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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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85 血の気がひいた女豹婦人と、どんくさ勇者



「……マリー……」

「なあに? ははうえ」


 婦人が恐ろしい形相で呼びかけると、市場のそばの木の上で足をブラブラさせていた少女は甘ったるい声で答えた。そのすました顔を見たコーネリアグレース──こちらも人間態──は、目を吊り上げる。


「なあにじゃありません! こんな人間の多いところに勝手に来て!」

「だっておもしろいんだもの」

「おもしろいじゃないの! さっさと降りてきなさい!」


 怒れる婦人の左手には、むぎゅっと握りしめられた子猫マールの姿が。子猫は姉妹の姿を見るとけろっとした顔で、にゃーと鳴く。すると少女は姉妹にニコッと八重歯を見せて笑い、そのまま木の上からぽおんと身軽に跳んで。そうして母の胸に戻って来た時には、マリーはすでに子猫の姿に戻っていた。


「ははうえー」


 甘えるようにゴロゴロ喉を鳴らす黒い毛むくじゃらの子猫にコーネリアグレースは深々とため息をつく。


「マリー……このような場所で軽々しく変化してはいけません。人間に見られたらどうするの」


 渋い顔の母にマリーとマールはクスクス笑う。


「そしたら」

「けす」

「…………」


 婦人は……娘たちに行き届いた己の教育を少しばかり悔やむ。

 殺伐とした魔界では生き抜くために必要な手段の一つだが、現状、ここでそれをやられたらものすごくまずい。


「まったくこの子たちは……ん?」


 ──ふと、婦人はあることに気がついて唖然とする。


「……マリー……? ……この匂いは……まさかお前……リードちゃんと接触したの!?」

「リード?」


 慌てる婦人の問いに、子猫は誰だそれはという顔でぽかんとする。婦人はなんてことだと己の顔面を片手で覆った。

 いろいろなところに潜入して来たらしいマリーの小さな身体からは、様々な匂いがする、が……その中に、嗅ぎ慣れた青年の匂いが混じっていた。コーネリアグレースは青ざめた。


「お前……それは……陛下の愛玩人間です! この数多の人間どもの巣食う世界の中で、お前が無闇に首を突っ込んだら一番ヤバいところなんですよ!?」

「?」


 子猫たちはキョトンと顔を見合わせている。


「あいがんってなに?」

「しらない」


 ……どこまでも無邪気な娘らに……

 コーネリアグレースは、人間界に来て初めて頭を抱えたのだった……



 マリーとリードが接触したと知って。

 なにがあったのか聞き出そうとするも、マリーは人間たちの顔はどれも同じに見えたと言って埒が明かない。これはまずいとコーネリアグレースは慌ててエリノアを探すことにした。


 彼らの王、ブラッドリーは床に伏せていた頃からの友リードにとても心を許している。

 その王が大切にする兄貴分に……彼女の子供たちが何かしたとあっては、少年魔王が怒り狂うのは確実だ。


 女豹婦人は子猫たちをひっつかんで急ぎエリノア宅に戻る。

 しかし、帰宅した婦人たちを待っていたのは勇者の命令遂行中(※洗濯物たたみ)の聖剣テオティルだけだった。エリノアたちの姿はない。おそらくまだ、町のどこかで子猫たちを探しているのだろう。

 ならばと婦人は踵を返して家を出て。近隣の林の中で密かに休眠中の老将、メイナードを叩き起こしに走った。

 深く眠り込んでいた老将は、うつらうつらと頭を揺らし、本当に起きているのかがかなり怪しかったが……

 彼には急ぎ、リードの様子を見に行ってもらうように頼んだ。

 彼ならば治癒の力も持ち合わせているし、何より状況判断という能力において、のんきな聖剣テオティルなどよりは遥かに頼りになるのだということを婦人は知っている。


 とにかくそうして婦人はリードの様子見を老将に任せ、町に戻りエリノアを探す。

 考えたくはなかったが、マリーがリードに何かしていた場合、魔王に子猫たちを取りなせるのは、エリノア以外には考えられない。

 いや、もしかしたらリードが受けた被害の程度によっては彼女も子猫たちを許してくれないかもしれないが……

 それでも、姉とリード以外はどうでもいいとキッパリ明言する魔王とは違い、“小さいもの”“か弱そうなもの”“愛らしいもの”に対する心のガードが著しく低いエリノアは、きっと子猫たちを無下にはしない。

 コーネリアグレースは祈った。


「あああぁ、どうかリードちゃんが無事でありますように! まったくうちの馬鹿娘たちときたら……! はぁ、このあたくしが勇者に頼み事をする時が来ようとは……」


 女豹婦人はエリノアを探し町を疾風のように駆ける。そんな人間姿の婦人のあまりの素早さに……目撃した町民たちは皆唖然と目を丸くするのだった。



 マリーとマールに命じてマダリンの気配を追わせると、すぐに勇者一行は見つかった。

 川沿いの草むらから道側に突き出た紺色の何かが──草むらに頭をつっこんだエリノアの尻だと分かった婦人は一瞬ギョッとする。と、

 現れたコーネリアグレースに気がつき、まずマダリンが飛び出してくる。


「ははうえ!」


 嬉しそうに自分の腕の中で他の二匹とくっつきあう子猫にげっそり見下ろし──顔をあげた婦人は、その場で、うっと目を瞠る。


「ぁ……コーネリアさん……あ、れ……マリーちゃん、マールちゃん……!?」


 草むらからエリノアが顔を出している。その顔は、擦り傷だらけだった。


「……エ……エリノア様……? だ、大丈夫ですか? お顔が血だらけですわ!」

「え? ああ、なんか色々かすってしまって……。よかった……二人とも見つかったんですね……はー」


 指摘に苦笑したエリノアは、コーネリアグレースたち親子の姿を見て破顔して──

 次の瞬間、その場の草の上によろよろとしゃがみこんだ。


「!? エリノア様!?」

「あ……大丈夫大丈夫……ちょっと疲れてしまって……」


 いきなりへたりこんだエリノアに、コーネリアグレースが慌てている。が、そんな婦人にエリノアは、へらっと力なく笑う。

 どうやら……三匹揃った子猫たちを見た途端、ほっとして力が抜けたらしい。疲れきった表情の娘は、顔どころか手足も擦り傷だらけ。服も相当汚れている。


「母上」


 と、草むらの奥から少年が出て来て。彼はそこに座り込んでいたエリノアを見て、一瞬ムッとした顔をする。と、そんな彼が、不意にエリノアの髪に手を伸ばし……

 それを見たコーネリアグレースが驚いたようにパチパチと瞳を瞬かせた。

 少年──グレンは、娘の頭にまとわりついていた蜘蛛の巣を面倒そうな顔で取り払っている。彼はエリノアに向かってぶつぶつ文句を言っているが、手つきは何やら甲斐甲斐しい。そんな少年にエリノアは無抵抗。娘はしょぼしょぼした目で地面からコーネリアグレースを見上げた。


「はー本当に良かった……こーねりあさん……お願いです……ちびちゃんたちの無事な顔をもっと近くで……抱っこさせ……」

「馬鹿じゃないですか? それどころじゃないでしょ!」


 しゃがみ込んだまま婦人によろよろと手を伸ばすエリノアをグレンが叱り、エリノアが、あー……と悲しそうな声を出す。


「先に手当てだって言ってるでしょ! チビどもなんて触ってる場合ですか!?」

「ど、どうなさったのエリノア様……グレン何があったの! エリノア様がまるでゾンビのようじゃない!?」


 悲惨な姿にコーネリアグレースがおろおろして息子に問う。と、グレンは鼻を鳴らす。


「どうしたっていうか……単にこの人どんくさいんですよ……」


 やれやれという顔でグレンが地面の上で膝を抱えているエリノアを負ぶう。疲れ切っているらしいエリノアは珍しく抵抗を見せない。ヨボヨボの顔でちんまりと背中に収まった勇者と、それを当然のように背負う息子に……コーネリアグレースが珍しいものでも見るように……しかし突っ込んではいけないのかしらという戸惑いの目で眉間にシワを寄せている。

 グレンはプンスカ怒っていた。


「この人ときたら! 勇者のくせに! 木に登ったら落ちそうになるし、草むらかき分ければ葉で手を切るし。勘違いで川に飛び込んだかと思ったら、次は馬車の下を覗きこんでそのまま後頭部を打つんです。まったくもう! おもしろい通り越してイライラしちゃうんですよ! 手当てしようって言ってもそんなの後でいいって威嚇してくるし。まったく……」


 憮然とした息子は苦虫を噛みつぶしたような顔で言った。


「そういうわけなので母上」

「え? な、なあに?」

「とりあえずこのボロボロのどんくさ勇者は家に連れ帰ります。……聖剣野郎なら姉上の怪我治せるし」


 ちっ、と、邪悪な顔で舌打ちしたグレンに、コーネリアグレースは慌てて頷いた。


「あ、ああそうね……そうね、そうなさい」


 ひとまずはそう言うしかなかった。

 リードの前に、エリノアがこんななりでは、それこそ少年魔王がなんというか分からない。それに、己の子供を必死で探してくれた娘がいつまでも怪我をしたままでは申し訳がなさすぎる。

 リードの件を知らせるのは後回しでもいいだろう。

 婦人は、ええと頷いて。エリノアを背負った息子を見送るのだった……





お読みいただき有難うございます。

よほど子猫たちを心配していたらしいエリノア。心底疲れ切っています。

多分このまま次の日に王宮に出ても疲れ抜けてないかもしれませんね…それを見てブレアはどうするか…?(ブラッドリーも)


コミック発売前に更新できて良かった…いや…もう1話くらい行きたい…

ブクマ、ご感想等有難うございました( ´ ▽ ` )そういった一つ一つが続きを書く活力になっています。感謝です。


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