122 不安とひがみの狭間のピクニック⑥ エリノアの決心
皆にお茶を配ってから、やっと一息ついて。弟たちを横目に見ながら、エリノアはリードといろんな話をした。
……まあ主な話はやっぱりブラッドリーのことで、その次はヴォルフガングの世話や散歩について。その時にはすでに落ち着きを取り戻していたヴォルフガングの目の泳ぎ方はすごかった。
「……へぇ……ヴォルフガング……リードとおばさんに毎日そんなにおやつもらってたんだ……へえ……」
「!」
エリノアの少々冷ややかな眼差しにヴォルフガングがギクリとする。微妙そうな目は言外に、『君……魔物じゃなかったっけ?』と物語っている。魔将の目は……すよすよ泳ぐ。
と、何も知らないリードが頷く。
「うん? だってこいつ賢いしな。母さんも気に入ってかわいがってるぞ。近所の奥様方にも結構もらってる気がするな」
「…………へぇ、ほぅ……奥様方にも……」
「……」※沈黙の魔将。
リードによれば……子供たちの激しい突進にも白犬はよく耐えるので、良い遊び相手として奥様方からとても喜ばれているとのこと。それを聞いたエリノアの目は生暖かい。
「へぇ……ヴォルフガングさん、人気者だったんだねぇ……」
「……っ(その顔やめろ!)ガルル!」
知らぬ間にそんな人間関係築いていたのかという目に、魔将は牙を剥いている。逆ギレだなぁとエリノアは思った。
──そんなふうに……彼らの時間はとても和やかに過ぎていた。
ブラッドリーたちは相変わらず白熱しているが、それを見守る姉たちの目は暖かい。
子猫たちは野原をチョロチョロ転げ回って遊んでいて。そんな草花と戯れる子猫を眺めながら、仏頂面の白犬の背を撫で……エリノアとリードとの話も弾んで……
(良かった、普通に話してくれる……)
エリノアは悟られないようにため息をつきながら……幼なじみの青年を見た。
リードは広げた敷物の上に腰を下ろし、優しい顔で弟たちを見ている。風に吹かれ気持ち良さげにしている顔は相変わらずとても爽やかだった。
エリノアは小首を傾げる。
(リード……もう怒って……ない……のかな……?)
ついさっきまで。彼はエリノアに対して何か思うところがありそうだった。
しかしその気まずそうな気配は、お茶を飲む前あたりから消えていた。それがなぜかは分からなかったが、今はただ、いつも通りに会話を楽しんでいるように見える。
……でもと、エリノア。彼とは長い付き合いの娘には分かっていた。
彼はまたあの笑顔の裏で、何かを譲歩してくれたに違いない。
……リードは昔からそうだった。彼はエリノアよりも何かと大人で。喧嘩をしても、こうして必ず譲歩してくれる。その優しさにはいつでも感謝しているが、……でも、時にそれが不安でもある。不安で、心配だ……
もしかしてと──エリノアは焦る。
彼はいつまでも告白の返事をしないエリノアを怒ってはいたが──優しいリードのこと……つらい気持ちを隠し、エリノアのために吞みこんでくれようとしているのではないか……
……まさか彼が自分のことを“魔王”ではないかなどと疑っていたなんてことは思いもよらないエリノアは、そんなふうに考え……しっかりしろと自分を叱咤する。
(……だめだ、このままじゃ……)
エリノアは心の中を整理するように、一瞬瞳を閉じて、想う。
──自分は、彼に伝えなければならない。
自分が他の人を好きで、彼の想いには応えられないことを。
エリノアはずっと、彼に対してはでき得る限り正直に向き合ってきた。それはリードがいつでも、自分たちに誠実であったから。
魔王である、勇者である、という話はできない。だが、彼が彼の気持ちを見せてくれた以上、自分だって。
「……」
ゆっくりと瞳を開き、エリノアは顔をあげた。
「……リード」
エリノアは、敷物の上に正座して、にこやかに座っている青年に向き直った。それに気がつき、リードが優しく微笑む。
「……どうした? そんなにあらたまって」
「あの──あのね」
笑顔を向けられると、気持ちが挫けそうだが──言わなければならない。
自分の気持ちがどこにあるのか。誰のもとにあるのか。
……それによって、この心地よい関係が終わるかもしれなくても。曖昧なままごまかし続けることは、時に一つの道かもしれないが……エリノアはそれを選ばなかった。
応えられなくても、彼は大事な人なのだ。その幸せを祈る意味でも、自分が勇気を出すことは必須だと。
決心して──エリノアはリードの目を真っ直ぐに見る。
「リード……私──好きな人がいるの」
…お読みいただきありがとうございます。
いろんな誤解の末、エリノア決断。…でも多分まだリードもくじけませんよ!(`・ω・´)




