているのに、それでも。


(……どうして……?)


 エリノアは己の矛盾に戸惑う。

 これまでは、ブラッドリーのためだと思えばなんでも我慢ができた。

 貧乏も、空腹も、世間の冷たい視線も。魔物ですら受け入れた。

 それなのに──ブレアのことはどうしても折り合いがつけられない。それを、はっきりと自覚した。


「…………」

「エリノア……?」


 暗い顔で黙り込んでしまったエリノアの顔をリードが覗きこむ。


「大丈夫か?」


 その顔を見て、エリノアは奥歯を噛む。己が傷つけただろう彼に思いやってもらうことはできない。


「…………うん……リード、ごめんね……」


 エリノアは、胸を押さえてそう声を絞り出す。

 情けなさそうな泣き笑いのような顔に──リードは不安そうな顔をしていた。





お読みいただきありがとうございます。

リードの気持ちを大切に…というテーマで書いていたらなかなかに難しかったです;

結局心配かけてしまっていますが;


さて、「侍女なのに…」と並行して、もふと癒しを求めて再び新しい作品も時々書いていたのですが、そちらも書き溜まってきたので細々更新中です。主にのんきなだけの作品ですが、のんきになりたい時にでもお読みいただけたら嬉しいです。


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