71 ブレアとエリノアのお茶会 +
笑う侍女がいた。
肩で切りそろえた綺麗な黒髪を揺らしながら。たった今サロンを出て行った王子とエリノアを見て、声こそ出ていないが……今にも吹き出しそうという顔にはニヤニヤした笑いが張りついている。
「ぶほっ……あの王子の顔! ちょ、姉上の思考回路っ、ど、どう育ったらああいう感じになるんですかね?」
ねえ陛下、と横を向いた侍女──グレン。
……しかし……横を見た瞬間、そこで己が陛下と呼ぶ者──栗色の髪の侍女が……たった今己が笑った第二王子とそう変わらない様子でブルブルしているのを見て沈黙する。
「……え……陛下……?」
グレンは目を剥いて戸惑った。
栗色の髪の侍女は……自分の顔を両手で覆い、プルプルしながら堪えきれないという調子で言った。
「……姉さんが……僕のことを愛してるだってっ」
「!?」
侍女は言いながらグレンの顔を見て。その侍女──いや、魔王の、にへっと嬉しそうな顔を見てグレンが慄いている。
「宝物だって……えへ……」
少女姿の魔王は幸福感を振りまいている。
「ちょ……陛下! ダメですよ! あれブレアに言ったんですよ姉上は!」
てっきり、ブレアがエリノアに“弟”扱いされて激怒するだろうと思っていたブラッドリーの照れまくった赤い顔に……グレンがそんなぁと、慌てている。彼の目論見では、ここらでもう五人くらい魔物が出現してもいいと思っていたのだ。
が……ブラッドリーはこの上なく幸せそうな顔つきである。
しかし、そんなブラッドリーも、流石にグレンの『あれはブレアに』という言葉は引っ掛かったらしい。
ムッとした顔でグレンをジロリと睨む。
「……違う、姉さんの本当の弟は僕だけだ。つまり僕が一番の宝物ってことだ」
ふんと拗ねたような顔をする魔王に……グレンが呆れている。……あかん……このお方は本当にシスコンだ──
「……陛下は本当に姉上至上主義でいらっしゃいますねぇ……」
呆れ半分、感心半分といった様子でグレンがそう言うと……ブラッドリーはスン……と返す。
「それ以外に……僕がこの人間界にいる意味あるの?」
姉さんがいなかったらさっさと見切りをつけて人間界なんてとっくに焼け野原だよと真顔で言う少年に、グレンはほっとする。
──よかったぁ、やっぱり陛下は陛下だぁ……(ほのぼの)
──と、どう見てものんきな主従にしか見えない二人(今はメイドさん)だが……
実はこの直前。ビクトリアがサロン前で騒ぎ出した時は、ブラッドリーは実に危険な状態だった。
死ぬほど嫌悪している側室妃の、エリノアに向けた罵倒が聞こえるたびに、ブラッドリーの怒りのメーターは徐々に上がっていて。彼の足元のどす黒い色の影の中からは、無数の黒刃がゆっくりと鋭い切っ先をのぞかせていた──のだが。
いつ爆発するんだろうとワクワクするグレンの目論見に反し、それらが影から飛び出る寸前に凶行を止めたのが……エリノアの『姉とは、すなわち弟を守るもの』という言葉であり……『弟をこよなく愛している』宣言だったのである。
グレンはがっかりするのも忘れてやれやれと感心する。
「あーあ。いい感じで陛下の魔力が膨れ上がっていると思ってたんですけどねぇ……おっかしいなぁ」
事実、グレン的に言えば、いいところまで行ったのである。
ブラッドリーの怒りは、ブレアとビクトリアの共演を間近に見ることで大いに高まっていた。あれならば、いつ魔界への道が開いていてもおかしくはなかったのだが。
「いいレベルまで高まったと思ったのになぁ、姉上のせいで、寸前で閉じちゃったんですかねぇ……?」
うーんとグレン。まあそうかもしれないと思った。
『わたくしめ、弟をこよなく愛しておりますから』と、エリノアが鼻息荒く言った時のブラッドリーの乙女化は凄かった。
殺気が一気に舞い散る花のような幸福感に変わり、どうやら……彼は、姉のその一言で、ビクトリアの暴言など全て忘れ去ってしまったようなのだ。それどころか姉に何かしたら即刻消そうとか言っていたブレアのことすらも、もはやどうでもよくなったらしく……
魔王の心の中は、今、このあと家に帰宅した姉をどう迎えるか──どう甘やかし喜ばせくつろがせてやるかでいっぱいである。
ふんとブラッドリー。
「あんなヤツらのことを考えてる暇なんかないんだよ。今はもう姉さんのこと以外に一㎜だって脳みそを使いたくない」
「…………」
薄暗い顔で言うブラッドリーに、グレンの目は、堂々と偏ってるなぁと生暖かい。
しかしメイド姿の魔物は、また自分の企みが勇者に潰されたことに内心では憤っている。せっかくうまいこと言ってここまでブラッドリーを連れてきたのに。
(……ちぇ! ……家に帰ったら絶対また沢山いたずらして困らせてやろうっと……)
魔王に隠れ、仮の姿である少女の細い指先に、ギラリと鋭い異形の爪を出し……それを冷たい目で見下ろす魔物はエリノアに仕返しをしようと企むが──
ところがこののち。魔王と共に家に帰ったグレンはそこで目にした光景に、大絶叫を上げることとなる。
さて…なにが彼を待っていたのでしょうか。
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できるだけなくせるように頑張ります(´∀`)




