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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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92 魔王に激甘なエリノアの仮説 ①

「……思ったんだけど……」


 民家の壁に隠れてじっと通りのほうをうかがっていた娘が、ふと言った。


「ブラッドリーにバレないようにって……それ絶対無理じゃない……?」


 渋い顔で言いながら、モンターク商店を見ているエリノアは、今度はもちろんきちんと服を着ている。洗髪した髪も女豹婦人に魔法で乾かしてもらい、ふんわりと肩の上で波打っていて、その揺れる髪を……娘の背後から嬉しそうに指で弄んでいた銀の髪の青年は、娘の疑問にのほほんと答えた。


「当然です。魔王はエリノア様をすぐに感知しますよ。多分気配くらいはもうすでにさとられていると思います。私もセットで」


 テオティルは平和そのものという顔でそう言って。エリノアは頭痛を感じて頭を押さえた。

 それでどうやってブラッドリーにバレないようにメイナードを連れ出せというのだろう。

 悩んでいると、テオティルがニコニコ頭をなでてくる。


「要はあの年老いた魔物を連れてくれば良いのでしょう? なんでもいいのでは? 魔王はエリノア様には気を許しています」

「なんでもって……そうもいかないでしょう? コーネリアさんとバークレム書記官の身の安全がかかっているのよ!? ここは慎重にいかなきゃ……」

「……」


 壁にかじりつく主人の真剣な様子に……聖剣は珍しく難しい顔をして、腕を組みフムと考えこむ。

 主人の言う者たちのうち一人は魔物だ。それにもう一方の人間の男のことは、エリノアがかなり警戒しているように見えたのだが。


「うーん私はてっきり……あの男こそが主人様の真の敵かと思ったのですが……」


 主人様の敵の判別が難しいですねぇ……と、のんきな聖剣は独り言つ。……危うくソルは、聖剣から勇者の真の敵認定されるところである。……それも魔王を差し置いて。



 さて、とにかく。こうしていても仕方がないということで。エリノアはとりあえずモンターク商店に乗りこむことを決断した。ひとまずは買い物でもしにいくふうを装って、先にブラッドリーの動向をそれとなく確認しておく作戦だ。

 客が途切れたタイミングを見計らって、エリノアは緊張を顔に張りつかせ……いつもと同じ調子で店の扉を元気に押した。


「こんにちはおじさん! ブラッド調子はど──どうしたの!?」


 入店してすぐに、エリノアは愛する弟を見つけたが……途端、娘は目を剥いた。


「あ……姉さん……」


 棚の前で品物を補充していたブラッドリー。姉に気がつき振り返るが、その顔が──あからさまに暗い。瞳も沈んでいて覇気がない。まるで背中の後ろに暗雲でも立ちこめているような弟の様子には、エリノアはうろたえた。

 すると、店の奥から彼女の声に気がついた店主が顔を出して。店主は彼女に手を振ってくれながら、彼もまた暗い表情のブラッドリーに気遣うような視線をよこす。


「よお嬢ちゃん、いらっしゃい……それが……なんだかさっきからブラッド坊ちゃんの元気がなくてねぇ」

「えっ、だ、大丈夫!? 気分でも悪いの? びょ──病院に行く?」

「……ううん、大丈夫、ごめん……そうじゃないんだ……」


 エリノアが一目散に駆けよって弟の額に手を押し当てると、彼は力なく笑って。それがどこか儚く危うげな表情に見えて。エリノアの不安は大いにかき立てられた。


「姉さん、僕、大丈夫だよ……?」

「や、とてもそんなふうには……ちょっと待ってブラッド、ちゃんと話そう? ね?」


 そうして慌てたエリノアはリードの父の元へ飛んで行き──

 ……その頭からは……ソルやメイナードのことはすっかりコロリと抜け落ちてしまったのであった。



 少しだけ休憩をもらえるようにモンタークの店主に頼んで。エリノアはブラッドリーを店の倉庫に連れていった。

 暗い顔の少年をそこに置いてある椅子に腰掛けさせて、自分もその隣に腰掛けた。


「それで……いったい何があったのブラッド」

「…………」


 ブラッドリーは深く落胆した顔で床を見つめていたが、姉の問いかけに少しずつ口を開く。ポツリポツリと溢される話を聞いていると、どうやら彼が思い悩んでいるのは──リードのことのようだった。


「……リード?」


 喧嘩でもしたのかと問うと違うと首を横に振る。しかしよほど消沈しているのか、彼の口はとても重かった。具体的な話はしてくれず、ただ、『グレンの正体がバレそうになり、誤魔化すために嘘をついた』と彼は告げ、それを聞いたエリノアはギョッとして驚いた。


「そ、そんなことがあったの? ごめん、全然知らなかった……」


 与えられた情報が少なかったエリノアは、その話が、己を助けようとしたグレンが絡んだ一件なのだとは気がつかなかった。

 ブラッドリーはため息まじりにつぶやく。


「……ある程度は……仕方ないと思う。魔王だ、魔物だって、人間のリードになんでも正直に言えばいいってものでもないし……」

「……うん……」


 ブラッドリーの言葉にエリノアも物憂げな顔で頷く。

 姉弟はリードのことをとても信頼しているが、彼には出来るだけ自分たちの正体については明かさないと決めていた。

 何も知らない彼にすべてを打ち明けても、困惑させることは明らかだったし、何よりリードたち一家は、この地に根ざした商人である。その商売は、町民たちからの信頼で成り立ってきた。

 対してブラッドリーはといえば、民たちには恐怖される存在で。聖剣持ち逃げ犯であるエリノアもあまり胸を張れる立場でもない。

 ブラッドリーもエリノアも、できればこの先も何事もなく普通の人として暮らしていきたいと願ってはいるが……この先何があるとも分からなかった。

 万が一ブラッドリーの正体が世間に露見するようなことがあった時、自分たちと親しいリードたちが何らかのとばっちりを受ける可能性は大いにある。それだけは、なんとしても防がなければならない。

 そのためにもエリノアたちは、リードたち一家には何も知らせないほうがいいと考えていた。

 知らなければ何かが起こった時にも、モンターク商店の面々は自分たちに『騙されていた』と、まだ言い訳が立つかもしれない。


 ──だけど、とブラッドリーは苦悩の表情を見せる。


「……でも今回またリードに嘘をついてしまって、ふと……こんなに優しいリードに、僕はいつまで嘘を重ねるんだろうって思った」

「ブラッド……」

「かといって、本当のことを打ち明けたとしたら、リードがどんな顔をするかなって……リードは本当に善良だから……僕がこんな存在なのだと知られたら、きっと離れていくよね……」


 二進も三進も行かない。正体を欺くより他になく、欺くのをやめたらやめたで怖がらせてしまう。

 そう悲しくなった少年は暗い顔で口をつぐみ、心の中でつぶやく。


(それに……僕は、まだ姉さんにすら転生前の話をほとんど何も話してはいない)


 恐ろしくてとても話せなかった。

 永い永い魔王としての時代、魔物を束ねるものとして、時に無慈悲に振る舞った。そんな自分を知ればリードどころか、姉だって自分のことを恐れるのではないか。

 ブラッドリーは世界の何者をも恐れはしないが、それだけはとても怖いと思った。


(──二人を失ったら、邪悪な僕には……いったい何が残るんだろう……)


 もしかしたら人の世界とは決別するのかもしれない。

 それとも……全てを壊したくなるだろうか。


 ……考えはじめると、暗澹とした思いに囚われてひたすら途方に暮れてしまう。と……

 不意に、目の前でスッと姉の息を吸う音が聞こえた。


「──でも──……ブラッドは、ずっとリードが大好きでしょう?」

「え……?」





お読みいただき有難うございます。

長くなったので分割します。続きはチェック後に。


誤字報告いただいた方有難うございました!

ブクマ、評価等も感謝です!

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