表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
155/365

72 ブレアとエリノアのお茶会 終話。と……謎の黒い毛玉



 エリノアがビクトリアに突撃して行ったあと。

 娘はなんとかビクトリアをなだめようと、懸命に頑張っていた。


 側室妃は、『茶がまずい』『熱い』『ぬるい』『香りがぜんぜんしないじゃない』などと幾度もケチをつけては、何度も何度もエリノアに茶を入れ替えさせる。

 その度にエリノアは素直にビクトリアに従ったが、その間にも、側室妃はなぶるような言葉を次から次に彼女に向けるもので……ビクトリアの斜め向かいに座ったブレアの顔は、次第に鬼のような形相になっていた。

 それを見たオリバーたちは、普段は家族間の争いを極力避けて来たブレアも、流石に今回はビクトリアに歯向かうのではとハラハラと成り行きを見守っているのだった。

 もちろん彼らの緊張が高まっていることは、ビクトリアの方でも分かっている。分かっていてわざと挑発しているのだとは、ブレアやオリバーたちも承知している。だからこそ軽はずみにその挑発に乗らぬよう彼らも堪えてるのだが……(※速攻口出ししそうなソルはオリバーが羽交い締めしている)


 ──が。

 そんな周囲の高まる緊張感をよそに、当のエリノアはといえば……

 ビクトリアがどんな言葉を投げかけても、何度茶を入れ替えろと命じても。少しも堪えた様子を見せなかった。

 それどころか、茶を返されるたび、より丁寧に慎重にお茶を入れようと努めている。


 ビクトリアの言葉は確かにキツく執拗だ。生まれや育ち、容姿や体型、所持品といったあらゆるところをチクチクと突いてくる。

 だが、それでもエリノアは平気だった。

 少し目を上げると、そばには心配そうな青年の瞳。彼を見ると──ストレスがときめき作用できれいに浄化されて……少しも苦にはならなかったのである。

 こうなったら、とことんビクトリアが満足するまでお茶を入れてやろうとエリノアは意気込んでいた。


 その反面、気が気ではないのがブレアだった。

 エリノアの張り切りに押し負けて、サロンにビクトリアを迎えることになってしまったものの……側室妃の言葉がエリノアを傷つけてしまわぬか心配でたまらない。

 けれどもビクトリアが何か言うたびに、ブレアの眉間のシワがグッと深くなるのに対し……エリノアの顔はずっと朗らかなままだった。

 ビクトリアがエリノアを嘲笑うと、ブレアがそれに反論したが……そこで険悪な空気が高まる前に、エリノアが巧みに話を変えてしまう。それでなんとか茶会がもっているようなものなのだが……その落ち着き払った様子には、ブレアはエリノアの思わぬ冷静さと忍耐力を見た気がして。それどころではないと思いつつ、ついつい感心してしまうのだった。


 さて一方、こちらはビクトリア。

 サロンに入って以降、ずっとエリノアを顎で使い、言いたい放題嘲っていた側室妃だったが……

 ふと、エリノアの様子が少しも変わらぬことに気がついた。

 何を言っても怒らないどころか、傷ついた顔もせず。憤るブレアすらもニコニコといなし、且つ、手厚く自分をもてなしてくる娘。かと言って、他の者たちのように媚びてくるわけでもない。これではあまりにもいたぶり甲斐がない。

 娘を使って遠回しに傷つけてやろうと思っていたブレアも、はじめこそ無言でビクトリアに警戒したような圧を送って来ていたが……今ではすっかり娘を信頼したような目をしている。


(……なんなのよ……)


 面白くなくなったビクトリアは、心の中で舌打ちする。ならば今度は娘の家族のことでからかってやろうと思った。こういうお人好しは、本人よりもその親や子を罵ったほうが効果的にダメージを与えられるのだとビクトリアは承知している。

 目をつけた相手は絶対にひれ伏せさせ、自分が優位に立っていることを思いしらせてやりたいのだ。この娘にそうした時に、第二王子ブレアがどんな顔をするかと想像すると、それだけで愉快でたまらない。


(ふふ、そっちがその気なら……どこまで耐えられるのか見てやろうじゃないの)


 エリノアの父に恨みを持っているビクトリアには、幾らでも娘を傷つける言葉が思い浮かんだ。

 側室妃はほくそ笑んで……


 ──だが。そんな彼女が心ない口をきく前に。茶を入れ直していたエリノアが不意にこんなことを言い出した。


「ああそういえば……ビクトリア様の御祖父様のリンデタール公はお茶がお好きで、お若い頃ご領地に大きなお茶の農園をお作りになったそうですね」

「え……」


 それを聞いたビクトリアはギョッと口をつぐむ。

 まさかこの使用人の口から、遠い隣国にいる祖父の名が出てくるとは思っていなかったのだ。

 公とは言ってももうかなりの高齢で、ほとんど表舞台に出てくることのない人物だ。どうして知っているのだと、思わず嫌味を言うのも忘れて怪訝そうに顔を見ていると、エリノアは、昔まだ父が健在だった頃に、その農園産のお茶を飲んだことがあるのだと言った。


「父は商いもしていたので、紅茶の取り扱いもあったんです。リンデタール公はとてもいい茶葉の発酵方法を開発されたとかで……夏摘みのお茶が特にコクがあって素晴らしいと父が教えてくれました」


 にこにこして言われた言葉にビクトリアは押し黙る。

 祖父が紅茶の農園を持っていたことは知っているが、そのお茶についてビクトリアは興味を持ったことなどなかった。というか、薄情な彼女はこちらに嫁いできてからというもの、親族のことなど考えることはほとんどなかった。せいぜいが、こちらで王太子をどう蹴落とすか、王妃をどう負かすかと考える時、手駒になりそうな者はいなかったかと考えるくらいである。

 だがそう言えば……祖父は昔、農園のことは楽しそうに話していたなとビクトリアは思い出した。


「リンデタール公の茶葉は希少で入荷は少なかったんですが、聞いたところによると、アストインゼルの前王妃様もお気に入りだったそうですよ」

「……ふぅん、そうなの……」

 

 すばらしいですねと朗らかに言う娘に、ビクトリアはさして興味もなさそうに生返事を返しながら、そんな他国のことなんか知ったことではないわよと心の中で毒づいた。が……

 途端、ビクトリアはなぜか興が削がれたような表情をした。

 娘が嬉しそうに注ぐお茶の色を眺めながらむすっと口を結んでいる。

 まだまだ嫌味を言ってやりたかったはずが、思わぬところで祖父の名を聞いて、郷愁を感じたというわけでもなかったが……意表を突かれ肩透かしでも喰らったような気分だった。あの老爺はまだ元気にしているのかしらと思うと……

 なんだか、そんな気分ではなくなってしまった。


 不意にビクトリアがつぶやく。


「…………つまらないわ」

「え……?」


 突然そう言われて、七杯目のお茶を入れようとしていたエリノアが、キョトンと顔を上げる。

 と、ビクトリアは長椅子から立ち上がると、上からエリノアを睨み、ふんと鼻を鳴らしてドレスの裾を翻した。


「もういいわ、飽きたから帰りましょう。……この娘はお茶も満足に入れられないようだし、これ以上ここにいても疲れるだけだわ」

「ビクトリア様、え、あの……」


 自ら押し掛けて来たにもかかわらず、ああいやだいやだと言いながら——ぽかんとするエリノアの前を通っていくビクトリア。

 エリノアは戸惑いながらも慌ててティーポットをテーブルの上に置いて……しかしビクトリアは、その間にさっさとサロンから出て行った。ブレアに挨拶するでもなく、一瞥すらくれず、あっという間にだ。

 それに驚いたのはビクトリアの侍女たちである。あんなに騒いでサロンに入ったというのに、気が変わったように出ていった主人に、彼女たちは呆然として。それからハッと我に帰って、慌てふためいて妃のあとを追っていった。


「お、お待ちくださいビクトリア様!」

「ビクトリア様!」


 バタバタと騒々しく去っていく一行。

 その様子には、サロンに残されたエリノアが唖然として。

 ブレアはなんと気まぐれなとため息をついているが……そんな王子にエリノアは慌てて問う。


「え……? あの、わ、私何かビクトリア様に失礼なこと申しましたか!?」


 エリノアとしては別にビクトリアを追い払うつもりなどなかった。ただ、少しでも場を和やかにして、穏便に茶会が終わればと。できれば少しだけでもブレアとビクトリアの仲が改善されないだろうかと思っていたのだが……


 そんなエリノアを見て、ブレアは一瞬ほっとしたようにふわりと笑った。娘は不安がっているが、とことん人を追い詰めるまで気がすまないたちのビクトリアをこの程度で立ち去らせただけでも快挙である。そんなことはないと言うように、ブレアはエリノアの肩にそっと手を置く。


「大丈夫だ、妃もけして不愉快になって出て行かれたのではない。つまらないと口では言っていたが、単に気が変わっただけだろう」


 気にするなと微笑んだブレアは、続けてエリノアに「ありがとう」と言った。

 ブレアは、根気よくビクトリアをもてなしてくれたエリノアが愛しくてたまらなかった。拒絶して逃げるのは簡単だったが、そうはせず、懸命になってくれた娘の姿に、己も何かを学ばされたような、幸福な心持ちだった。エリノアを密かに逃がし、ビクトリアに一人で相対していたとしたら、きっとこんな結末にはならなかったに違いない。


 ブレアは幸せな気持ちで、エリノアの頰をそっとなでる。

 と、そんなブレアのとびきり優しい表情にエリノアは驚いて。思わずボワッと破裂しそうに真っ赤に──なった、が……

 しかしその瞬間、サロンの壁際からワッと歓声が上がった。


「ぇ……」


 唐突な歓声に、エリノアは一瞬首を竦ませて。

 いったい何事かと振り返ると……オリバー以下ブレア側の使用人がいっせいにエリノアに向かって拍手喝采しているのである。エリノアは再びぽかんとした。

 いつの間にか、そこには髭のトマス・ケルルら騎士たちの姿もあって。……トマスは何やら……紙吹雪に見立てているのか、茶会のために置いてあった紙ナプキンをちぎっては投げ、ちぎっては投げ……こちらに向かって懸命に撒いている……

 ちっちゃな筋肉おじさんのちょこまかした奮闘に……エリノアが無言だ。

 だが彼らはどうやらエリノアがビクトリアを追い払ったと喜んでいるらしい。


 ──なるほど望郷の思いを利用して──

 ──あのビクトリア様のつまらなそうな顔を見たか!? 今週はずっと酒がうまいぞ! と……


 一気に賑やかになった彼らを、エリノアは微妙そうに見つめている。そしてそんな娘の神妙な顔を、ブレアは愉快そうに見つめているのだった。



 

 さて、そうして茶会も終わり、エリノアは力を貸してくれたハリエットたちやソル、オリバーたちに礼を言ってから自宅に帰ることにした。

 ブレアは馬車を出すから乗って行きなさいとエリノアに言ったが、彼女はそれを丁重に断った。

 ブレアの気遣いは嬉しかったが、忙しい王子をなんだか散々振り回して時間を無駄にさせたような気もしていて。これ以上彼に時間をとらせたくはなかった。


 帰り際、門を出たエリノアは、ふと振り返って宮廷の方向を見る。

 王子はまだ働いていらっしゃるのかしらと思って──なんとなく、ため息が出た。

 壮麗な宮廷や王宮の建物を見ていると、なんだか浮ついていた気持ちが一転。ブレアとの身分差を見せつけられているようで気持ちが沈んでしまった。


「…………帰ろっと……」


 娘はとぼとぼと家路を帰って行った。





「……ただいま──…………え……?」


 帰宅して。

 自宅の扉を開けたエリノアは、そこでギョッと立ち止まる。

 視線の先には──何やら黒い塊──……

 いや、黒いこまるい毛玉物体が三つ、ぎゅうぎゅうに密集し、そのモフッモフの真ん中に……

 シュールにも……ぴぃんとのばされた猫の後ろ足が、逆さまに突き刺さっている……


「な……え、何!? え!? グ、グレン!?」


 ちょ、大丈夫か、その体勢はなんだ!? と……エリノアは慌てて毛玉の中からグレンを引っ張り上げる。

 毛玉の中から救出されたグレンは、ぐったり死にそうな顔をしている。だらんとした猫の身体にエリノアが慌てている。


「ど、どうし……っ、ちょ、大丈夫なの!?」


 ──と……

 たった今、エリノアがグレンを引き揚げたモフッとした毛玉三つがいっせいに振り返り──つぶらな六個の青い瞳がエリノアを見上げる。


「!?」


「あ、ゆうしゃだわ」

「あにうえをとられた」

「とられた」

「どうする?」

「ひっかこう」

「あにうえとりかえさないと」

「え!? ちょ、あ、あははははははっっっ!」


 グレンを高く持ち上げたエリノアは、三つの毛玉──いや、モフッモフにまるい三匹の“何か”に身体をよじ登られて。そのくすぐったさに身をよじって笑う。エリノアに掲げられたグレンはぐったりしきって動かなかった。


「や、やめっ、ひぃいぃいいっ、やめてぇぇええっ!」






一難去って…また一難。

長くなりましたが…きりどころに迷った、というか、もふもふを早く出したくてですね…


誤字報告してくださった方ありがとうございます!助かります( ´ ▽ ` )

ご感想、ブクマもありがとうございました。感謝です。張り切って次なるグレンの災難と可愛いモフモフを書かせて頂こうと思います!

あと、モフモフ連載をもう一つ始めましたのでお暇な方はぜひ〜

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ