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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
一章 見習い侍女編
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2 エリノア、清々しいキャンセルチャンス


 それは……素人目に見ても素晴らしい代物だった。

 今まで見えていた握り柄の先には美しい鍔があり、その先に立派な剣身が──


「……………………」


 無言の娘。エリノア・トワイン、19歳。心の中で様々な独り言を猛烈に呟いてしまうお年頃。


 呆然とした瞳は緑色。後ろで一つ結びにされた黒髪は緩やかに波打っている。特徴的なのは形よくまるい曲線を描くおでこ。そして──身にまとうのは、王宮侍女の制服だった。

 そう、彼女は王宮の侍女の一人だった。

 普段は王族の身の回りの世話をする上級侍女──に言いつけられる雑用業務などが、エリノアの仕事である。

 数刻前、仕事でミスをして、上役である侍女頭に罰として聖殿周辺の森の掃除を一人でするようにと言いつかった。聖殿周りは普段は王宮の外れのほうにあることもあり、人気があまりない場所だった。

 そんな場所で一人、せっせと木の葉の片付けや雑草抜きに勤しんでいた途中──エリノアは大木の聖剣を見て、ふと「あれ、錆びたりしないのかな……」と疑問に思った。

 柄の部分しか出ていないのだから、王宮の者たちが手入れしようと思っても限界がある。

 とはいえ、王宮内とは言っても、大木があるのは屋外である。当然雨ざらしの野ざらしで。

 錆びたりしたら木にも悪いんじゃないだろうかと思い──何気なくその握りに手を伸ばし────

 

 たら、こうなった。




「……………………うーん……」


 エリノアは剣を手に重くうなる。

 まさか──抜けるとは思っていなかった。

 毎年、大地の豊穣を願う春の女神祭では、国内外から集まった武人たちが剣を抜こうと挑むのが恒例で。エリノアも王宮の下っ端侍女として、祭の手伝いに借り出されたことが幾度となくあった。

 国の王子達、将軍、騎士団員、公爵家自慢の家臣たち……などなど。

 屈強な幾人もの男たちがそれに挑んでは──破れるのを何度も、何年も見てきた。


 だからそれがまさか──


 己に抜けようとは。露ほども思いはしない。普通思う訳がなかった。


 エリノアはなんともいえない微妙な表情で呆然とした。これは──もしや夢なのか。


「は!? 本当にそうかも……」


 己に女神の勇者になりたいなどという願望はない。

 が──もしかして、日々の下っ端生活の鬱憤が堪り、深層心理の奥底とかで、屈強で高圧的な武人や高慢な貴族たちを華々しく蹴散らして、その聖剣と栄光とを手にしてやりたい……とかいう欲求が高まって──


「…………ないな」


 そこまで考えてエリノアはいやいやいや、と首を振る。

 鬱憤はある。大いにある。先程も、賓客の前で滑って転んで思い切り侍女頭に怒られて。腹いせに侍女頭が転んで溝にはまる様子を妄想してしまう程度には、うっぷんは溜まっていた。けれども、まあそれは勤め人としてはありがちなことである。妄想だけだ、許される、とエリノアは開き直る。

 それはさておき。

 エリノアには、自分が“女神の勇者”になるという夢を見てしまう程の願望など絶対にないという確信があった。

 エリノアが目指してきたのは“勇者”などという高尚なものではない。──上級侍女、それに尽きる。

 給金の増額。安定的な職。出世を目指して今日まで励んできた。

 現在、事情もあって、彼女の家はエリノアが一家の大黒柱を務めている。まあ、一家、といっても、最早そこには弟が一人いるだけとなってしまっているのだが……

 とにかく、エリノアは家族の為にも──“女神の勇者”になんて、なっていられないのだった。


「うーん……」


 しかし、夢でないならばどうして、とエリノアは眉間のシワを深める。

 聖剣は、今なお──彼女の両手の上に乗っている。

 ホウキとか、ハタキとかでもない……正真正銘、剣である。


「………………」


 エリノアはひとまず目を擦ってみた。それから二度見して、三度見して、四度見しても、聖剣が消えることはなかった。


「うーん……なにゆえ……」


 戸惑いは尽きない。

 しかもそれは別段苦労して抜いた訳でもなかった。彼女が手を添えるといたって抵抗なく──音もなく大木の幹から抜けてしまったのだ。

 剣を抜いた瞬間──遠くから時計塔の鐘の音が聞こえた。それだけは何故かはっきりと覚えている。

 王宮の外、城下町の広場の方にある立派な時計塔の音。

 カラー……ン、カラーン……という鈍い金属音を耳にしながら──あっという間に空を舞い、ひるがえって抜け落ちたその聖剣を──エリノアはただただ、無言で見つめるしかなかった。


「……………」


 そうしてどれくらいの時間が経っただろうか。

 しばらくそうして黙っていたあと……エリノアはそうかよし、と剣から顔を上げ、頷いた。


 そうかよし、うんうん──よし……


 ……戻そう! ……と。


 ……その瞳は清々しいまでの決意に満ちていた……




お読み頂き有難うございます。

やっと新作が書けて嬉しいです。

今作品もまた、完全なるラブコメになる予定です。幸せで笑える作品になるよう頑張ります。よろしくお願いします(*^_^*)


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