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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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63 不機嫌な鏡台と、楽しげな鏡台。


「……ブレアが……茶会……?」


 鏡台の前に座っていたビクトリアは、侍女の報告に眉を持ち上げた。

 “ブレア”と聞いた途端に釣り上がった目は、そのまま傍でかしこまっていた侍女に向けられる。彼女が厳しい視線に萎縮したのと同時に、バンッとビクトリアの手が鏡台の卓を打った。


「どうしてもっと早く報せに来ないの!」


 叫ぶと今度は鏡台の上に置いてあった香水の小瓶が鷲掴みにされて、勢いよく側室妃の手から放られる。それは、怯えている娘の足に当たって砕けた。辺りには濃厚な香りが充満したが、しかし叱咤された侍女も、そのほかの使用人たちも恐ろしくて皆身動きができなかった。


「そういうことは私を起こしてでも報せるべきでしょう! ああ、なんて気が利かないの!」

「も、申し訳ありません……」


 怯えたようにひざまずく侍女に、ビクトリアは不機嫌そうな冷たい視線を投げかける。


「まったく……愚図な娘ね……!」


 ……と、そういう彼女はたった今寝巻きから着替えたばかり。昨夜遅く……というより、今朝方まで友人の邸宅で夜会に興じていた側室妃は、もう昼食時も間近という時刻にもかかわらず、つい今しがた目が覚めたばかりなのである。

 報せが遅れたのはそのせいで、おそらく言葉通り起こしていたとしても、今度は眠りを妨げたことを叱責されただろうことを誰もが分かっていた。もちろん侍女たちには反論する勇気はない。ビクトリアは人の意見を聞き入れるような人物ではないし、常に己の考えが一番正当であった。そして、反対意見を認めず、何よりも、彼女自身の感情が第一に優先されるのだ。彼女自身が気に入らなければ、使用人などはすぐに処罰してもいいと彼女は思っている。


 そんな主人の気性を知るからこそ、床にひざまずいたまま青い顔で身動きが出来なくなった侍女。ビクトリアはうつむいた頭に冷たい一瞥をくれると、鼻を鳴らし鏡台に向き直った。それを見て、周囲の使用人たちは慌てて彼女の身支度を整えはじめる。

 ──どうやら……侍女たちにとっては幸いなことに、ビクトリアの興味はすぐに先の話題に戻ったらしい。


「……それで? あの無粋な男が茶会を開くなんていったいなんの天変地異なの? 何を企んでいるやら……参加者は誰?」

「それが……タガート家の養女だけだそうで……」

「……はぁ?」


 侍女の言葉に、ビクトリアが怪訝そうに振り返る。


「誰ですって? タガートの……ああ……トワイン家の没落娘ね」


 ああそう、とビクトリアは冷笑を浮かべる。


「どうせ王妃あのおんなが催促でもしたのね。この聖剣騒ぎでブレアの婚約が議会で議論される前に流れるんじゃないかって心配しているのでしょう……いい気味だわ。しかもその目指すところが結局貴賤結婚だなんて、本当になんて馬鹿な女なのかしら!」


 侍女たちに髪の手入れをさせながら、ビクトリアは肩を揺すって笑っている。そうしてひとしきり笑ったあと、側室妃は冷たい目で鏡の中を睨みつけていた。


「それにしても……クオレス・トワインの娘は癪に障るわ。あの父親のせいでいったいどれだけ私たちの計略が不発に終わったことか。あの男がいなければ、タガートだってとっくに失脚させられていたはずなのに。あの血がいまだに王宮内にあるなんて……」

「……でしたらさっさと王宮から追い出してしまえばいいではありませんか」


 ビクトリアが忌々しげにつぶやくと、そこへ茶器を乗せた盆を手にした中年の女使用人がやって来た。

 まるで笑うことなどとうに忘れてしまったとでも言いたげな表情の婦人は、ビクトリアが隣国から嫁いで来た時に共にこの国に来た古参の侍女である。茶器をビクトリアの傍のサイドテーブルに置くと、そこで器に茶を注ぎながら冷たい声で続けた。


「お気に召さないのであれば、我慢することなどありません。王妃が口出ししてくるようでもやりようはあります」


 しかし側室妃は、狡猾そうな女の言葉に愉快そうに笑いながらも……首を振る。


「あらそう急く訳には行かないわよ。なんの因果か知らないけれど、あの娘は今、ブレアから王位継承権を奪う重要な鍵となっているのよ? あの二人には是非仲睦まじく貴賤結婚をしてもらって、王宮を一緒に出て行ってもらわなければ。王太子を排除出来ても、ブレアが残るのでは安心できないじゃない。目の敵にされてかわいそうな我が息子クラウスのためにも……議員たちにはちゃんと“贈り物”をしている?」


 ビクトリアは目を細めて中年の侍女に問う。


「はい、御命令の通りにしております。ですが……やはり受け取らぬ者も多数おります。ブレア王子を支持する者たちは頑固者が多くて……」

「まあそうでしょうねぇ……でも、それこそやりようがあるのではなくて? 家門を地盤から揺るがしてやるとか、子を使って脅すとか。あの小賢しいクオレスだってその昔、最後の悪あがきで私たちの策謀の証拠をつかんだけれど、結局は息子の医師を買収してやったら屈した……そうだわ……あの息子はまた使えそうよね? 調べさせて」

「かしこまりました」


 侍女が従順に頷くのを見ると、ビクトリアは座っていた椅子の肘掛けにもたれかかる。


「ああ嫌だ、なんだかクオレス・トワインのことを思い出していたら余計に気分が悪くなってきたわ」

「お薬をお持ちしましょうか?」

「いらないわ、それより……ブレアは茶会をどこで開いているの?」


 侍女がそれに宮廷の方のようだと答えると、ビクトリアはもう一度鼻を鳴らし、目を細めて考えるようなそぶりを見せた。


「ふぅん、そう……なら……気晴らしにちょっと冷やかしに行ってみるのも面白いかもしれないわね……」


 そう言って口の端を持ち上げる側室妃の顔には──侍女たちは、皆内心薄ら寒いものを感じていた……



                    ※ ※ ※


 一方、宮廷の応接間。

 その部屋では──ある侍女が、ハリエット様、と……嬉々として顔を上げたところであった。


 楽しそうな様子の侍女が、己の主人に問いかけながらクシで梳いているのは──……目を点にして立ち尽くしている娘──下着姿のエリノアの黒髪である。

 ドレスの下に着る専用のスベスベしたスリップを着せられたエリノアは、呆然と侍女たちのされるがままになっている。


「御髪を整えるのはドレスを着たあとになりますけれど、どうなさいます? 結いますか?」


 しかし問われたハリエットは、いいえと首を振る。


「髪を結い上げると時間がかかってしまうから、今日は下しておきましょう。ブレア様をあまりお待たせするわけには行かないわ」

「あらそれは残念。ではせめて素敵な髪飾りをお付けしましょうね」


 何色がいいかしらと、その侍女が言うと、ハリエットがそうねぇと首を傾ける。


「ドレスは薄桃色なの。髪飾りは……瞳に合わせて緑もいいけれど……こっちの紫の髪留めも素敵よねぇ」

「黒髪ですからいろんな色が映えますわ。ローズの髪飾りはいかがですか?」

「それもいいけれど、お相手がブレア様だからあまり派手にはしない方がいいと思うの。シンプルに品のいい程度の可愛らしさが一番刺さると思うわ」


 ハリエットが微笑んでそう言うと、侍女もどこか含みのある顔で笑む。


「あらふふふ……かしこまりました、とりあえず方向性は清楚系ですね」

「よろしくね、ああ、ついでに靴も合いそうなものを選んで来て頂戴」


 髪留めを取りに行こうとする侍女に、ハリエットが呼びかけると、はーいと浮かれた返事が返ってくる。

 それを聞きながら──


「………………」


 エリノアは強張った顔でひたすらに困り果てていた。


 ──つい数分前、ハリエットたちに引きずられやって来たこの応接間。

 ブレアの執務室と同じフロアにあるこの部屋には、おそらく普段なら勤勉な主人に似合った厳格なしつらえの応接セットがあるだけだったのだろうと思うのだが……

 現在そこは、ハリエット総指揮のもと、大きな鏡台と煌びやかな装飾品類が運びこまれた、非常に眩く、非常に女子力の高い空間へと化していた……

 そこには、始めズラリとハリエットの侍女たちが待ち構えていて……居並んだ侍女たちに出迎えられたエリノアは、思い切り気後れしたのだが。その迫力にたじろいでいるうちに、あっという間に部屋へ引きずりこまれてしまった。

 その後は、幾人もの侍女たちに身を清められて化粧もされて──いた頃には、既にソルにダメ出し食らった例のエリノア愛用メイド服は綺麗さっぱりどこかへ消えていて……

 その見事な流れ作業には言葉もなくて。

 感心するやら唖然とするやら……どうしたらいいのか分からずに……現在、部屋の中央の絨毯の上に立たされたまま目を点にしていたという訳だった。


 さて、ハリエットがデザインから携わったというそのドレスは、デコルテや袖口には繊細なレースがあしらわれている。裾丈は足首が見える程度で、歩くと透け感のある裾がふわりと舞う。過度な露出もなく、可憐なハリエットらしいドレスだった。

 それを着たエリノアを見ると、王女は両手を合わせて喜んだ。


「あらいいわね! 柔らかい色がうまく瞳の色を引き立てているわ。やっぱり髪飾りは緑がいいのではないかしら」


 ハリエットが弾んだ声で言ったタイミングで、ちょうどよく髪飾りと靴をとりに行っていた侍女たちが戻って来る。彼女たちもドレスを身につけたエリノアを見ると華やいだ歓声を上げた。

 その中の一人、先程エリノアの髪をどうするかハリエットに問うていた侍女は、にこにことエリノアを褒め称える。


「まあ……なんて可愛いらしいんでしょう……! とてもお似合いです」

「ぅ……お、それ、いります……」


 うっとりと見つめられて戸惑うエリノア。ぎこちない様子にハリエットがクスリと笑う。


「ふふ、よかった。では、さっそく装身具類を選びましょうね」


 ハリエットに促されると、侍女たちは王女の両脇に並び、手にしていた布張りの立派な宝石箱を開く。背後では別の侍女たちが何足もの美しい靴を並べていて──

 それを見て、エリノアは鳥肌が立った。

 さすが王女様、なんと言う豪華な世界だろうか。おそらくあの箱の中の装飾品の一つ一つは、エリノアが普段使っている髪飾り類の何十倍もの価値を持つ。そう考えると──貧乏性のエリノアは、気が遠くなるような気がした。


(…………包囲されている……贅沢品に包囲されているわ……! こ、怖い……!)


 一歩でも動けば床に並べられた靴を踏んで傷つけてしまうのではないか……ちょっとでも動けばハリエットの総額いくらになるかも想像出来ない宝石箱をひっくり返して借金地獄に陥るのでは──という不安が渦のようになって身体が凍る。何せ──エリノアはとんでもなくそそっかしい自分をよく知っている。これが、ルーシーなどの身内からの借り物などであればまだ気持ちも楽なのだが……相手は隣国の王女ハリエット。大惨事になる予感しかしないエリノアである。


 と、そんなエリノアの異変にハリエットが気がつく。


「あら……ダメだわクレア……」


 エリノアの前に立ち、両手に持ったどちらの髪飾りがいいかと見比べていたハリエットがはたと手を止める。

 王女に呼ばれたクールな顔の侍女クレアは傍で靴を選んでいたが、不思議そうに王女の横へやって来た。


「? ハリエット様、どうかなさいましたか?」

「それが……エリノアさん、装飾品を近づけると駄目みたい。見て、緊張で表情が……」


 ハリエットが手持ちの髪飾り(大きな宝石付き)をエリノアの頭に近づけると、棒立ち状態の娘は一気に顔が引きつる。さらに、もう一方の手に持っていた飾りを近づけてみると……今度は額に冷や汗が滲み、身体がガタガタ振動しはじめて……

 ハリエットがいやだわと眉をひそめる。


「なんだか──……ぷるぷるしてて可愛いわ……どうしましょう……」


 可愛い、仔ネズミみたい……とか言いながら……可憐な王女はエリノアの頰をツンツンと指でつついている。それをクレアが止めた。


「……王女……どうしましょうじゃありません、つつきすぎですおやめ下さい、お可哀想です」

「あら? あらら? ごめんなさい、つい。うふふ」

「……」


 クレアは呆れた様子を見せながら、エリノアの額の汗をハンカチで拭きとっている。


「しかし困りましたわ、これではお化粧が汗で流れてしまいます。せっかく可愛らしく仕上げましたのに……」

「でもどうして? 髪飾りが怖いのかしら……もしかして宝石? 高価だから? エリノアさん、こんなのただの綺麗な石ころよ、噛み付いたりはしないのよ?」


 落ち着かせようとするハリエットに……エリノアは辛うじて青い顔でニコ……と、引きつった顔で笑って見せる。生気のない顔は明らかに虚で……それを見たハリエットは、真面目な顔でクレアに向かって首を振り、断じる。


「駄目ね。逢瀬デート向きの顔じゃなくなってしまっているわ」(キッパリ)※クレア、微妙そう。(可愛いって言ってたのに……)


「残念だけれど……高価なものをつけるのは諦めましょう。ブレア様の前であまり変な顔はさせられないもの」


 デートは宝石よりも笑顔よ、とハリエットは力強く断言した。






お読みいただき有難うございます。今回は女性たちのお話です。

しかしうーん…いろんな人が茶会に合流しようとしていますね…受難だな…がんばれ、ブレア。

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