90 エリノアはソルをロボットか何かだと思っていた
エリノアはしまったと思った。
慌てて走って来たものの、格好が格好だ。裸にタオルは不味かった。
──風呂場でマリーたちを洗っていたら。家の中でコーネリアグレースが誰かと揉めているような声がした。
慌てて駆けつけてみると、なぜか玄関でこの──ソル・バークレム氏が散らかったものを拾い集めていて。
それが、女豹婦人の揉める相手としてはあまりにも意表をついた人選であったもので、エリノアの心臓は一瞬幽霊でも見てしまったかのように縮み上がった……が……
そのソルに、遭遇しょっぱなから叱られたエリノアはちょっと待ってよと思ったわけだ。
だって、だいたいなんでこの人いるのよと。ここは私の家ですけどと。
意味が分からないし、叱責だって納得がいかない。裸にタオルでムカムカしてきたエリノアは、柄の悪い顔でソルを睨んだ。
『なんですかそのお姿は』と怒鳴られたが、おうなんだ、こちとら可愛い毛玉っ子たち(※魔物)とパラダイス風呂の途中でしたけどと腹が立って。
そもそも、ここで可愛らしく『きゃー!』……などと赤面して叫べるほどエリノアはソルを男として意識してはいなかった。いつも表情が真っ平でどこか奇妙な行動をする書記官殿は、まるで機械のようだった。
──結果……こうなった。
エリノアはソルを睨み、ハブに遭遇したマングースの顔で拳を構える。
「ちょっと……バークレム書記官! な、なんで私の家にいるんですか!?」
そりゃあ自分も格好が格好だが……本来いるべきでない場所にいるのはそっちの方じゃないかと。
するとソルは、心底理解できないという顔で眉間にシワをよせてエリノアを見る。
「お嬢様、どうしてそんな格好で拳をお構えになるのですか!? それよりも早く服をお召しになってください!」
「!? 服、探さないでいいです! そんなことしないでいいですから!」
ソルは床に散乱したものの中から衣類を探し出そうとしている。
だが……明らかに服が入っていそうもない菓子缶を開けたりしているところを見ると、一応彼も多少慌てているらしい。ソルがあまりに的外れなところを真剣に探している様がキテレツすぎて、大丈夫かこの人と目を剥いていたエリノアは思わず言ってしまう。
「バ──バークレム書記官! 服は……タンスですよ!?」
「は──そうですね!」
「ぎゃ! いやっ違う! 自分で取ってきますからちょっとぉ!」
が──
その時ドスンと音がした。
「はぁい死罪確定!」
「!?」
力強い声がして。気がつくと、コーネリアグレースが愛用の棍棒を手に立っている。
「コーネリアさ……え⁉︎」
一瞬婦人のほうを振り返りかけたエリノアは……引き留めようとしていたソルが、急にゴスッ……と音を立てて倒れたのにギョッとする。
「バークレム書記官!? バークレ……コーネリアさん!?」
慌てて倒れたソルを助け起こすも──ソルはぴったりと瞳を閉じてピクリともしない。(※エリノアは能面のような顔が怖いと思った)
いったい何をと女豹婦人を見上げると、婦人はやれやれと肩をすくめて棍棒を消す。
「死罪って……ま、ま、まさか……」
コーネリアグレースの冷淡な顔にエリノアの顔から血の気が引く。
恐怖した顔で問うと、コーネリアグレースは澄ました顔で「だって」と言う。
「エリノア様、本件が陛下の耳に入ったら、この男確実に死刑ですわ」
「コーネリアさんっ!」
エリノアがソルを抱えたまま悲鳴のような声を上げる。
「確かにこの人なんか相当変な人だけど……こんなことで死んじゃうなんてあんまりです!」
うっかりそのまま駆けつけた自分も悪かったのに……と、バスタオル一枚の膝にソルの頭を乗せ、ほとほと涙をこぼす娘に──無言のコーネリアグレースは、この光景もブラッドリーに見られたらこの男死ぬなと思った。
「まったく……」と、婦人。
「……冗談ですよ(三分の一くらいは)。そのアホは死んでません、仮死状態なだけですわ」
「へ……?」
本当に? と、顔をあげたエリノアに、コーネリアグレースは真顔を迫らせる。
「──エリノア様、ミッションです」
「え……?」
ミ? と、不可解そうな顔をするエリノアに、コーネリアグレースは人差し指を立てて言う。
「この男を生かしたかったら、男の記憶を消さねばなりません。布切れ一枚あったとはいえ、エリノア様のあられもない姿を目撃した者を陛下がお許しになるとは思えません」
その言葉にエリノアが、はぁ? と、眉間にシワをよせる。
「あられもないって大袈裟な……だって私の過失もあったんですし、そんなことであの優しいブラッドが怒るわけ──」と、言いかけたエリノアに、コーネリアグレースがニッコリと微笑む。
「しばきますよエリノア様」
「…………」
「陛下がどれだけエリノア様に激甘かまだお分かりでない? あなた様のうっかり過失なんて陛下は華麗に目をつぶるに決まってるでしょ。そしてこの者がすべての責め苦を負うのです。ちなみに防げなかったあたくしも危ないです」
キッパリと言う婦人に、エリノアはなんとも言えない複雑な表情をしている。
「……え、えっとそれで私がどうすればいいと……」
ミッションとはなんぞやと見上げるエリノアに、婦人は、ええと頷く。
「幸い現在はメイナードが活動中です。エリノア様は今からモンターク商店まで行って、陛下に悟られぬようメイナードを連れ帰って来てください」
「わ、わかりました」
つまり、コーネリアグレースは、ブラッドリーに気がつかれる前にソルの記憶を老将に消してもらおうと言っているらしい。女豹婦人は、ど迫力の顔をエリノアの鼻にくっつきそうなほどによせて続ける。
「エリノア様! これはこの男とあたくしの命の瀬戸際です! 全力でなんとかしないといけない案件です! 取り扱いを間違ったら犠牲が出ますよ!」
「え、あ……は、はい!」
婦人の脅すような強烈な圧に、エリノアがうろたえている。
「さ! あたくしは娘たちとテオ坊の口止めをしておきます。あたくしの術が切れて男の意識が戻る前に! ほら早く!」
「あ、わ……っ」
コーネリアグレースに急かされたエリノアは、慌てて立ち上がって玄関を出ようと──して、婦人に止められる。
「エリノア様! 服!」
「!」
──そのまま(裸バスタオル)飛び出して行ってはおそらく町民たちに被害拡大の危機である。
お読みいただきありがとうございます。
ソルは…これでも一応慌てています。
都合によりチェックは後ほど。
誤字報告していただいた方ありがとうございました( ´ ▽ ` )
ご感想、ブクマ、評価もありがとうございました!
コミカライズ版一巻重版して頂けることになりました!
…これできっと愛しのコーネリアグレースの姿を拝める日も近くなった、ような…た、楽しみすぎる!




