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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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100 貧乏性侍女と、心配性王子の攻防



 屋台が並ぶ市場のすみ。

 タルや木箱の上に板を乗せただけ……という簡素なテーブルの前に座ったエリノアは、卓上に並べられたおびただしい数の食べ物たちをどうしていいのか分からずに身をこわばらせていた。

 串焼き、腸詰め、炙り肉のサンド。肉だんごに揚げ野菜、揚げ肉、揚げ魚。スープとパンは数種類ずつ。炒った木の実に糖蜜をかけたような素朴な菓子類や果物もいくつか並んでいる。


「……、……、……(…………なんのパーティだろう……)」


 思わずぼうっとそう思った。

 しかしどうやらそう感じたのは、彼女だけではなさそうだった。

 賑やかな市場。もちろん他にも客はたくさん行き交っていて。そんな中、到底一人前……どころか二人前にも思えぬ量の食べ物をテーブルに並べ、一人静かに腹の音だけを響かせながら座っている娘の姿は、周囲の者たちの目にも奇妙に映ったらしい。他のテーブルの客や通行人たちがジロジロ投げかけてくる視線を感じながら……エリノアは、きっとものすごい大食らいだと思われているんだろうなぁと思った。

 エリノアはふっと諦めたような顔で空を見る。


(ま、いいんだけどね……)


 問題はそこじゃないしと心の中でつぶやく。

 ──と、その時市場の人混みを抜けてブレアがエリノアのもとへ戻って来た。

 威勢のいい屋台の呼びこみの声や酒呑み達の笑い声……様々な音がガヤガヤと混じり合う中でも、実に涼しげな顔で歩いて来た青年を見て、エリノアはほっとする。

 が……ブレアのほうはといえば、目当ての場所に座っている娘が、料理に少しも手をつけず自分を待っていたことに表情を曇らせた。


「──どうした、なぜ食事をしない?」


 買って来た茶をエリノアの前に置いてやりながら、ブレアが心配そうに問う。


「私を待たず食べていなさいと言ったはずだが……どうした? 空腹すぎて胃でも痛くなったのか?」

「え……っと……」


 案じてくれている様子のブレアに、なんと言ったらいいのかとエリノアが口ごもる。と、ブレアはそれを肯定だと受け取ったらしかった。

 彼は「では今度は何か胃に優しそうなものを」と、たった今座ったばかりの椅子から腰を浮かせ──驚いたエリノアが慌ててそれを止める。


「!? 違います! 胃は大丈夫です! ものすごく丈夫です!」


 ブレア様待って! と、エリノアは両手で彼の腕をつかんで引き留めた。

 これ以上何かを買ってこられてはたまらない。

 必死に引き止めるエリノアに、ブレアは釈然としない様子で眉をひそめている。


「? ではなぜ?」

「いえ、あの、りょ、量が……量に驚いてしまって……」

「?」


 エリノアは怯えたような顔でテーブルの上を見ている。


「ブレア様、わたくしめ、貧乏性なのでちょっとこの状況は恐ろしいんですが、どうしてこんなに……」


 テーブルに並べられた料理たちはどれも内容は庶民的な軽食だが……どうにもこうたくさん並べられると贅沢に思えてエリノアは尻ごみしてしまう。

 しかしブレアは不思議そうな顔をした。彼は王子という身分上、食事は豪華なのが基本だ。それに彼の母である王妃は実は女性にしては結構な健啖家で。たくさん食べる母を見て育ったブレアは一般的な女性の食事量をあまり知らなかった。ゆえに、エリノアに「量が」と言われても、いまいちピンと来なかったらしい。ブレアは生真面目な顔で首を捻っている。


「……これは……多いのか……?」

「あ……いえブレア様がたくさん食べてくださるなら……」

「? 私は空腹ではない。すべてお前のためのものだ」

「…………」


 当然という顔で返された言葉に沈黙するエリノア。

 ……まあ……そうなんだろうなぁとは薄々感じ取ってはいた。

 用意されたスプーンもフォークも一本ずつ。彼が今どこからか購入して来てくれた茶も一杯だけ。

『買い食いに付き合って欲しい』と言っていた彼の言葉は、空腹なエリノアのための建前だとはもちろん分かっていた。が……しかし、それならば、自分の腹は串焼き一本、パンの一つくらいで事足りるのだ。何もこんなテーブルいっぱい食べ物を用意してもらう必要はない。

『騒がせてしまった詫びだから』と、ブレアが言うもので、食べ物の調達を任せたが、まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。


「…………」

「エリノア?」

「…………(お支払い、いくらくらいだったのかな……)」(←怖い)

「食べないのか?」

「…………(ここまでくると……私もいくらか払ったほうがいいわよね……)」

「……?」

「…………(……そりゃあブレア様はお金持ちかもしれないけれど、さすがに気がひけるっていうか……)」


 エリノアは考えこんだまま、うんうん頭を悩ませている。

 そんなエリノアを見て、ブレアは不安げな様子。


「…………」


 なぜだか一向に、料理に手をつけそうにない娘。しかしその腹は先ほどからずっとグゥグゥ鳴っている。その音を早く鎮めてやりたくて、彼なりに慌てて屋台から食べ物を買い集めて来たのだが。

 いったいなぜだとブレア。


 ──血色はいい。具合が悪いわけではなさそうだ。

 ──もしや好きなものがなかったのか……


 と、そこまで考えて、ブレアはハッとした。


(もしや……嫌いなものばかりだったのか!?)


 無言のブレアは密かにうろたえた。

 エリノアが何を好きなのかわからなかったゆえに、色々と買って来たのだが。これだけあれば一つくらい好きなものがあるはずだと思っていたブレアは……その数打ちゃ当たる戦法のせいで、エリノアを萎縮させていることに気がついていない。青年は、焦燥感に苛まれる。


(……私はもっと、お前を知る必要があるな……)


 そうでなければ腹の音すら止めてやれないのだなと悔しくなり、思わず物憂げにため息をついた、時──……エリノアの腹から、一際大きな音が鳴る。

 キュゥッ、グルッ、キュルルルル……と、最後はもうダメだと訴えかけるように……切なく消えゆく音を聞いて──……瞬間、ブレアは咄嗟にあるものに手を伸ばしていた。

 


 一人考えこみ、──お金を払うって言ったら、殿下のご好意を無下にすることになるかしら……と悩んでいたエリノアは、

 

「……ん?」


 ふと、顔の傍に何かが近づいて来た気配に気がついて、視線を上げる。と──……

 自分の口のごく近い場所に、何やら茶色い肉の塊が……


「え」


 エリノアは──突然現れた肉だんごを凝視して、ぽかんと呆気にとられた。

 肉の向こうには──ブレアの真顔。


「……ブ、レア様……?」


 困惑して呼ぶと、そのエリノアの口を見て、ブレアが「それでは入らない」と不満そうに言った。


「へ?」

「もう少し口を開いてくれ」

「え?」


 ブレアは、肉だんごを突き刺したフォークをエリノアに向かって差し出していた。驚いたエリノアが肩を後ろに引くと、ブレアが子供を叱るような口調で言った。


「食べなさい」

「……た……っ!?」


 ギョッとするエリノア。だがブレアは肉だんごを引っこめなかった。


「いつまでそうしているつもりだ。腹の音が哀れで聞いていられない。食べなさい」

「あ……い──いただきます、けども……!」


 どうやら……ブレアはいくら待っても料理に手をつけないエリノアに痺れを切らしてしまったらしい。彼はエリノアの赤くなった顔に肉だんごを迫らせる。


「エリノア、口を開けなさい」

「フォ……フォークを……」

「渡せと? 分かった、だがひとまずこれを食べてからだ」


 ずいっと距離をつめて来たフォークと肉だんご。それを見たエリノアが、ひぃっ! と、叫ぶ。


「で、でも……」と、エリノアが言った瞬間、ブレアが悲しそうな顔をした。


「もしかして、(肉だんごが)嫌いなのか?」

「え!? ブレア様のことをですか!?」

「私……? 私が……ダメだったのか?」


 エリノアの盛大な聞き間違いにブレアが驚いた顔をする。と、今度はエリノアが悲壮な顔をする。


「え、あ、ち、違っ……!」

「すまない………」


 しゅーんと一気に落ちこむブレア。いくらか覇気を失った声で言う。


「だが、食事はしなさい……食べ物に、罪はない……」

「ええ!? ほ、本当に違います! 違うんですブレア様っ!」


 エリノアは真っ青になった。



 ──極度に不器用な彼は、普段だったらきっとそれをしなかったことだろう。

 はじめはただ、空腹のはずなのにいつまでも難しい顔で一向に食べようとしないエリノアが心配で。食事をとるよう促すだけのつもりだった。が……


 恥ずかしそうに少しうつむいて。耳まで赤い顔でおずおずと口を開くエリノアを見ていると……そこにはあらがい難い引力があるように思えた。

 薔薇色の唇が、ブレアの差し出した肉に思い切ったふうにかじりつき……それを見た瞬間彼は、やっとのことでエリノアに受け入れられた喜びに、すっかり心を奪われてしまったのだった。



「お……おいしぃです……」


 ほとほと額に汗しながら肉を噛んで、やっとのことで飲みこんだエリノアは、消え入りそうな声でそう言った。

 先程のまぬけなやり取りの後、結局軍配はブレアに上った。しょんぼりしたブレアに負けて、肉だんごを食べさせてもらったエリノアの顔は火照りきっている。その顔にじっと見入っていたブレアは──……ため息をつく。


(……今の顔……愛らしかった……)


 ……もう一回──……


 ──と、思ったブレアは。

 知らず知らずのうちに再びフォークで肉を突き刺していて。それを差し出されたエリノアが真っ赤な顔で慄いている。


「ブレア様!? フォ、フォーク、くだ、くださるって……」

「…………」


 約束が違うとのけ反ったエリノアが、言葉でブレアを制止しようとすると──途端にブレアの瞳が残念そうに曇る。


「う……」


 それはブレアの視線がわずかに伏せられて瞳に小さな影を作っただけにすぎなかった、が……エリノアにはそれで十分だった。エリノアの目には、ブレアがしゅんと捨てられた子犬のように見えてしまう。


「あ、あ! 我が目のフィルターがおかしい! で、殿下が……」


(可愛い可哀想……っ!)


 罪悪感と萌えに胸を射られたエリノアは、ブレアの寂しそうな顔に耐えられなかった。娘はしばし頭を抱えて「あ〜、ああ〜っ!」と不明瞭な声で呻いていたが。葛藤の末──断腸の思い……という顔で、差し出されたままのフォークの先端に刺さった肉(※今度は串焼き肉。ブレアが串から外してくれた)に、えいやっ! とかじりついた。

 途方もなく恥ずかしかったエリノアは、ブレアの顔を見ないようにギュッと目をつぶって、必死で肉を噛み──それを喉の奥に下してから。どうだこれで王子も満足だろうと恐る恐る瞳を開いて──その、途端……


 エリノアの喉がグッと鳴る。


「っ!?」


 危うくむせ返りそうになったエリノアは、慌てて自分の口を手で押さえこんだ。

 そんな娘が大きく瞳を開いて凝視しているのは──


 ブレアの、反則級の笑顔だった……


 ブレアは心底嬉しそうに目元を和らげている。──それを間近で直視したエリノアは──気が遠くなった。


(……死、死にそう……)


 恥ずかしいやら、ときめくやら、意味が分からないやら……頭がぐるぐるして。エリノアの胸は今にもはちきれそうだった。

 





 ──そんな一連の出来事を──

 屋台の影に隠れて見ていたトマス・ケルルは……同じく隣の屋台の影に身を潜めて生暖かい顔をしているオリバーに言った。


「オリバー……ぐふっ、ブレア様、幸せオーラ、万々歳……」

「…………黙ってろ」

「何言ってんだ! 黙ってられるわけないだろ! 俺担当じゃねーけど王妃様に報告しに行ってこよう、あ、陛下にも!? 王太子殿下にも!? ハリエット王女にもだな!? ブレア様が嬢ちゃんに、アーンってしましたって! アーンってしてましたって報告しなきゃだな!? な!?」

「……うるっせー……何回も言うんじゃねぇよ……」


 興奮しきってしがみついてくる同僚に、オリバーはうんざりとため息をつく。

 ──明日は王宮(主に王妃周辺)が大変な騒ぎになりそうである。






お読みいただきありがとうございます。

…うんうん言って書き上げましたが……結局ただイチャイチャしているだけの話だったような…

うんまあいいか……

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― 新着の感想 ―
[一言] 恋愛初心者で不器用な二人のデートって、外から見ると、ちょっぴりヤキモキしますね。お互いに好きな同士だから仕方ないのでしょうが、もっとハッキリしなさいよって言いたい気持ち満載です。
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