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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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88 再び放たれた男

「…………」


 黒い猫が、民家の屋根の上にたたずんでいた。

 少し顎を上げ、目線だけを下にさげ……見下すような表情はモンターク商店の外でうとうとと頭を上下させている老人──メイナードに向けられていた。

 程よく日の当たるその場所で、彼の母に頼み事をされたはずの老将は──どうやらモンターク家の誰かに出してもらったらしい椅子に座り、こっくりこっくり舟をこいでいる。


 ……グレンは思った。

 ……見れば見るほどに、すやすやほのぼのと平和そのもの。何をやってるんだあの爺さん……


 呆れるグレンがそんな老人から少し視線を横へずらすと、今度はそこに白い獣の背中。

 老将の隣で店の窓に前足をかけ、じっと店内に熱視線を送り続けているのは──ヴォルフガングだ。


 と、誰かが店から出てきた。──リードだ。


「メイナードさん大丈夫? 喉渇いてない?」


 リードはうつらうつらしていた老将に声をかけ、メイナードが顔を上げると手にしていた茶と茶菓子を手渡した。それから前掛けのポケットに手を突っこむと、店内で働くブラッドリーを窓から覗きこんでいるヴォルフガングに声をかけた。


「ヴォルフ、ほら、おやつだぞ」


 ニコニコした青年が何かを差し出すと、白犬は振り返ってふさふさと豊かな尾を左右に揺らす。


「ワンッワ──……」


 と、嬉しそうに吠えたヴォルフガングは……同時に、はたと、遠くから自分を見ている同胞の視線に気がついた。

 黒猫のハーン? と意地の悪い薄ら笑いを見て……白犬は──あからさまにしまったと言う顔をして──スサっと目をそらした。が……その開いた口の隙間に、リードが慣れた手つきでカポッと干し肉を差しこむと。白犬は、うっかりほわ……っと、幸せそうな顔をする。


 その顔を見て気が遠くなったのはグレンだった。


「……あれは……どういう趣向のおやつタイムなの……? あいつらいったい何しにあそこに……母上がリードの様子見て来いとか……アレどうなったわけ?」


 と──……

 グレンが憮然とボヤいた時。

 干し肉の旨味にうっとりしている白犬の頭をよしよしとなでていたリードが……屋根の上のグレンの姿に気がついた。


「!?」


 途端、リードの表情がギクリとこわばる。


「……ん?」


 少し距離はあったが、グレンにはリードのうろたえた様子がよくわかった。空色の瞳に食い入るように凝視された黒猫が首を傾げる。


「?」


 なんだあいつジロジロ見てと、グレンが怪訝そうに見返すと、リードは動揺したように黒猫から目を逸らし、急いで店の中に戻って行った。青年の普段と違う様子に違和感を覚えたグレン。……だったのだが──……


 その視界に、のんびりうとうとした老将と、陶酔しきった顔つきで干し肉を味わっている白犬の姿が目に入ると──呆れすぎでくらりとした瞬間に、グレンの疑問はどこかへすっぽ抜けてしまった。


「……あ、あいつら……いくらなんでも人間に慣れすぎだろ!」


 緊張感のない顔しやがって! と、黒猫は、イライラと同胞たちを壮絶に睨んでいる。



    ※ ※ ※



 ところ変わって、王宮。

 品のあるしつらえの一室。その淑女は、茶器を手に長椅子にゆったりと腰を下ろしていた。

 彼女はゆっくりと目線を上げて、彼女の目の前に立っている青年に微笑みかけた。


「それで?」

「…………」


 言い訳があるのなら聞きますけど、と言いたげな彼女の微笑みには静かな威圧感がこめられていた。

 しかし、問われた青年は口を一文字に結んで微動だにしない。その機械のような表情に、彼女は知的な眉の片方を持ち上げた。


「あなた……わたくしとの約束をお忘れだったのかしら。重大な契約違反ですよ、これは」


 淑女は笑みを濃くしたが、代わりに彼女の背後に立っている彼女の侍女の目の温度は下がりきっていた。侍女は無言の青年を、ツララのような鋭い目線で刺している。どうやら彼女たちはとても怒っているようだった。

 彼女──ハリエットは言った。


「バークレム書記官……あなた昨日──エリノアさんに食べさせるからって、わたくしたちに菓子づくりを要求したのよね?」

「はい」

「なのに……それが……ほとんど手がつけられずにここにあるというのは、いったいどういうことなのかしら?」

「…………」


 ハリエットが手のひらで示す先──テーブルの上には、たくさんの紙の箱が。

 中には昨日のブレアとエリノアの茶会で提供され、残った焼き菓子が収められている。その製作者たるハリエットは、無念そうにそれらを見下ろしてため息をこぼした。


「エリノアさんが食べてくれるからと思って喜んで作ったのに……少しも数が減っていないじゃないの……どうして土産にも持たせてあげてくれなかったの?」


 と、真顔で立っていたソルがやっと口を開く。


「恐れながら、昨日の場合致し方なかったのです。エリノア嬢は始終緊張しておいでで茶菓子どころではないご様子でしたし……ブレア様に至っては眼中にも──」

「ちょっとバークレム書記官!」


 ソルのあまりに率直な言い草に、ハリエットの侍女クレアが憤慨している。


「せっかく王女がお作りになったのに眼中にないなんて言葉が過ぎます!」

「申し訳ありません、しかし事実です。ブレア様はエリノア嬢しか見ておいでではありませんでした」


 淡々と返してくる青年に、クレアは文句をつけようと口を開くが……その口をハリエットがテーブルの上の茶菓子で塞いでしまう。


「!(ハリエット様!?)」

「ま、いいのよクレア。ブレア様はどっちでもいいの。初めからあの方がそう甘味を召し上がる方でないことはわかっているのだから。存分にエリノアさんに見惚れておいでになればいいじゃない。それよりも──エリノアさんでしょう!?」


 言いながら、ハリエットは可憐な顔でソルを睨む。


「駄目じゃないバークレム書記官……! そこはあなたが素早くお菓子を包んで持たせてあげるとか……いろいろ方法はあったでしょう?」

「申し訳ありません」


 ソルは無表情でハリエットの叱責を聞いていたが、不意に苦悩するような顔でため息をつく。


「しかしハリエット様、昨日はビクトリア様の騒ぎもありましたし、騎士たちも押しかけてきて大変な騒ぎだったのです。トマス・ケルル殿は何故か紙ナプキンを大量にちぎり撒き(ケルル※紙ふぶきのつもり)、祝杯だなんだと歓喜しながら肩を組んで大声で軍歌を歌い出すしで……とてもではないですが、そちらの収拾に手が掛かって土産を包んでいる場合ではなかったのです」


 ──それは昨日。エリノアが押しかけてきたビクトリアを帰らせた後のこと。騎士たちは、ブレアに敵対する側室妃の撤退がよほど嬉しかったのか、それともブレアが無事エリノアを茶会に招けたのが嬉しかったのか……彼らは相当な浮かれようだったのだ。

 見るからにそのような暑苦しいテンションが苦手そうな書記官は、一瞬忌々しげな顔をした。が、すぐに真顔に戻る。


「ですが、確かに──あの場で唯一冷静であっただろう私が責任を持つべきことではありました」


 わかりましたとソル。


「それでは昨日の責任を取り、今から私がエリノア嬢の家へこれらを届けに行ってまいります。焼き菓子は十分日持ちがしますし、ぜひエリノア嬢に召し上がっていただきましょう」

「え……? いえ、それだったら何もあなたが行かなくてもこちらで使いを……」


 出すと言いかけた王女を、生真面目な青年はピッと手のひらで制す。


「いえ。やはりここは私の責任ですので。それに──どうやらブレア様もエリノア嬢のことが気がかりでいらっしゃるようですし……」


 ここは私が、とソルが言うと、ハリエットが「あら」と微笑ましそうな顔をする。


「まあ、そうでいらっしゃったの……ふふふ、可愛らしいこと」


 顔をほころばせた王女に、ソルは「ええ」と、真顔で続ける。


「ブレア様は、減らない、と、仰せです」

「……え……減ら、ない……?」


 意味が掴めないという顔で侍女と顔を見合わせた王女に、ソルは淡々と答える。


「はい、減らないそうです。エリノア嬢への欲求が」

「「…………」」


 ソルの言葉に──押し黙った女性陣の顔には、はっきり「この男はいったい何を言い出すのだ」と、書いてある。

 が、そんなことを気にするソルではない。彼は熱弁する。


「そもそもあの茶会は、ブレア様のエリノア嬢に会いたい欲求を抑えるために企画したものだったのですが、結果、欲求は全然減らなかった、と」

「…………」

「“帰っていく後ろ姿を見ただけで戻って欲しいと請いたくなったのだが、これは、欲求か?” ……と──今朝ほどブレア様が真剣な顔でおっしゃっておいでで。どうにも、昨日の騒動で疲れただろうからとエリノア嬢に休みをお与えになったことも悔やんでおいでのようで、私は、それは困りましたねと──」

「……ちょ──ちょっと待ちなさいバークレム書記官!」


 ハリエットは淡々と続けようとするソルを慌てて止めた。


「? いかがなさいましたか王女」


 不可解そうなソルに、ハリエットは頭痛を覚えたが……額を押さえながら、なんとか口を開く。


「……あのね、バークレム書記官……エリノアさんのところに行くのはいいけれど、そういうことをあまり率直に彼女に伝えては駄目よ?」


 噛んで含めるように念を押すハリエットに、ソルは不思議そうな顔をした。


「はて? どうしてでございますか?」


 心底分からないというふうの書記官に、ハリエットはため息をつき──それからキッとソルを睨みつける。


「それはね! ブレア様が誠意を持って伝えるべき大切な気持ちを……あなたがそんな冷淡な顔で、エリノアさんに事務的に伝えてしまったら台無しだからよ! そもそも欲求だなんて……そのようにあからさまに言っては女性におかしな誤解を与えかねません! ……いいわね? 絶対に、余計なことを言っては駄目ですよ!?」

「…………はぁ……承知いたしました……」


 ハリエットの言葉に、ソルはやや不満げに了承を示す。



 かくして……


 このド天然書記官が、再びエリノアに向けて放たれることとなった……












お読みいただきありがとうございます。


誤字報告してくださった方、有難うございました。助かります( ´∀`)

ご感想、評価、ブックマークなども、大変ありがたかったです。


さて…厄介なソルが再びエリノアに向けて放たれました。

また色々と難癖つけられそうな気がバンバンしますね;

子猫らとお風呂中のエリノアは大丈夫なのか…


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