98 書記官の懺悔
「…………」
「…………」
「…………申し訳ありませんでした……」
ブレアの騎士たちに、ソルが囲まれている。
町の診療所の前。折り目正しく正座した書記官は、珍しく萎れた顔で肩を落としていた。
それをぐるりと取り囲んだゴツい顔の騎士たちは、じっと青年を見下ろしている。大股を広げて立つ者、腕組みをする者……その威圧感のある光景に図らずも出会った通行人たちは、ギョッとして急いで立ち去るか、おそるおそる遠巻きにして……「ありゃぁ、どこの犯罪者が捕まったんだ?」……と、噂話を交わしていた。
……さて、どうしてこんな有様になったかと言えば……
それは数十分前の出来事。
──その時、診療所に駆けこんで来たブレアたちを見た町医者の老人は、目をまるくして彼らを出迎えた。
それもそのはず。町の至ってこじんまりした彼の診療所に、いきなり大勢の騎士を従えた青年が、彼らの言うところの、“急病人”を慌てた様子で担ぎこんできたのである。
老医師はいったい何事かと思ったが、騎士たちに急かされて、考える間もなくエリノアを診た。時刻はもう夕刻に近いという頃。他に患者がいなかったのが幸いだった。
しかしそうしてエリノアを診察し終えた老医師は、ギョロリとした大きな目で、傍で恐ろしく堅い表情で彼の言葉を待っている青年(※ブレア。死ぬほど心配している)を見ると──言った。
「……あんたがた……この健康優良児をなんで連れてきたんだね?」
──と。
そう言われたエリノアは……健康優良“児”という歳でもなかったが。とにかく老医師はエリノアが健康そのものであることを言わんとしたらしい。
「……け、ん……?」
それを聞いたブレアは……これまで配下たちが見たこともないような唖然とした顔で瞳を瞬かせて。そんな彼に高齢の医師は呆れたような顔。医師の向こう側の診察台の上では……エリノアが、真っ赤にした顔を両手で覆って「やっぱり……」と呻いている。
「なんだって? 顔が真っ赤だったから連れてきた? それで大の男たちが慌ててゾロゾロやって来たのかい? はぁ、まあなんとも過保護なことだねぇ。そこでぐったりしておる者のほうがよほど療養が必要そうに見えるけどねぇ」
老医師はそう言って、ブレアの背後で疲れ果ててゼイゼイ言っているソルに目を向けた。(※体力がない)
その言葉に、診察室の中にはシーン……と沈黙が広がる。
──と、そこに……蚊の鳴くような声が弱々しく上がる。
「……だから言ったのに……」
そのいたたまれなさそうな声に……すっかり肩透かしを喰らって呆然としている男たちの視線が集まる。
注目された娘エリノアは、ちょっぴり涙ぐみながら、医師の言葉を聞いて目をまるくしているブレアと……診察室に入りきれずに廊下にまで溢れかえっている騎士たちを、恥ずかしそうに、恨めしそうに睨んでいる。……確かにその娘の顔は死ぬほど赤い。だがそれを医師は的確に診る。
「顔が赤かったのはあんたらのせいだな」
と、いうことで。一番最初に早とちりしたソルは、診療所の外で懺悔することになったのであった。
「…………申し訳ありませんでした、突然真っ赤な顔でお倒れになったのでてっきり……」
うなだれる書記官に、騎士たちは野太い腕を組み顔を見合わせている。
「かくなる上は、潔く罰を受ける所存にございます……!」
激しく罪の意識を感じているらしいソルは、決死の覚悟でそう宣言したが……
「……──ま……いいんじゃねえの?」
けろり、と答えたのはちっちゃい筋肉騎士トマス・ケルルだった。
「……は?」
思いがけず軽い口調に驚いてソルが顔を上げる。と、騎士たちはグフグフ笑い声を立てながら、目元をニヤニヤさせている。
それを見たソルは少し身を引く。
「……申し訳ない、皆さん、なんなんですかその気持ちの悪いお顔は……」
「え? だってなぁ、グフッ、おかげでブレア様は今日も嬢ちゃんに会えたし、なぁ?」
「心配そうなブレア様は尊かったな」
「おいコラ不謹慎だぞ! ……だがまあ気持ちは分かる……ふふふ」
「…………」
恋の話をする乙女のような騎士たちの顔に……ソルがなんとも言えない微妙そうな顔をしている。と、含み笑いをしていた騎士のうちの一人が、隣の騎士の肩に手を置いて嬉しそうに言った。
「それに見たか? あれやこれや殿下に向かってコソコソ文句を言っていた町民連中が、ブレア様の颯爽とした様子に見惚れて言葉をなくしておったわ!」
「見たぞ見たぞ! あれは素晴らしく様になっておいでだったし無理もあるまい! 男の目から見ても惚れ惚れするわい!」
「しかもだな、遅れて来た仲間の話では……あのあと町民たちは、ブレア様が暴漢から町民娘を救ったと噂しているらしい」
「ほう! 暴漢とな!」
「……暴漢?」
騎士たちの言葉に、正座したままのソルが不審そうな顔をした。
……どうやら……その暴漢とは、エリノアを不格好に抱えて走っていたソルのことらしい。
娘が逃げたそうであったこと、慌てた男が町民たちを押し退け、睨みつけながら走っていたことで、どうやらそのような勘違いを招いたらしい。
どうやら誘拐犯か何かにされたらしい当人は意味が分からないというふうに眉をしかめているが、騎士たちにはおおよその事情が分かったようだった。男たちは生暖かい目でソルを見下ろして。ケルルがポフッとソルの肩に手を置いた。
「? いったいどういうことですか?」
「ははははは! まあどうでもいいではないか! とにかくお手柄だぞバークレム! ははははは!」
「? …………はぁ……」
騎士たちは、笑って事実をごまかした。
ソルは不思議そうに顔を歪めている。
──それらのやり取りを、すべて彼らの輪の外で聞いていたオリバーは、やれやれとため息をこぼしているのだった。
──さて同じ頃。診療所の中でも頭を下げる男が一人。
羞恥と後悔で苦々しく歪んだ顔。しかし……小さく吐き出されるため息には、深い安堵がこめられていた。
「……すまなかった、本当に……」
待合の椅子に座るエリノアに向かって、自分もその正面の椅子に腰掛けながら、ブレアは深々と頭を下げている。
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…エリノアの周辺ではだいたいのことがのんきに進行しますね…




