78 恐怖の恋バナ
「……エリノアぁ……」
彼女の義理の姉は、彼女に散々ブレアとの話を強要して聞き出しておきながら、いざエリノアが話終えると、信じられないという顔つきでエリノアを見た。その横目とひそめられた眉を見て、真っ赤で俯いていたエリノアも流石に不満そうである。
「ル、ルーシー姉さん……?」
一生懸命話したのになんだその反応はとエリノア。死ぬほど恥ずかしかったのに義理の姉の柄の悪い顔はどうしたことか。
「恋バナって……もう少しキャッキャッうふふなイメージなんですけど……その顔は、ど、どういう趣向なの……? 私何か間違ってた……?」
これが初恋で正しい恋バナが分からないエリノアは戸惑った。職務の休憩中には同僚たちはしょっちゅう楽しげに恋の話をしているのだが。いやもしかして自分が何か怪しまれるようなことでも言ってしまったのだろうかとハラハラする。勇者、魔王、魔物に聖剣……後ろ暗いところはものすごくたくさんあった。
ついつい身構えながらルーシーを窺っていると……可憐なドレスを着た赤毛の娘はジロリと彼女を睨みながら言った。
「それ──……もう両想いなんじゃない?」
「っ!?」
途端──しかめっ面で投下された言葉の威力に、エリノアが持っていたティーカップを吹っ飛ばす。
おまけに座っていた寝台からずり落ちてお尻を床でしたたか打ち付けた。
空を舞ったカップは部屋の端でガシャンと砕けるように割れて、エリノアは腰をおさえて床の上でうずくまっている。
それをカケラも動じず見ていたルーシーが言う。
「……見事に飛んだわねぇ……」
「ぁいたたた……恐れ多すぎてびっくりしたの! こ、こら! ルーシー姉さん! なんて恐れ知らずな……」
寝台に手をつき、よろよろと立ち上がろうとするエリノアは赤い顔で憤慨している。よほど驚いたのか、足がブルブル震えていた。
「うーん……だって。ブレア様が個人的に招いて下さったんでしょう? それに出て行こうとしたら“行くな”って引き留められたと……」
「ぅ……っ」
ルーシーに真顔で先日の茶会での出来事を念押しされたエリノアが、赤面したまま声なき声で呻いている。額からはおびただしい汗。どうやらその時のことを思い出して悶絶している。恥ずかしすぎて死にそうという顔の義理の妹に、ルーシーは容赦しない。
「“綺麗”ってあの無口な方があんたに言ったって……悪いけど……正直あのお方が婦女子に向かってそんな言葉を言っているところなんか微塵も想像できない。想像できなさすぎてキャッキャッできなかったわよ……相手が良く磨かれた剣の刀身とかっていうことなら想像できるんだけどねぇ……」
いい? とルーシー。
「エリノア。あなたそれがどれだけ希少な出来事かわかったほうがいいわよ」
「き、希少だったら、りょ、りょ、りょ……ぅぐっ」
「息吸いなさい! 両想いかって? まあ、ひとまず特別親しく思われていることだけは確かなんじゃないの?」
「そ……そんなこと……あるわけ……あったら……し、幸せすぎる……けど……ああっ」
言いながら恥ずかしくなったのか、頭を抱えて床にうずくまるエリノアを見ながら、ルーシーは思った。
そもそも隣国王女ハリエットが力を貸してくれている時点でおかしい。彼女が動いているということは王太子がそれを知らないはずがない。これは自分たちの知らないところで大きな力が働いている……(←王妃)
「……というか、思い切り御膳立てされている感がすごいわ」
うーんと考えるそぶりを見せるルーシー。まあ、彼女は以前からブレアはきっとエリノアが好きなんだろうとは思っていた。
ここは加担しておくべきか。エリノアが王子を好きなら願ってもない話であるし、タガート家としてもありがたい。王家に養女が嫁ぐのならば、父の地位もこれまで以上に安泰だ。──いや、タガートが今以上に『ブレア様ブレア様』と言いそうでややカチンとくるというのはパパっ子ルーシーの正直な気持ちだが。まあ、それは置いておくとして。父の立場が安定するのは単純にありがたい。だがしかし。
「…………」
ルーシーは考える。
もし“彼”がこれを知ったらなんと言うだろうか。
(………………ブラッドリーがめんどい……)
ルーシーは件の少年の顔を思い出して悪人面でチッと舌打ちを鳴らす。
彼の反対は目に見えるようだった。昔はもっと可愛かったのに、最近のブラッドリーはなんだかとても生意気だ(主にルーシーに)。
ただでさえ身分のことで多方面から茶々が入りそうなところにきて、弟が反対しているとなれば、この弟大好き娘が思い悩むのは火を見るよりも明らかである。
ルーシーは苦々しい顔をした。
「まったく……エリノア! あんたどうしてブラッドリーをあんなにシスコンに育てたの!」
「え゛!?」
唐突な叱責に、床の上のエリノアがビクッと身を震わせる。
「な、なんでそんなところに話が飛ぶの……?」
振り返って見上げると、ルーシーは寝台に足を組んで座ったまま禍々しい顔でエリノアを見下ろしている。その顔は怒った時のブラッドリーにも匹敵するかという恐ろしさである。あまりの威圧感にエリノアが怯む。
「ル、ルーシー姉さん人相!」
「……私にはわかるのよ……あいつは──ものすごく腹黒い」
どキッパリ言い切るルーシーにエリノアが憤慨する。
「そ、そんなことないったら! ブ、ブラッドリーはてんし……」と、言いかけたエリノアの頬をルーシーが両手でガシッと鷲掴む。
「!?」
……ここでフリルのドレスを着た令嬢は、今日一柄の悪い顔を見せる。
はぁ〜? と片眉上げた令嬢は、誰が天使だって? と悪魔のような表情でエリノアに顔を近づける。
「あんたはどうしてそう盲目で甘いの……? そういう呑気なことだからつけ込まれるの! あいつの言いなりになってはダメよエリノア! 絶対ブラッドリーはあんたの恋人とか結婚相手とかにも文句つけまくるに決まってるんだから!」
「!? っ!?」
目を白黒させるエリノアにルーシーはなおも圧をかける。
「ちゃんと自分で考えなさい! いろいろ口出しされた挙句ホイホイ弟の言いなりになって初恋諦めますとか言い出したらはっ倒すわよ!? 他人任せの恋愛ほど後悔の付きまとうものはないんだから! いいわね!?」
「は、はいっ……すみま……すみません……」
もはや胸ぐらつかまれて根性入れ替えさせられている様相のエリノアは……思った。
──これが……
これが恋バナなのか。なかなかに……ハードだわ……
いや、こんな脅しと恐怖のまとわりつく恋バナはルーシーとエリノアならではだとは思うのだが。
のちにエリノアがそう感じた旨をルーシーに伝えると……令嬢はけろりとして言い切った。
「当たり前よ、恋愛は戦いだもの。私だってジヴ様との恋に命がけなのよ!」
エリノアはその高らかな宣言に畏怖を覚えるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ルーシー姉さんは今でも父と同じくらいの歳のジヴ様に猛アタックしているご様子…
割れたティーカップは、テオティルが鼻歌歌いながら片付けました。
ご感想、ブクマ、評価等ありがとうございました。
楽しんでいただけてると思うと頑張れます( ´ ▽ ` )感謝です。




