107 エリノア、怒りで気力をチャージする。
ちーん……と、奇妙な音がする。
物悲しいのに、どこか間抜けで滑稽な──最近よく聞く気がする音だった。
「…………」
エリノアは、揺れる箱の中、無言で膝を抱えて座っていた。はっきり言って居心地は悪い。上下する揺れに加え、抱える騎士たちの身長が合っていないのか、箱の底はやや斜め向いていて、自然、エリノアは箱の端によりかかる姿勢を取らなければならなかった。その暗い表情からは諦めが滲み出ている。
なんだかもう……とエリノア。笑いすらこみ上げて来そうな心持ちだった。
前代未聞ではないだろうか。箱に詰められて運ばれる侍女など聞いたことがない。……その正体が……実は勇者だなんて。
「……真実には、夢が……ないわね……」
娘は暗がりの中でボソリとこぼす。
もしこんな滑稽な事実を知ったら、聖剣の勇者に憧れる少年少女が泣いてしまうのではないだろうか。
ふっと自嘲気味に笑ったエリノアは、やはり自分は、聖剣の件を隠し通さねばならないのだなぁと改めて思った。
さて、それはさて置き。エリノアが入れられた箱の中は暗かった。元は何の用途で使っていたものなのかは分からないが、箱の身にフタをかぶせるタイプの木箱には、ほとんど隙間がないようだ。唯一、フタの隅に木の裂け目があるらしく、そこから薄い光が漏れ入ってくる。
外からは、えっほえっほと弾むような息遣いが聞こえ、時々、騎士たちの言い訳めいた声が聞こえる。察するに……衛兵か誰かに呼び止められた騎士たちが、なんでもないと誤魔化しているのだろう。
それを聞いたエリノアは危ぶむ。
(…………これ……もしかして私発見されたら、騎士様方は誘拐犯扱いされるんじゃ……)
大丈夫なのか騎士たちよ。それってもしかしなくても、ブレア様にも迷惑がかかる気がするんだけども、気のせいなのか。もしそれで彼らが衛兵に捕まっても、どうして箱詰めされたか理由を分かっていないエリノアには、彼らをうまく庇える自信がない。
そもそも自分は何故ここに詰めこめられたのだろうか。
騎士たちには「ブレア様のためだ」とかなんとか言ってまるめこまれたが……この珍妙な状態のいったい何が彼の人のためになるのだろう。せめて……もう少し説明をしてほしい……と思った時──……
そんなエリノアの、抱えた足のももと胸の隙間に、突然フワッと温かいものが触れた。
「え?」
「……ちょっとぉ、何誘拐されてるんですか?」
暗闇に小さくケラケラと笑う声。
「……グレン?」
声をひそめて問うと、小さくニャアと笑うような鳴き声が返ってくる。
「なんだかコントすぎて、思わず成り行きを見守ってしまいましたよ」
「…………」
いきなり現れて、クスクスと忍び笑う猫……に、エリノアを助ける気がまったく感じられないことは想定内。ここに来たのは笑うためだとエリノアも分かっている。
エリノアは疲れたため息をこぼす。
「ま……とりあえず放っておこうかなって。どうせ、大したことじゃないから……」
トマス・ケルルたちのすることである。
ひとまず彼らはブレアの配下であるからして、そう変なことは起こるまい……と、言うエリノアに、グレンは「現状、すでに変ですけどね」と吹き出した。
「しかし、随分落ち着いておられますね? 嫌ならさっさと外に出れば良いのに」
「まあ……無理に逃げてもややこしくなりそうだし……一応、運搬先はハリエット様のところみたいだから……それにちょっと抵抗する元気が残ってなくて……」
エリノアは疲れた顔を見せる。
先刻テオティルに脅かされた一件で、彼女はかなり気力を削られてしまっていた。
それでなくても侍女の職務だってそう楽ではない。しかしそれでも、日常業務ならばなんとか踏ん張れるのだが……
こんな、訳のわからないことで、いつでも元気フル充電していそうな筋肉騎士たちを相手に抵抗する力など……もうない。キッパリそう断言するエリノアに、グレンが愉快そうに笑う。
「やれやれ……勇者がこんな有様とは情けないですねぇ。ま、私としましては、そのほうが陛下に害もなさそうで安心ですけどね」
「……悪かったわね」
笑われたエリノアはムッとして口を尖らせた、が、その時。
上の蓋がパカっと開いて。箱の中に光が差した。
「!?」
エリノアは驚いて。咄嗟に小さな魔物、グレンの身体をエプロンで覆った。と、同時にケルルの顔が箱のフチの向こうに現れる。ニヤッと笑った騎士は、エリノアに向かって「ごめんな」と言った。
「え? なん──ぅっ!?」
いったいなんのことですかとエリノアが問う前に、ケルルたちは箱の中へ大量の布を投入。
「ちょ、」
頭からバサバサとかぶせられる白布に、エリノアが埋もれていく。
「き、騎士ぃぃいいいっ!」
「いやさ、もうブレア様の部屋は出たんだけどさ、外にも王妃様の侍女(追手)が見張っているみたいだから一応な、一応」
「い、一応って、せ、せまっ」
「覗かれたらまずいからな、それ被っとけ、じゃ、また後でな」
「……! ……ちょ……まっ……」
──そして頭上のフタはまた閉じられた。
再び暗くなった箱の中で、エリノアのエプロンとスカートの間に隠れていたグレンは「ぷはっ」と、息を吐きながらそこから這い出して。おや? と、エリノアを見上げる。
「? ……大丈夫ですか、姉上?」
頭に白い大判の布──どうやらシーツ──をかぶったまま、何故か沈黙したまま身動きしないエリノアに、グレンが問う。と、黙りこくっていたエリノアが、ボソリとつぶやいた。
……顔が……怖い……
「……この、シーツ……」
「え?」
「……さっき………………私がアイロンかけたやつだわ……」
「……、……、……あぁ……」
……すでにそれはグチャグチャだ。
エリノアは、静かに怒りに燃えるのだった……
お読みいただきありがとうございます。
ひたすらにコント…次話は、高慢なあの方再来。
コミカライズのほうは、愛しのママンのビジュアルが出て来て嬉しい限り(о´∀`о)
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