67 ブレアとエリノアのお茶会②
──と、そんなブレアの前で、彼の反応をおとなしく待っていたエリノアが、不意に、えっと……と小さく声をもらす。
「……あの……ブレア様……その……」
自分の服装は派手だったかという問いに答えたきり、なぜだか追い詰められたような顔をしているブレア。
はっきりとした理由は分からなかったが、なんとなく……己の格好を見た王子が困っているらしいということだけは理解できた。
これは話題を変えてさしあげなければ気の毒なやつなのだなと、察して──いたたまれず、何かないかと急いで室内に視線を走らせたエリノアの目に──長椅子とテーブルの傍にある給仕用のカートが目に入った。
カートの上には茶を入れるための道具が揃えられている。どうやら、エリノアがブレアのために茶を入れたいという希望がすでに給仕勢にも伝えられていたらしかった。
だったらとエリノア、
「ブレア様、その、わたくしめ、早速お茶をお入れしますね!」
ブレアに笑って見せて、エリノアはカートの傍へ歩みよる。
少し唐突だった気もしないでもないが、暖かい茶を入れてゆったりした雰囲気を演出し、また、そうして間をとることで、冷静な王子のこと、きっとすぐに気持ちも落ち着くことだろう。
そう期待して。せっせと茶の用意をするエリノアだったが……壁のほうを向いた彼女は、ブレアに気がつかれないように、こっそりとため息をこぼした。
(…………はー……)
そんなに自分の格好は微妙だったのだろうか。
ソルには変な反応(※ソルなりの笑顔)をされたが、ハリエットたちは褒めてくれたのになぁと思って。……いやもしかしたら“似合っている”にも男女差があるのかも……と一人納得する。
(それはそうよね、個人でも好みの差はあるくらいだし……まあでもそれは別に……)
エリノアはブレアに褒められに来たわけではない。もともと給仕に来ようと思っていて、のちに追加された目的は、『ブレアに諸々の謝意をこめて美味しいお茶を入れること』である。
それに、似合ってはいなかったのかもしれないが、ハリエットに用意してもらったワンピースドレスはとても綺麗で。着られただけでも儲け物というものだ。
(ぅ……申し訳ありませんハリエット様、侍女さんたち……素材が悪かったみたいです……)
少しガッカリはしたが、いやいや、目的を果たさねばとエリノアは、笑顔でブレアを振り返る。
「ブレア様、茶葉はいつものもので──……」
よろしいですか? と、言いかけて……エリノアはギョッと目を剥いた。ビクッとした拍子に、手にしていた缶から茶葉が散る。
「!? !?」
振り返ると、王子は無言でうつむいていた。片手で辛そうに額を押さえ、何かを悔いるような顔は……あまりにも物々しい。
エリノアは、その苦悩っぷりに驚いた。そんなブレアの姿を初めて見た気がした。
「え……そ……そんなにも!? そんなにもひどかったですか!?」
ダメだと思いつつ……つい声に出して聞いてしまった。ちょっぴり涙も出た。そこまでガッカリされるとは、流石のエリノアもショックである。
と、青年はハッとしたように顔を上げる。
「い……いや違う、そうでいうことでは……」
打ち消しの言葉を口にした青年は、そうではなくてと、エリノアから視線を逸らし、まるで日差しを避けるように、己の手で目を覆う。
「…………すまない……直視が……難しい……」
覆われた影で、ブレアの目元は赤かったが……それが見えないエリノアは疑問だらけの顔でブレアを凝視している。
不器用が……悲しい。
「ぇ……直視が……困難でいらっしゃると……それは……」
それはまたなんとも判断に困る表現である。
どういうことだろうと考えはじめたエリノアの額には冷や汗が滲む。それはあまりに滑稽で見ていられないという意味か。それとも美麗すぎて眩いとか……いやいや何が美麗だ、私だぞ、と一瞬浮かんだ考えに恥じ入ったエリノアは……結局、やはりどうやら王子は自分の姿を気に入らなかったらしいと判断し、撃沈した……
「…………あ、の、ブレア様……もしこのドレスがお気に召さないなら……いつものメイド服に着替えて参りましょうか……? 大丈夫ですよ、メイド服ならばわたくしめ、早着替えが得意ですし……」
ハリエットにはとても申し訳ないと思ったが……ブレアがこんな調子では茶など楽しんでもらえそうもない。
エリノアは、すぐに戻りますからと言って、サロンの入り口の方へ足を踏み出した。彼女が早着替えが得意なのは本当で、先ほど支度をした部屋まで走れば三分くらいで戻れる自信があった。
ただ……エリノアは、自分の姿を喜んでもらえなかった無念さも手伝って……涙をこらえると、少々やけっぱちな気持ちになっていった。
もうこうなったらとことんやってやろうと思って。もうこうなったら……王子が喜ぶところまできっちりやり通すのだと。ドレスだろうと、メイド服だろうと、なんだっていい。ブレアが喜んでくれるなら。
エリノアはえーんと心の中で涙を流す。
(くそぉ……道化だって……騎士の仮装だってやってやる!)
そう思うと、普段からブレアと仲良さげにしている騎士たちを思い出してジェラ……と湧き上がるものを感じた。
もしかしたらその方が武道が好きなブレアには、ドレスよりも好まれるかと悔しくなったエリノアは、いっそ騎士オリバーから一式身ぐるみはいでやろうかと妬ましくなって……今日こそ、あの熊に挑む時かもしれないと思った。
そうしてとにかくふんふんと鼻息荒く、気合い十分でサロンを出て行こうとすると──
そんな娘に、当の王子は大慌てである。
己が言葉を濁しているうちにエリノアを誤解させてしまったことに気がついたブレアは──出て行こうとするエリノアの手を、すれ違いざま、咄嗟に取った。
「ま──待て……!」
「(私はやれる!)私はっ──…………あれ……?」
引き留められて。がくっとつんのめる形で立ち止まったエリノアは……振り返り──繋がれた手にキョトンと目を瞬く。
え? と、その手とブレアとを見比べて……
のみこめないという娘の顔に、ブレアは気恥ずかしそうにしてから……すまないと言った。
「そうではない…………行くな」
「…………へ……?」
すっかり騎士オリバーに突進して行くつもり(無謀)になっていたエリノアは。
真摯な顔に意表を突かれて言葉を失くす。行くなと言う短い言葉の中に、どこかブレアの必死さを感じて……闘争心を忘れ、ブレアを見つめていると──男の顔は次第に赤くなって行った。
「……悪かった……行かないでくれ。ただ……なんと言えばいいのかが分からなかった」
言いつつブレアは視線を落とす。
エリノアを見て湧き上がって来た感想は山のようにある。だが、ありすぎて、考えすぎて言うべき言葉を見失った。だが、そうして自分が惑っていると、エリノアまで巻きこんで困惑させてしまう事に、ブレアは気がついた。
今も、エリノアは当惑したような顔をしていた。
「……」
それを見て、そうはさせたくないと。困らせたくないと、その思いでブレアは本来の冷静さを取り戻した。羞恥と動揺を堪えた青年は……
今度は静かな眼差しでエリノアを見た。
「…………ブレア様?」
「エリノア……」
呼びかけると、名を呼ばれた娘は不思議そうではあったが、はいと素直な目で自分を見上げて来る。
ブレアは眩しげに灰褐色の瞳を細めた。
エリノアの緑色の瞳は、今日は儚い色の衣装に彩られてより際立って見える。ブレアはため息をこぼした。
「……とても似合っている」
「!」
そう言ってやると、驚いたのか、華奢な身体が一瞬鞠のように弾む。
そんな反応すら可愛らしくて、こそばゆく──おかしなことに、今度は感謝が伝えたくてたまらない。
ブレアはうろたえている娘に微笑んだ。
「──礼を言う。美しい姿を見せてくれて……ありがとう」
そう言うと……緑の瞳が目一杯に見開かれて。丸くなったそれが、また宝石のようで綺麗だと思った。
──と──……
おのずと腕が動いていた。
繋いでいた手を引き、より近くに来た娘の瞳を覗きこんで。まるで感情が溢れるように、自然に言葉が口を衝いて出た。
「──綺麗だ」
…お茶飲んでない……




