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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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103 ストレスは爆弾 byコーネリアグレース

 


 なんだかんだで魔物たちに顔と髪を整えてもらったあと。そのまま素っ裸にされそうな気配を察知したエリノアは、なんとか彼らを寝室から追い出した。


「ふ、ふう……いったいなんだったの……」


 手伝ってくれたのはありがたいが、以前犬姿のヴォルフガングを犬扱いして、うっかり風呂場に石けんを届けてもらってしまった時の恥ずかしさをエリノアは忘れていない。

 ヴォルフガングは、何かにつけては『俺は千年以上生きているのだから、お前なんぞ赤子も同然だ』と言うが……こちとら一応乙女なのであるからして。魔物の感覚に合わせて、バーンと出すもの出すわけに行くかとエリノア。だいたいそう言うのなら、先にグレンのセクハラじみた目つきと行動を是非改めて欲しい。


「はあ……魔物と同居って難しい……そもそもあの人たち人間で言うとだいたいどれくらいの年頃なの……?」


 エリノアを赤子というからには相当に大人なのだろうが、よく分からないなとエリノアは思った。


「あ、だめだ、急いで朝ごはん食べて出勤しないと……」




「ど、どうしたの姉さん!」


 エリノアが慌てて部屋を出ると、待ち構えていたようなタイミングでブラッドリーが駆けよって来た。


「お、おはよう」

「すごいクマじゃない……眠れなかったの? あれ? なんか頬が赤い……?」


 彼は、エリノアの顔に驚いて。心配そうな顔で、エリノアの赤くなった両頬に恐る恐る触れる。


「えーっと、や、これは別に……」


 早々に彼に見つかったエリノアは、内心しまったと思った。ヴォルフガングたちには、ブラッドリーに心配をかける前にクマはなんとかしろと言われていたのだが。

 エリノアは指摘された目の下を擦りながら恥ずかしそうに苦笑する。


「その……昨晩は目が冴えちゃって……頬は気合を入れるために自分で叩いただけよ。大丈夫大丈夫」


 しかしそう言った途端ブラッドリーの顔が悲しげに歪む。


「姉さんダメだよ、そのなんでも気合で片づけようとするところ……」

「えーと、でも私、根が単純だから、こういうのが一番効くっていうか……」

「だからって……もう少し自分を労ってくれないと、僕心配で心配で……、……、……」

「心配させてごめん、でも本当に──……あれ? ブラッド……?」


 ポリポリと頬を掻いて苦笑いしていたエリノアは、ブラッドリーの表情が何やら薄暗くなっていくのに気がついた。ブラッドリーの声は消えていき──何やら俯いた弟が一回り大きくなったような気がして。エリノアがギョッとする。暗い表情のブラッドリーの背後に、黒い闇がもやもやと燻っている。


「ぎゃ!? ブラッド!?」

「……あれかな? 姉さんに遅刻の恐怖を覚えさせるような王宮が悪いのかな……? それとも定時に出勤し続けないと評価を下げるとか減給とかいう不安を与える上司……? いっそ、その制度ごと王宮を……」

「おおお落ち着いてブラッド!」


 どうしたことだろう。ブラッドリーの反応がいつもより苦悩と怨念に満ちている。

 朝から仕事があるのは当たり前だし、エリノアが気合で物事にあたるのはいつものことだ。

 それなのになぜ? と、エリノアがどもりながら弟の両腕をつかんだ時。

 そこへ、朝からバッチリメイクのコーネリアグレースが、鼻歌を歌いながら通りかかる。


「♪ あーら、朝から心地よい邪悪な気が満ちていると思ったら……やっぱり陛下ですの。おほほ、エリノア様おはようございます」

「コ、コーネリアさん……」


 優雅にお辞儀してくる婦人を、エリノアは半ベソ顔で見上げる。と、婦人。


「陛下ったら物騒でとても素敵なお顔。でもいけませんわ、この仕事人間の姉君から職を奪えばどうなることか。きっと生きがいを失って一気に抜け殻ですよ。あたくしも働き者ですからよーく分かります」

「コーネリアさん!」


 婦人のやや芝居がかった援護射撃的セリフに、エリノアは感謝の眼差しを向ける。


「そう……そうよブラッド! 姉さん仕事大好き! 王宮には変な人もいるけど(オリバーとかソルとか)……今の職場の先輩たちはいい人ばかりだし……」

「…………」


 すがりつくエリノアに、少年は口から瘴気でも吐きそうなおどろおどろしい魔王顔をしていたが……

 この時、口の端を持ち上げた女豹婦人が、スッと持ち上げた手の内から、ポロリ……と金の懐中時計を垂れ下がらせる。そして何やら芝居がかった声を張る。


「あらぁ? もうこんな時間だわ……!」


 婦人は懐中時計を揺らしながら、わざとらしい流し目をブラッドリーへ送る。


「いけませんわぁ──あんまりゆっくりしていると、姉上様がぁ、朝食を召し上がる時間がなくなってしまわれますわぁぁぁ!」

「へ? コーネリアさん?」

「!」


 婦人の声にエリノアはビクッと肩を揺らして驚いたが、その瞬間、ブラッドリーの顔がハッと正気に帰る。


「お可哀想に……魑魅魍魎の巣食うが如き人間どもの王宮そうくつ(※コーネリアの偏見)で労働に勤しまないといけないというのに……エリノア様ったら腹ペコで出勤しないといけないのかしら! せっかく陛下が朝食用に卵を焼いてくださったっていうのに〜!」

「そ、そうだった! 早く姉さんに朝ごはんを……あ、わ……姉さんは、早く手を洗って来て!」


 コーネリアグレースの分かりやすい煽りに見事に乗ってしまうブラッドリー。彼は慌てて姉に水を使える炊事場を示し、自分は食事の用意をしにトワイン家では食堂と兼用されている居間の方へ駆けて行った。

 そんな弟をぽかんと見送ったエリノア。


「あ──……うん、分かった……(ブラッドリー……コーネリアさんにものすごく転がされてる……)」


 さすが元乳母とエリノア。


「あらおほほ、それもこれもエリノア様という格好の餌……いえ愛ある素材があってこそですわ」

「……(えさ……)」

「ほほほ、ま、そんなことよりも。エリノア様……」


 コーネリアグレースは微笑みを顔に貼り付けたまま、いくらか声のトーンを落として言う。


「はい?」

「今の陛下をご覧になったでしょう? あれは反動ですよ……油断なさらないほうがよいかと思いますわ……」

「へ? 反動……?」


 二人きりになった途端の婦人の慎重な物言いに、エリノアがなんのことだろうという顔をする。


「いえね、どうもこのところ、陛下が随分我慢をなさっているご様子なのです。エリノア様の邪魔をせぬようにと……」

「え? 邪魔……ブラッドが……?」


 思いがけないことを言われてエリノアは瞳を瞬いた。


「え? 今のが……ですか? え?」


 私ブラッドリーに何かを邪魔されたことなんてありませんけど……と不思議そうに婦人に返す娘は──こちらはこちらでブラコンをこじらせている。

 コーネリアグレースはそんな姉を見て、内心生暖かい気持ちでまったくしょうがない姉弟だわぁと思ったが。まあその件についてはとりあえず、今はつっこまないことにした。


「ええ、まあ、あなた様からしたらそうなのでしょうが。とりあえずその偏り弟愛は置いておいて……陛下は、あなた様に対する過干渉を自重しようとなさっているのではないかと思います」

「過、干渉……?」

「まあね、それは賢明な判断だとは思いますよ。愛とは尊重です。陛下は見守られる愛から、今度はご自分が姉を見守る愛に変わっていかなければと思っておられるのね……」

「……え……」

「愛する姉を独り占めしたい……でも、それでは姉が窮屈な思いをするだろうと……ああ陛下ったらなんていじらしい……」


 婦人の言葉にエリノアは目をまるくする。

 弟がそんなふうに自分のことを考えてくれているなんて思ってもみなかった。


(──でもそういえば……ブラッド、昨日メイナードさんの件は深く追求しないで許してくれた……)


 ……いや、結構追求はされていた気もするが……エリノアのフィルターを通すとそういうことになっているらしい。まあ、ただそれでも最終的には理由を聞かずとも許してくれたのは確かだった。

 そうかとエリノア。あれは自分のことを思ってくれてのことだったのか。

 エリノアの胸のうちには、じんわり温かい気持ちが広がった。


「ブ、ブラッド……!」


 感動し、弟を今すぐ抱きしめたい衝動に駆られ駆け出そうとするエリノア。

 が──しかし……

 そんなうるうるしている姉の首根っこを、ガッと捕まえて。コーネリアグレースはモッフリした顔をぐいっとエリノアの鼻先によせる。


「う⁉︎」

「……お待ちなさいエリノア様、重要なのはここからです。……その我慢の代償に、陛下のストレスはMAXなのですわ……」

「え……!?」

「先ほど申し上げた反動とはそのことです。あの陛下の不安定な様子をご覧になったでしょう? 慣れないことをしているせいでしょうねぇ……お気持ちは涙ぐましいですけれど、急な変化は精神に負担をかけます。ま、誰にだってストレスはございますよ? でもねぇ陛下は難しいお年頃ですし……」


 何より……と、コーネリアグレースは悩ましげな声を出す。


「あの方は“魔王”なんですから。あまり抱えこませすぎも危ないですわ。……世界が」

「せ、世界が…………」


 婦人のすん……っとした言葉にエリノアが引きつっている。


「考えてもごらんなさい。イライラが募って爆発したら人間でも周囲に影響を与えてしまうでしょう? あたくしだって子沢山。ふふ……過去には育児の疲れを溜めこんで暴走したことがございます」

「そ……それは……大変でしたね……」

「あの時は……我が家はおろか隣数軒跡形もなく黒焦げで、代わりの家を建てるのが面倒でしたわぁ、ほほほ」

「…………」


 懐かしそうに言う婦人に、エリノアが無言だ。

 そんなエリノアに、コーネリアグレースはお分かりですか? と、問いかける。


「つまりあたくしのような小物の魔物ですらそのような有様なのです。陛下が暴走したら甚大な被害が出るということですわね」

「う、」


 青ざめるエリノア に、コーネリアグレースは、己の頬に手を添えて悩ましげな顔をする。


「まあ本来なら、人間の世が陛下に壊されたって別にあたくしはどちらだっていいんですけれどね。でも、昨日エリノア様に娘たちや、小生意気なソル・バークレムの件で無理なお願いをしてしまった手前、あたくしも責任を感じておるのです。……ですからご忠告申し上げます」


 婦人はエリノアに微笑む。


「頑張っておられる陛下があまり気持ちを溜めこまれないように、エリノア様も少しご配慮ください。なぁに、そう難しいことではございません。ただ、陛下と水いらずの時間をしっかりもうけていただければ充分ですわ」








お読みいただきありがとうございます。


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