76 ガールズトーク、再び
「え……なんなのこの散らかりようは……」
エリノアの家を訪れたルーシーは、荒れ果てた室内を見て、あらまあと言った。
「なんだか盗人にでも入られたみたいじゃない?」
ルーシーは白いレースの日傘をくるくると閉じながら、室内の無残なありさまを見て歩く。
と、居間のテーブルの後ろから声がした。
「あ……ルーシー姉さんいらっしゃい……」
エリノアがテーブルの向こうからよろよろと顔を出すと、その頭を見たルーシーが噴き出す。
「ちょ……なんなのその鳥の巣みたいな頭は……」
ルーシーはテーブルの上に土産の品を置くと、ちょっとこっちにいらっしゃいよとエリノアを手招いた。
「どうしたのよこれは……待って待って、頭の上に壁紙の切れ端が……」
あまりのボサボサぶりにルーシーがまた笑って。素直にそばにやって来た義理の妹の頭の上に乗っている、萌黄色の壁紙やらもこもこした何か獣の毛らしき塊を手で払い落とす。
「? ……なにこれ、動物の毛……?」
「ありがとう、ごめんなさい汚れてて……ちょっと掃除をしてたものだから」
エリノアは髪を整えてくれたルーシーを見上げ、にへっと笑う。その顔は見るからに疲れている。ルーシーは眉をひそめ、同情的なため息をこぼした。
「大丈夫? 本当に泥棒に入られたんならうちの者たちに言って、今すぐそいつらを血祭りにあげに行くけど」
人相は覚えてるか、人数はと問うてくるルーシーに、エリノアはカクッと頭を落とす。彼女は『血祭りに上げに行かせる』ではなく、『行く』と言っているのだ。自ら先陣きって行きそうな令嬢の言葉が怖い。
「……違います。もう、姉さんはすぐ物騒なこと言う……」
エリノアはげっそりして言ったが、ルーシーはけろりとしたものだった。
「あらだって、ここは将軍家が家を貸している店子の家よ。ここに盗みに入るってことは私たちタガート家に喧嘩売ってるのと同じよ。それにあなたは義理とはいえ妹なの、喜んで報復に行くわ」
「ルーシー姉さん……」
義理の姉の言葉に一瞬感動したような顔をしたエリノアだったが、その姉が、じゃあ行ってくるわと出て行こうとするのを見ると、慌ててその腕を取った。
「ちょ、ちょっと待ってルーシー姉さん! そんな命知らずな盗人いるわけないから……! これはただ……猫に暴れられただけよ!」
「はあ? 猫……」
引き止めるエリノア の言葉に、ルーシーは足を止め、眉をひそめて周囲を見回した。
床には物が散乱しているし、窓も割れている。カーテンだって破けているところがあるし、壁紙も一部が無残に割かれていた。どうやらエリノアは床に散らばった皿の破片を拾い集めていたところだったらしかった。
ルーシーは解せないという顔で言った。
「…………こんなに凶暴な猫がいるわけないじゃない」
「………………いるの……っ」
しかも三匹……とは言えなくて。
エリノアは両手で顔を覆ってさめざめと泣くのだった……
幸いなことに、この時子猫たちはコーネリアグレースがお説教のためにどこかに連れ出してくれていて。グレンはそのお供。ヴォルフガングはブラッドリーの手伝いに出かけて行った。
残りのテオティルは、廊下で鼻歌を歌いながらモップをかけている。
彼はエリノアが少しの間任せていいかと聞くと、主人に仕事を頼まれたのがよほど嬉しかったのか、張り切って「お任せてください」と瞳を輝かせた。
そんな彼に掃除を任せて、エリノアはルーシーを被害の少なかった自分の寝室に招き入れた。
「こんなところでごめんなさい、ちょっとまだガラスとか拾いきれてないから危なくて……」
「あらいいのよ。気にしないで」
ルーシーは、狭い部屋にも気にした様子はなく、エリノアがうながすと寝台の上に座った。エリノアが茶を用意しに出て行こうとすると、「そんなのいいから!」と、娘の手を引っ張って自分の隣に座らせた。
「で?」
「え? で、って?」
隣に座った途端、義理の姉はエリノアにグッと顔を近づける。エリノアがキョトンとすると、ルーシーは「誤魔化さないで」と笑う。
「昨日、宮廷でひと騒動起こしたらしいじゃないの。知ってるんだから」
「!」
ルーシーの言葉にエリノアが、げっという顔をする。
なんでバレたんだとエリノア。だがすぐに分かる。あれは宮廷で起こった騒動だ。養父であるタガートにエリノアの珍行動が筒抜けでもおかしくはない。
げっそりするエリノアに、ルーシーはカラカラと笑う。
「安心して、母さんには黙っておいたわ。あんたがビクトリア様を追い返したなんて知ったら卒倒するもの」
「お、追い返しただなんて……そんなつもりだったわけでは……」
結果としてビクトリアは出て行ってしまったが、エリノアとしては心を込めてもてなしたつもりだったのだ。しかしエリノアがいろいろと取り繕う前に、ルーシーがそれよりもと身を乗り出してくる。その顔は、ちょっと引くくらいニヤニヤしていた。
「え……な、なに姉さ……」
「あなた、昨日ブレア様のお茶会に招かれたんですって?」
「!」
その言葉にギョッとしたエリノアの喉がグッと鳴る。ルーシーはのけ反ったエリノアの正直な反応にものすごく嬉しそうだ。
「いやねぇ、なんで早く教えてくれないのよ! ブレア様が若い娘と個人的に茶会を開いたなんて初めてじゃない? 私、その話をぜひ聞かなければと思って来たのよ!」
「っう……っ、あ、あの……」
途端エリノアの顔がカーッと真っ赤になる。
それを目撃したルーシーがあらぁ? あらららぁ? と、わざとらしく笑う。それは、今までのエリノアの反応とは確実に何かが違った。彼女の義理の姉は、娘の微妙な変化を敏感に察したらしかった。
「エリノア、その顔はいったい何事……? さては……」
「……ち、ちが……!」
咄嗟に否定しようとしたエリノアに、ルーシーは目を細め、ツンとした顔で「エリノア?」と声音を変える。
「正直におっしゃい。お姉さまの私に嘘なんかついたら後が怖いと思わないの?」
「……ぅ……」
エリノアだってそりゃあその通りだと思っている。が、恥ずかしすぎて身動きが取れないエリノアに……赤毛の令嬢は内心で可愛い顔してるわぁと思いながらも……にっこり笑う。
「一から順にちゃあんと全部白状なさい。じゃないと、私悲しくて泣いちゃうからね」
「…………」
奔放で強気、時々泣き虫の義理の姉は、エリノアの枕をガッチリ胸の前に抱きこんで言外に「話を聞くまでは絶対に帰らないぞ」という意思を示している。
その顔の……ワクワク具合が凄かった。
お読みいただきありがとうございます。
再びルーシー嬢の登場です。
ちなみにエリノアはプライベートなシーンとそうでない場所ではルーシーの呼び方や接し方を区別しています。本当は仲良しですが、身分差があるので気にしているのですね。




