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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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97 騎士の苦悩と、王子の苦悩




 ──城下町。道行く人々がおやと顔を上げる。

 キレのいい足音を耳にして、ついつい視線を吸いよせられた人々は……しかしその音を響かせる一行を目にすると、皆一様に怯む様子を見せた。

 石畳の敷かれた道を、物々しい雰囲気の集団がやって来る。

 連なり歩くその集団は、多くが騎士の姿をしていた。しかし……いったい何故なのか……ほとんどの騎士は、うす気味の悪いニヤニヤ笑いを浮かべながらウキウキ町を歩いている。中には浮かれたようにスキップする騎士(※ケルル)もいて。重量感ある肉体が跳ねるたびに、ドスンドスンと石畳が鳴り、ややうるさい。

 そんな奇妙な一行の先頭を歩くのは……端正な顔だちの一人の青年。

 見るからにただ者には見えぬ青年は、鷹のような鋭い目で前方を見据え、脇目も振らず歩いて行く。

 彼には特に町民たちを威圧しているつもりはなさそうだが、彼の進行する先にはおのずと圧倒された人々が道をあけ、雑踏に人混みを貫いた彼のための道が出来上がっていた。

 町民たちは首をひねった。あれはいったい何の集団なんだと、皆、彼らを遠巻きに眺めていたが……そんな中、誰かが「あれは第二王子じゃないか」囁いた。

 するとそれは瞬く間に観衆たちの中に広まって行き──町の者たちは、それぞれ間近にいた者と顔を突き合わせ、小声で何事かを囁き合いはじめる。

 ──あたりの雰囲気が一変していた。漂うのは……不穏な空気だった。


 ──そんな町の者たちの空気の変化を敏感に感じて。ブレアのすぐ後ろを歩いていたオリバーは、内心で舌打ちを鳴らす。そのヒソヒソ話が、ブレアにとっては、けしていい内容ではないことを承知していたためだった。

 これはまったく心外な話だが……最近王都の民の間では、消えた聖剣と勇者を第二王子ブレアが故意に隠したなどという噂が広まっている。

 口さがない者たちは、そこにどんどん尾ひれをつけて──中にはブレアが勇者をどこかに監禁しているなどと、まるで見てきたかのように語る者までいるという。当然オリバーたちはどこのどいつがそんなことをと腹を立てて噂の出元を調べたのだが……

 しかし、こうして実際に町に降りてみると、民衆のブレアに対する反応は彼らが調査した結果などよりも余程冷淡な気がした。オリバーは、ブレアを焚きつけてここまで連れてきたことを後悔する。

 騎士は心配そうな顔で、己の前を颯爽と歩く主君の背を見た。

 ブレアは宮廷で、誰よりも聖剣探しに奔走し、力を尽くしているというのに。どうしてそれが理解されないのだろう。


(くそ……今日のブレア様の過密な予定を全部大声でわめいてやろうか……全員不敬罪に処してやりたい……)


 そう内心で毒づきつつも、それでもオリバーが堪えるのは、ひとえに、王子ブレアに連なる者として節度を守るためである。己の行動は、即ブレアの評価につながってしまう。

 こんな風当たりの強い場所で、もし騎士がブレアのために民を捕らえれば……例えそれが間違いなく不敬罪に当たる事柄でも、目撃した者たちは皆ブレアに対する反感を強めることだろう。……もちろんブレアが命じれば躊躇わずそうするが、そうでない以上迂闊なことはできない。

 苦々しかった。だがオリバーが苛立ちを堪え、歯がみした時──不意に、耳がその声を拾う。


 ──……あれが聖剣泥棒のブレア王子か?

 ──ああ……さすが悪どそうな顔をしているな……


「────!」


 この人だかりの中では見つかりっこないとでも高を括ったか……下卑た笑い声に、オリバーは一気にカッと頭に血が上るのを感じた。騎士は声がしたほうを勢いよく振り返り、殺気を飛ばし──

 ……かけたのだが…………


 その時──ふと……、ブレアの歩みが止まる。


「オリバー」

「!」


 思わず腰元の剣に手を伸ばしかけていたオリバーは……ブレアの静かな声にギクリと身をこわばらせた。……いや、何も発言の主を斬り捨てようなどと考えていたわけではないが。冷静な主の声に、オリバーは、ああと嘆息する。

 どうせこの主人は、また『放っておけ』『かまわん、言わせておけ』と、言うに違いない。オリバーにとって、それはつらい命令だ。敬愛する主君が侮られているというのに、文句の一つも返してやれないのは、本当に、忍耐を必要とする。

 しかしそう文句を言うと、ブレアはいつもやれやれと言う顔をして、『ならば代わりに私になんでも言うがいい』と、苦笑する。私には遠慮せず、好きに苦情を申し立てろと言う主君に……オリバーは──まあ、結構なんでも言いたいことをズケズケと言わせてもらっているのだが。

 だがしかし、ブレアはオリバーに野放図にふるまうことを許しているわけではない。ブレアは外部の人間に対してはそれを許さなかったし、国民に対してもそうだった。


「……っ」


 オリバーの首元を汗がつたう。

 カッとして思わず民に剣を抜きかけたことがバレただろうか。

 ブレアは首を捻って横顔だけをオリバーに向けている。主君の鋭い視線に、短慮をおかしかけた騎士は引きつった顔で、ヘラり……と笑う。


「な……なんすか?」


 騎士の様子に一瞬目を細めたブレアは……しばし冷たい顔のまま、オリバーを見ていたが……


「……オリバー……思ったのだが……」

「は、はぁ」

「……このように急に訪ねては……エリノアは迷惑なのではないか?」

「………………は……?」


 それを聞いた騎士は一瞬ぽかんと口を開ける。


「……はい?」


 オリバーが耳に手を当てて、なんですって? と問い返すと、ブレアは真顔のまま往来で腕を組む。


「昨日茶会に招いて二人で過ごしておいて。しかも今日は己で休暇を与えておきながらだな……一日と()けずに家に押しかけて行くのはいくらなんでも好意があからさますぎるのでは……?」

「…………」


 それを聞いた途端、オリバーは頭に上っていた血がスッと冷えていき……一気に生暖かくなるのを感じた。

 なんだか呆れやら感心やらがごちゃ混ぜになったものを吞みこんだオリバーは、


「………………まあ、受け取られようによっては、こいつどんだけ私に会いたいんだと思われる可能性は、ありますね」と、思ったことを包み隠さず遠慮せず、ズケッとキッパリ言葉にした。と、途端、ブレアが「ぐ……」と頬を赤らめて。その苦悩の顔色に、いよいよ呆れるオリバーである。


「……それは……気になるんすね──……」


 不敬な発言を口にした男のことなどすっかりどうでもよくなってしまった。

 あの声はブレアにも聞こえていただろうに。コソコソと己を悪しきざまに嘲笑う連中を前に、娘の反応のほうが気になるとは恐れ入る。

 はーやれやれとオリバー。


「……その心臓の強さで好きなだけ好意をあからさまにすればいいんじゃないっすか〜? ……あーあ、心配して損した……」


 どうやら投げやりな気持ちになったらしいオリバーが、いじけた声でそう言うと、苦悩していたブレアがスッと目を細める。


「心配などしてもらわずとも結構。どうせ私はなんとも思わない。……そのためにお前が剣など抜くな」

「……ぅ」


 ブレアの言葉にオリバーがやはりバレていたかと顔を気まずそうにしかめる。だが、ブレアの口調は責めているようなものではなかった。最後に添えられた言葉は、騎士に対する気遣いに満ちていた。そのことにどこか気恥ずかしそうにしながらも、オリバーは「そうは言ってもですねぇ!」……と、苦情を申し立てようとした……が。


 不意に、ざわめく民衆の中から鋭い怒号が上がった。


「……なんなのですかこの騒ぎは……道が歩きにくいといったらありません! 道を開けてください! 急病人ですよ!」


「──ん?」

「あれ……ブレア様あの声……」


 聞き覚えのある声にブレアが顔を上げ、オリバーも眉間にシワをよせ怪訝そうな顔をする。二人は声が聞こえてきた方向へ視線を向けて──

 すると、そこに、民衆を厳しい叱咤で退かせた男が──神経質そうな顔で人垣の中から姿を現した。

 それを見て、ブレアとオリバーが揃ってギョッと目を剥いた。


 現れた男は……眉間にシワをよせて集まった民衆を睨んでいる。ただし……人垣を強引に抜けてきたその男も、民衆たちに相当睨まれてはいるが。

 だが現れた男──ソル・バークレムは、そんなことはお構いなしで、いつの間にか人で溢れかえっていた往来を足早に横切って行く。


「まったく……なぜこんなに道が人だらけに……迷惑な……おや……? どなたかと思えば……ブレア様ではありませんか?」


 人垣をぬけて、そこで目をまるくしている主君に気がついたソルは、一瞬だけ表情を和らげる。だが、彼の腕の中の存在に気を取られていたブレアは残念ながらその微笑みには気がつかなかった。

 何故ならば……ソルの腕の中には、げっそりした娘が、ぐったりした顔で収まっている。いや……収まって……いない……

 仰向けで抱き抱えられた娘の腕は、ソルの腕からだらんと垂れ下がっていてあまりにも不安定。どうにも捕まえられた猫が人の腕から逃げ出そうとした挙句こうなった……と、いうような、不格好な有様なのである。

 娘の顔は蒼白で、げっそりしてキレそう、もしくはキレすぎて気が遠くなるとでも言いたげで。どうやらそれも……娘がソルに対して途中でなにがしの抵抗を試みたことを物語っているようなのだが……

 その、青い顔を天に向け、口から魂が抜け出でそうになっている娘は……


「エ……エリノア!?」


 そう──まごうことなくエリノアなのであった。


 それを見たブレアは目を瞠って、己の書記官に説明を求めるべく慌てて詰めよって行く。


「ソル! こ、これはいったい……」(その背後でオリバーは「あーあ……またやらかしてやがる」と、うすら笑う)が……

 しかしソルは、主君の問いかけに応えず、立ち止まりもしなかった。臣下としてはあるまじき行為だが、青年はあくまでもキリッとした顔のまま、キッパリと声を張る。


「申し訳ありませんブレア様! 現在少々急いでおりまして……また後ほどご説明にあがります!」

「な、何……?」


 ブレアにそう言い放った男は、ブレアに一礼だけすると……そのまま足早に場を去って行く。


「道をお開けください! 道をお開けください! 急病人です!」

「……急、病人……!?」


 それが腕の中のエリノアを指すのだということは明らかで。うろたえていたブレアの顔色がサッと青ざめる。ブレアは慌ててソルに追いつくと、その肩を引き止める。


「待て!」

「む、ブレア様?」


 引き留められたソルはゼーゼー言いながら振り返った。

 意気込みはいいのだが……ソルは文官なせいか、キビキビしている割に足が遅い。人ひとり抱えて人混みの中をくぐり抜けてきて疲れもしたのだろう、額からはおびただしい汗が滴り落ちている。それに、真顔で分かりづらくも、必死すぎる書記官は……自分がどれだけエリノアを不格好に、不安定に抱き抱えているのかにすら気がついていない。おそらく彼には「早く医者に行かねば」という頭しかないのだ……


「貸しなさい、私が」


 ブレアがそう言うと、ソルは「しかし殿下にそんな……」と一瞬の抵抗を見せた。が、


「──ソル」

「! ……は……」


 短いブレアの呼びかけには、はっきりと命令の意がこめられていた。その切羽詰まった主君の顔に……流石のソルも逆らわず、こうべを垂れる。ソルはブレアにエリノアを丁寧に受け渡すと、汗をふきふき、道を先導しようと先へ行く。

 そしてエリノアを渡されたブレアは……

 彼はぐったりした娘の顔を見て、一瞬苦悶の表情を浮かべたが……ブレアはグッと奥歯を噛み、そして急ぎソルの後に続いて駆けて行った。後に続くオリバーたちも、皆苦しいブレアの胸のうちが分かったのか……誰も娘をこちらによこせとは言わなかった。




 ……しかし──……


 ソルの「急病人です」という台詞にすっかり気を動転させたブレアは、その言葉に惑わされ、気が焦るあまり……当のエリノアの容態をよく確かめはしなかった……

 可哀想にエリノアは……ソルの『ブレア様がお好きですか?』という無遠慮極まりない質問に負わされた精神ダメージも癒えぬまま(……そして何故かそのまま問答無用で病院送りにされそうなことにキレそうだったストレスもプラス)

 唐突にも……まさかの御本人様ブレア登場に……


 本気で気絶する三秒前である。







お読みいただきありがとうございます。

なかなか書けずにいましたが、なんとか…

ソルとエリノアは、水と油、ハブとマングースです。


ご感想、ブクマ、評価等ありがとうございました。感謝です( ´∀`)

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