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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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84 川辺の勇者と黒猫たち



 ──その頃の勇者エリノア。


「……ま……待って、お、落ち着きましょう……そ、そんなことあるわけが……」

「……」

「……」


 町中を通る細い川を見つめ、エリノアは真っ青な顔でブルブル震えている。

 その後ろには──無言の魔物兄妹。少年姿のグレンに、マリモ(子猫)姿のマダリンは、二人して勇者が一人ブルブルしている様を眺めている。

 そんな二人のシン……とした様子にも気がつかず、エリノアは動揺しているのかワナワナと身体を震わせて、川上のほうの水面に浮かぶ黒い塊を凝視していた。


「だ、だって……マリーちゃんはグレンの妹なんでしょ……そ、そんな……」


 ──と、言いながら蒼白で唾を呑みこんだエリノアは──次の瞬間唐突に、弾かれたように駆け出した。

 悲鳴のような声で叫んでいるのは、どうやら“マリーちゃん!”と、言っているらしい……

 勇者はそのまま必死の形相で川の中に駆けこんで、黒い塊に一目散に駆けていく。

 自分が濡れようが、ワンピースの裾がめくれようが、お構いなしで──途中川のなかほどで一度水に足を取られてすっ転んだが──それでも必死にもがいて駆けていく様に……


 魔物二人の精神がシン……と、静寂に包まれる。


「…………あにうえ……ゆうしゃがおもしろい……」

「…………ダメだぞ、あれは私のおもちゃだぞ……」


 そう静かに言い交わした兄妹は、必死の勇者が黒い塊にたどり着き、びしょ濡れで「マリーちゃん大丈夫!?」と、泣き叫ん──だ、途端……

 あ、れ……? と、目をまんまるに見開いた様を、穏やかに見ていた……


「……あにうえ……」

「ダメだって言ってるだろ」

「……(舌打ち)あにうえ、ゆうしゃはちょっと……アレね?」

「……そんなことないぞ。確かに姉上はアレだけど、でも可愛い種類のアレなんだ。一気に遊んで壊したらもったいないタイプのアレなんだから気をつけろ。それに……それ絶対陛下の前で言ったらダメだぞマダリン。陛下はとんでもない姉愛を心に秘めておいでだから、消されたくなかったら程々が肝心だ。程々に、姉上のアレな感じに付き合いながら遊ぶんだ、面白いから」


 グレンが真面目くさって妹に忠告すると、マダリンは、ふーんと目を細める。

 その視線の先で……

 エリノアは、川の中で黒い塊──どうやら誰かが捨てたなんの変哲もない袋──を、持ち上げて呆然と見つめていたが……それが自分の探す黒い子猫ではなかったと悟ると──彼女の緑色の瞳から、ダッと涙がこぼれ落ちた。

 どうやら……心底ほっとしたらしい。

 まあ……そもそもあの身軽な魔物のマリーが──狡猾なコーネリアグレースの娘であるマリーが、うっかり川で溺れるなどということはそうそうあるはずがないのだが……

 とにかく思い切りマリーの可愛らしい見た目に騙されているエリノアは、川に浮かんでいた黒い物体があのちびっ子でないと知って、深く深く安堵したらしい。

 彼女はグレンたちが見守るなか、黒い袋を片手に、安心したような泣き顔で水をバシャバシャ言わせながら川岸に向かって駆けてくる。その全身は……一度水の中で転んだから、当然ずぶ濡れである。

 しかし、本人はいい笑顔で、兄妹たちに向かって黒い袋を掲げてみせた。


「二人とも! 安心して! これ、ただのゴミだった! マリーちゃんじゃなかったわよ!」

「…………」

「…………」


 ニコニコ泣き笑いの顔で戻ってきたずぶ濡れ勇者に──兄妹たちが再び沈黙する。

 エリノアは、そんな静かな二人が、マリーが心配で言葉も出ないのだと思ったのか……二人を安心させようと、「ほら!」と、黒い袋を彼らの前で広げてみせる。が……グレンもマダリンも……少しも袋のほうを見なかった。

 二人の青い瞳は、ただただエリノアの嬉しそうな顔を無言で見ている。「そんなものを見せられずとも、端からあれが妹ではないことは分かっていたが……」とはどちらも言わなかった。その代わり、毛玉のマダリンは真剣な顔でハッとして「わかった!」と叫んだ。


「きっと、まおうさまが……ゆうしゃをわざとアレなかんじに、おそだてになったんだわ……!」

「……」

「へ?」


 転生した魔王はもう二度と勇者が己の敵にならぬよう、手懐けるためにあの家にいたのだと。自分なりの解釈をしたマダリンは、きっとそう、さすがまおうさま、……と、ひとり感心したように頷いている。

 そんな妹にグレンはなんだか微妙な顔をして、そしてエリノアは意味が分からなそうに首を傾げた──が。

 そこでそのちょっとアレな勇者も、ハッとする。


「いや……っ、のんびりしている場合じゃなかった! は、早くマリーちゃんを探さないと!」


 慌て者の勇者は、自分が魔物たちに壮絶に呆れられていたことにも気がつかず。ずぶ濡れのまま、ゴミを抱えたままで、再び川辺の道を駆け出していく。


「………………はぁ」


 その後ろ姿を見たグレンは、しょうがないなぁと、ため息まじりに指をパチリと鳴らす。

 と、その瞬間。必死で草むらをかき分けているエリノアの濡れた髪と服が……ふんわりと水気を失った。

 水を含み、エリノアの身体にビッタリ張りついていた服は、カラリと乾いて娘の身体をそっと離れたが……

 しかし、マリー探しに必死のエリノアはそんなことには気がついていない。

 グレンはやれやれと鼻を鳴らす。

 彼女は最初、マリーたちが町に魔障をばら撒かないかと案じて妹たちを探していたはずだが──いつの間にか、マリーたち本人が心配になってしまっているらしい。

 相変わらずのお人好し感に、少年は姉上らしいなぁと、呆れを滲ませ──ほんの一瞬だけ口元に柔らかい笑みを乗せる。が……


「!」


 ふと、少年姿のグレンは、腕に抱えた妹が自分を見上げていることに気がついた。しらっとした妹の目に、うっと鼻にシワをよせるグレン。


「……違う、別にそんなんじゃないんだぞ! だって……姉上が風邪をひいたら陛下に叱られるだろう!?」


 何かを必死に言い繕う兄に、マダリンの目は白い。


「……べつにあたし、なにもいってないけど」

「! う、うるさいな……! バーカバーカ!」

「…………あにうえ……」


 ……マダリンは思った。

 兄は──人間界に来て、なんだか少し子供っぽくなったような気がする。

 小さな子猫は、うーん……と、神妙な顔で唸った。

「……もしかして……ゆうしゃの、せい……?」


 ダメな兄で困るなぁと思った子猫は、呆れたように、にゃあと鳴いた。









お読みいただき有難うございます。

…ふう、まぬけなところにお話が戻ってきてほっとします。


さて、編集の方にお許しいただいたので宣伝です。

6月12日発売の「侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!」単行本ですが、書き下ろし小説を書かせていただきました。

プロローグ的な内容の魔界でのお話になりますので、暑苦しいヴォルフガングが、ブラッドリーに悶え萌えるグレンが見たい方は、是非チェックして頂けると嬉しいです(о´∀`о)


誤字報告いただいた方有難うございますm(_ _)m感謝です!

ブクマ、評価にもものすごく励まされています!嬉しいです!頑張れます!(´∀`)


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