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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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117 不安とひがみの狭間のピクニック②  〜ブラッドリーとリード〜

 



 ……さて、説明しよう。野原を目指す一行になぜリードが加わり、どうして猫好きのヒゲ面騎士らと並んで歩いているのかというと……

 それは今朝、エリノアたちの出発前。彼がトワイン家を訪れたからである。……──忠犬ヴォルフガングの朝の散歩をさせるために。

(※ヴォルフ「迷惑だ!(怒)」)


 そんな彼を誘ったのは、もちろん“リード大好き”ブラッドリー。

 いつも通りヴォルフガング用のお散歩グッズ(と、犬用おやつ)を手にトワイン家にやって来たリードは、急な誘いに戸惑ってはいた。が、『一緒に行こうよ』と言う可愛い弟分の誘いを……彼は断らなかったのである。


 そんなこんなで。ほのぼのと魔王を癒すはずだったピクニックは、いささかおかしな状況と化していた。

 気まずげなエリノアとリード。子猫に引っ掻かれまくって嬉しそうに流血する騎士たち。そしてそれを見てイライラする白犬……


 だが、ブラッドリーも何もわがまま無意味に彼を誘ったのではない。

 ──姉に、『たとえ自分たちがなんであれ、彼が私たちをどう見ても、私たちはリードを大切にしなければならない』と、諭されてから以降。

 彼はエリノアのその言葉通り、大好きな兄貴分の役に立たなければととても気負っていた。

 リードの負担を軽くしようと商店での仕事に励み、尚且つストーカー張りに──いや、親鳥についてまわるヒヨコのようにリードの役に立とうとついて回った。

 けれどもそんな訳で、彼は彼なりに気がついた訳だ。ここのところリードの様子がおかしいと。

 最近のリードときたら、いつもどこか心ここにあらずで深刻な顔をしていて。口数もとても減ってしまった。それが心配だったのである。

 だから今朝も、家を訪れて来て、エリノアと顔を合わせた瞬間、戸惑ったように目を逸らすリードの様子を見たブラッドリーはハッとした。


(え、まさか……)


 普段はエリノアに穏やかに向けられていた空色の瞳が、今はどこか曇っている。

 複雑そうな顔を見て、ブラッドリーはうろたえる。


(もしかして、姉さんとリード……喧嘩した……⁉︎)


 ──晴天の霹靂だった。ガンッと殴りつけられたような衝撃を受けるブラッドリー。

 よほどショックだったのか……顔がやや薄暗く魔王っぽくなった。

 しかしこれは大変な事態である。(注※ブラッドリーにとって)

 姉とリードは喧嘩らしい喧嘩をしたことがない。

 たとえ意見がぶつかることがあっても、(自分とは違い)根が明るい二人のこと。大抵はリードがなだめ役になってくれて、結局最後はエリノアが謝って二人の争いは終わる。喧嘩にならないのだ。

 それに二人は今までずっと、ブラッドリーという守るべき存在のために一致団結して来た。そのような時、人はなかなか争うものではない。

 ……いや、ここのところのリードの様子を見て、薄々何かがあったのだろうとは思っていたが……“姉とリードが喧嘩する”という発想のなかったブラッドリーにそれは思いつかなかった。


 ──だというのに。

 やはりリードの視線はエリノアを直視するのを避けているようだった。

 ブラッドリーは慌てて姉の様子を窺う。


(ね、姉さんは──)


 と、部屋の奥で乱入騎士らとピクニック用の荷物を奪い合っていた(『お弁当は私が持ちます!』、『いやいやいやここは我らが!』)姉は、リードを見ると、『あ、』と、いつも通り親しげに笑い……かけて。

 しかしエリノアも、すぐにリードの目が自分を見ないということに気がついたらしい。途端、姉の表情も戸惑ったように曇ってしまう。


(────っ!)


 姉の悲しそうな顔を見たブラッドリーは……やはり二人の間に何かあったのだと確信する。

 ブラッドリーは蒼白になった。


(え……まさか……リード、姉さんのこと嫌いになったんじゃ……ないよね……? た、大変だ……!)


 ──そんなわけで。

 不安に駆られた弟は、二人を仲直りさせるべくリードを外出に誘ったという訳だった。


 ……ただ……そう決めた時にはもう既にブラッドリーは、騎士らのピクニックへの同行を許可してしまっていて。部外者たる騎士らを彼はやや邪魔だと思ったが、……まあ自分が積極的に騎士らを相手にすればいいかと思い直した。

 自分が騎士たちの方へ行けば、姉とリードも自分に構うことなく二人きりで話す機会もあるはずと。

 ブラッドリーは燃えた。


(僕が……絶対に二人を仲直りさせる……!)


 自宅を出る時、そんなふうに意気込むブラッドリーに、留守番組のコーネリアグレースが問う。張り切る君主の背の後ろにピッタリ張り付いた女豹婦人はどこか不満そうな顔である。


「……よろしいんですの? なんだかあのお二人、空気が重いですわ。(せっかく陛下のストレス発散企画だったのに……)」


 こんな重い空気で出かけても楽しめないのではと婦人は言う。が、ブラッドリーは譲らない。


「仕方ないだろう、大事な二人を喧嘩させたままにさせられるわけない! ここで仲直りしてもらわないと……!」

「…………」


 必死すぎる魔王の顔を可愛らしいと思う反面……コーネリアグレースは、やれやれとため息。


「人生うまくいきませんわねぇ……ま、このようなことであれやこれやお悩みになるのも、ある意味陛下が人生を謳歌できているということかもしれませんけど。やれやれ……」


 また魔王がストレスを溜め込んでいそうで、一抹の不安を感じるコーネリアグレースであった。




 さて──こちらはリード。

 ブラッドリーに誘われて。彼も内心ではとても戸惑っていた。

 トワイン家の姉弟とのどかな野原へピクニック……今日は店も定休日で、いつもなら二つ返事で応じるところである。だが今は、そこに小さな躊躇が挟まった。


「…………」


 ブラッドリーやエリノアの顔馴染みだという騎士らと並んで歩きながら……彼の視線は時折後ろを歩くエリノアへ向けられる。

 陽気な騎士から死守した弁当をガッチリ腕に抱えて歩く娘は、リードと目が合うと、彼に少しためらいがちに微笑んで見せる。……どうやらエリノアも、なんとなくリードの戸惑いに気がついているらしい。それはリードにも分かっていた。

 分かっているが──自分の心の中の疑問にすっきりとした答えを出せなかったリードは、そんな娘に軽やかに笑い返してやることができなかった。──結局、表情は固くぎこちない笑みしか浮かべられず。そんな自分にリードも嫌気がさした。


 ──そんな訳がないと、思ってはいるのだ。


(あんな街中に魔王がいるわけないじゃないか、それがこともあろうにエリノア? ……ありえない)


 何度もそう思う。

 だが──


『……あたしたちのこといいふらしたら、その目とノドをつぶしてやる』


 幼い声で耳に蘇る脅し文句。

 あの時相対した異形の少女の存在が、その考えを揺らがせる。

 ──あれ以来、まさかとは思いながらも、トワイン家にはなかなか近づくことができなかった。

 国法では、魔物を見た者は、速やかに騎士団に通報せよと定められている。国民の義務なのだ。怠った者には罰則がある。

 ──が、それも今となっては古い取り決めで。魔物が姿を現さなくなった現代でリードはまさか、自分がそんなことで頭を悩ませることがあるなどとは思ってもみなかった。

 しかしもちろんリードはあの少女のことを国に通報する気はない。──当然だ。あの少女にはエリノアが関わっているかもしれないのだ。死んでもそんなことはできない。

 ただ……リードは直視するのが恐ろしかったのである。

 エリノアがもし“魔王”だったらということが恐ろしいのではなく。もし本当にそうだった時、それを明らかにしてしまえば、取り返しのつかない何かが起こってしまうような気がして。

 それが自分とあの姉弟を永遠に隔ててしまうのではないかと思うと……とても怖かった。


(いや、何を……そんなことがある訳ないじゃないか、エリノアが……)


 魔王だなんて。──そんなことをぐるぐる考えていると、正直者なリードはすぐに不安が顔に出てしまう。彼自身もそんな自分を分かっていて、そんな顔をエリノアに見せられないと焦ると、表情は余計いびつになった。

 彼は昔から、自分がエリノアに弱いことを知っている。

 ダメだと思いながらも、心配はすぐに顔に出る。こんな疑念を抱えていては──いつの間にかエリノアへの思慕が周囲に筒抜けだったように──すぐに両親やブラッドリー、その他の人々にこの疑いが見抜かれてしまうのではないか。……そうなった時、エリノアが窮地に陥ってしまうのではと──


 ……そんな不安を構えながら、リードは今朝、戦々恐々とトワイン家にやって来た。

 戸惑いが深かった彼は、ここ数日の間、ついついトワイン家から足が遠のいてしまっていて、ヴォルフガングの散歩や手入れを疎かにしてしまってた。(「別にこなくていい!」※ヴォルフガング談)

 ……ごめんなヴォルフ! と青年は心の中で嘆き謝って。今日こそは可愛い彼(※魔将)を丁寧にブラッシングして、思い切り運動させてやらなければと、意を決してやって来た。……の、だが……


 訪れたトワイン家に揃っていた面々を見て、リードは目を瞠った。


『俺たちエリノア嬢ちゃんと特別仲のいいおっちゃんだぞ!』と、リードに陽気なウィンクをバチコーン! とよこす“おっちゃん”こと、トマス・ケルルたち騎士(※謹慎中)。──の、腕の中には黒い子猫。

 リードはギョッとした。

 丸くて小さなモコモコの毛並みの子猫たちは、あの日彼が出会った“異形の子猫”にそっくりで──


 つまり──……

 その時、呆然とする彼の目の前には、国法で定められている──“魔物を見たら騎士団に即通報”──……の、“魔物(※当該時点では疑惑)”と“騎士”が、仲良く(?)勢揃いしていたのである……


(え? え……⁉︎ こ、これって……大丈夫なのか……? 大丈夫なのか⁉︎)


 リードの胸中には驚愕と不安の嵐が吹き荒れた。心配すぎて──とてもではないが『ピクニックについていかない』……などという選択肢はなかったのである……






お読みいただきありがとうございます。


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[一言] あぁ リードが…大変…… 早く彼の心に平和を……
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