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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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64 ハリエットの抜け駆けと関所の突破。

 



 エリノアの身支度を終えて。ブレアとの約束のサロンに娘を戻したハリエットは、ほっと息をつく。


「どうなることかと思ったけれど……可愛らしい出来栄えでよかったわ」

「あの……しかしハリエット様、エリノアさん、まだお顔が……」

「顔?」


 クレアのためらいがちな指摘に、ハリエットがキョトンとする。

 エリノアは今——彼女たち二人の視線の先で、サロンの扉を背に、栗色の髪の侍女に化粧とドレスの最終確認をされているところであった。

 エリノアの顔は先程ほどひどくはないが——あまりハリエット以外には興味を持たないクレアが、「あれはちゃんと呼吸出来ているのかしら……」と、ハラハラする程度にはこわばりきっている。


「あのままでは舌を噛んでしまいませんか!? 転んでドレスを破くとか……もう一度深呼吸でもさせたほうがいいのでは!?」

「……クレアあなた……随分エリノアさんの心配しているのねぇ……」


 落ち着かぬ様子のクレアに、ハリエットが感心したような顔をしている。

 だが、さすがは一国の王女。ハリエットは落ち着き払ったものだった。


「まあまあクレア……多少の緊張は仕方ないのよ。着飾って殿方と会うのだもの、化粧はどうか、ドレスは似合っているか、お相手は気に入ってくださるだろうかって、細かなことがいちいち気になってしまうものよ。だってエリノアさんは女の子なんですもの」


 ね? と、小首を傾げて笑うハリエットに、クレアは「……それはそうかもしれませんが……」と言いつつも……

 だがしかし、と——厳しい視線を再びエリノアへ向ける。

 クレアは思っていた。ブレアのことももちろんあるだろうが……エリノアの緊張の何割かは絶対に、サロンの扉の前で後ろ手に腕を組み、看守のような顔で彼女を睨み下ろしている書記官ソルのせいだろう! と……


「…………」


 エリノアを萎縮させているソルに、クレアが若干イラッとしている。

 まあ……ソルは単に、ブレアのために万全を期しようと気合の入った顔をしているだけのつもりなのだが。いかんせん、真面目すぎる書記官殿は、いつものように表情が堅すぎて威圧感が半端ない。

 あれではエリノアの緊張は高まっていくばかりだとイラつくクレアをよそに……ハリエットはコロコロと笑う。


「クレアったら……顔が怖いわ、バークレム書記官を睨むのはおやめなさい」

「ですが……」

「心配はわかるけれど、あとはブレア様にお任せするべきなのよ。ゲストの緊張を和らげるのもホストの役目なんですもの。そこまで口出ししては、ブレア様の成長を妨げるだけだと思うの(もしかしたら緊張で可愛らしいハプニングでも起こるかもしれないじゃない? それはそれで二人の仲が深まるかもしれないし……)」


 ニコニコしているハリエットの顔には、思い切り「楽しみだわ」と書いてあって……クレアは呆れを滲ませる。


「王女……心の声がものすごく漏れてます……」

「あらいやだ、ふふふ、ブレア様がんばれってことよ」


 おっとり己の両頬を手で覆うハリエット。クレアはソルを睨んでいるのがなんだか馬鹿らしくなったのか、やれやれとため息をついている。


「そうそうクレア、今回使わなかった装飾品たちだけど、王宮の方へ戻しておいてね。そしてエリノアさんにもまた部屋に来てもらって頂戴。せっかく彼女のために用意したんだもの、ぜひ身につけて見せてほしいわ(※着せ替え人形にして遊びたい)」

「……かしこまりました(王女の心の声が聞こえる……)」

「次回は王太子様もお呼びしましょうね。本当は、エリノアさんのドレスが出来上がったら絶対に呼んでくれって言われてたの。……ふふ、抜け駆けしてしまったから次こそは呼んで差し上げないとひがまれてしまうわ」

「はぁ、左様ですか……」


 呆れを飲み込んで頷く侍女の前で、ハリエットは浮き足立って、楽しみだわ〜と歌うように言うのだった。



 ——さて、こちらはエリノア。

 緊張した顔で待っていると、彼女のスカートの裾を整えていたハリエットの侍女がにこりと顔を上げる。


「はい、終わりましたよお嬢様。とても綺麗になりました」

「あ……ありがとうございます、あの、すみません何から何まで……」


 エリノアはおずおずとそう言った。なにせ、着ているものが高級すぎて、鏡を見ても何が正解なのかも分からない混乱ぶりだ。一応化粧を施された自分も見てきたが、見慣れなさすぎて、頭には、!? と、巨大な疑問符しか浮かばなかった。分からない故にハリエットたちに全てを委ねてここまで来たが、口紅をひいた自分は近年稀に見る派手さなのではないのか、いや、もしやケバいのではないか、これを人に披露して大丈夫なのかとメイク初心者なエリノアには不安ばかりが浮かんだが……

 ここまで付き添って、丁寧にエリノアの髪やドレスを整えてくれた栗色の髪の侍女は、

「いいえ。お手伝いできてとっても楽しかったです。お似合いですよ、本当に可愛らしいですから自信を持ってくださいね」と、にっこり笑ってくれる。

 その優しさに、エリノアはホロリと胸を打たれる。


(な、なんという優しさ……ハリエット様の侍女さん天使……)


 エリノアは感動しながら、彼女に改めてもう一度ありがとうと言って。それから——

 今度は、グッと顔に力をこめて。引きつりそうに力をこめて。己の右手、サロンの扉の前に……まるで仁王像のように立ち塞がっている男、ソル・バークレムを……おそるおそる見上げた……


「あ、あの……いかがでしょうかバークレム書記官……」


 先ほどメイド服には「癒し成分がない」とか言って、大いにダメ出しをくれたその書記官に、腕を広げて見せると——彼はメガネの向こうから厳しい視線をエリノアに注ぐ。その冷淡な眼差しには、エリノアはうっと身構える。恐怖したわけではないが、また変な因縁でもつけられるのではないかと警戒した。

 と……

 エリノアを点検していたソルは、なるほどと生真面目な顔で頷いた。


「……ふむ、随分改善されたようですね、結構です。どうぞお入り下さい」


 相変わらず愛想もなく堅苦しい感想ではあったが、そのジャッジにエリノアはホッと息をついた。青年が、いつ「ケバい。不合格ですお嬢様!」と、冷たく言い放って来るのではないかとハラハラしていたのだ。が、ソルはそのまま扉の脇に退いて、サロンに通じる扉をカチリと開く。


「さ、ブレア様がお待ちです」


 ……そう言う青年の心内は「これならばきっとブレア様もお喜びになる」「よかった……」と、満足に満ちていたが……不器用な青年が、「ありがとうエリノア嬢……可愛らしいですよ……」と、思いながらニコッと笑ったつもりの顔は、微笑み慣れがしていなさすぎて。ニヤリとなんだかかなり見くだすような表情となり……


「!? (な、何!? なんなのこの笑いは……結局着飾ってもその程度か……て顔、なの!?)」


 エリノアはギョッとして。ソルの感謝は一㎜たりとも伝わりはしなかった……

 なぜだか己の笑顔(?)を見て急にしゅんとしたエリノアに、ソルは不思議そうである。


「? どうなさいましたかお嬢様、早くお入りください」

「は……はい……」


 最後の最後でダメージを与えられてしまったエリノア。やっと開いた扉を見て、なんて遠いんだろうと嘆息する。たどり着くまでにこんなに苦労するとは……さすが王子様の茶会……と、エリノアは畏敬の念を抱く。

 が、エリノアは扉の先をキッと睨み、両手を握る。


(と、ともかく関所ソルを突破したわ……! ブレア様まであと少し! 待っていてくださいね……今“お姉さん”なわたくしめがお茶をいれに参りますからね!)


 いざ殿下においしいお茶で癒しを!

 

 エリノアは、意を決して足を前に踏み出した。



 ——それとほぼ同時刻。侍女が一人、廊下を急いでいた。


 どこか気配を消すように、素早く廊下を通り抜けて行く後ろ姿には隙がない。侍女は幾度か廊下で行き来する使用人たちとすれ違ったが……まるで実態のない風のように、人に認識される前に消えゆくような身のこなしには、誰も彼女に目を止めることはなかった。

 やがて彼女は宮廷の外への扉を見つけて、戸口を抜けて外へ出た。そのまま壁に囲まれた人影のない場所に出ると、やれやれと栗色の髪をかきあげて——


 と、そこへ——「よろしかったんですか?」と、声がかけられた。


「……!」


 背後からの問いに、侍女は弾かれたように振り返る。

 栗色の髪に焦げ茶の目。それは、先ほどエリノアの世話をしていた、あの侍女だった。

 隣国アストインゼルの侍女たちの制服を身にまとい、どこか牧歌的な、平々凡々とした容姿の娘。だが……茶の瞳は意外なほどに冷たく鋭く細められている。


 その視線を辿ると——緑の植木の下に一匹の黒い猫。


 黒猫は、しっぽをくねらせながら、にゃあんと甘えたように鳴き、栗色の髪の娘にトコトコと駆けよった。娘は、その猫が己の足にまとわりつく様子をじっと見下ろしている。


「姉上様、サロンに入って行っちゃいましたよ? 邪魔しにいかなくていいんですか?」


 黒猫——グレンが問うと、娘はふいっと黒い身体から目を逸らして再び歩きはじめる。


「あ、待ってくださいよぉ!」

「……」


 口をきいた猫に特に驚くこともなく、娘はより人目のなさそうな建物の死角に向かって足を進めて行き——と、……暗がりにその足が踏み入った瞬間、娘の顔がゆらりと歪む。

 一瞬現れた黒い霧が娘の頭の先からつま先までをそよぐように流れて行ったかと思うと……そこにはもう、アストインゼルの侍女の姿はなかった。

 代わりにそこに現れたのは——


「……言っただろう……僕は姉さんを邪魔しに来たんじゃない……着飾った姉さんを見に来たんだ」


 冷たい真顔で堂々とシスコン発言する少年——……


 ブラッドリーだった。








お読みいただきありがとうございます。

今話との兼ね合いで、前話少し訂正いたしました。

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