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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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61 ソルとハリエット

 


「……お嬢様……なんですかそのお姿は……」

「え……え?」


 厳しく眉をひそめ、いかにも嘆かわしいと言いたげに問われたエリノアが目を丸くする。


 ブレアたちと別れて意気揚々とサロンにやって来たエリノア。

 ところが──そのサロンに入ろうかというところで、件の書記官ソル・バークレムに捕まる羽目となった。

 エリノアにとってソル・バークレムは、なんだか冷淡な表情といい、意味の分からない挙動といい……あまり心臓に良い相手ではない。

 今日も何が気に入らないのか……しょっぱなからこれである。

 いったいなんなんだとエリノアがビクビク身構えていても、彼は一向に意に介したふうもない。

 冷たい顔で行く手を阻んでくる書記官は──どうやら──


 エリノアのメイド服を睨んでいる。


「……あらゆる不測の事態を想定しておいたつもりでしたが……こう来られますか……さすがブレア様の意中のお方、なかなかに想定を超えておいでになる。まさかメイド服でおいでになるとは……」

「え……」


 ぶつぶつ独り言を言っているソルに、エリノアがなんですかと不安そうな顔をする。


「あの、聞こえませんでした、もう一度……」

「ですから。これです、メイド服です!」

「ぅ……!?」


 ビシッと手の平で示されて、ビクッと肩を揺らすエリノア。


「お嬢様……そのお召し物はあまりにも此度の会にはそぐいません!」

「え……あ、の……この格好どこかおかしいですか? ……普段どおりだと思うのですが……」


 失神騒ぎのせいで多少乱れはしたが、鏡だって覗いて来たし、土や草がつきシワになったエプロンだって、通りかかった同僚侍女になんとか頼みこんで交換させてもらった。エリノアだって、王子の茶会におかしな身なりで行くわけにはいかないともちろんわかっている。が……そんなエリノアを、ソルは威圧に満ちた目で見下ろして来る。

 どこがいけなかったのだろうとおずおず問うと、ソルはまた眉間に深いシワを刻んだ。


「おかしくはありませんが相応しくもありません。あなたはいったいここに何をしにいらしたのです。そのまま中へお通しするわけには参りませんよ!」

「!? !?」


 サロンへの入室を拒絶されて唖然とするエリノア。


「や、ちょっと待って下さいよバークレム書記官……だって……昨日時間と場所指定の手紙を持ってこられたのは……あなたじゃなかったですか!?」

「ええまさに」


 平然とそう頷いてから、ソルはため息をつく。


「私としたことが……ドレスコードの記載を忘れていたのですね……」

「ド、ドレスコォド……?」


 あまり馴染みのない言葉の登場に、エリノアの声が裏返る。

 侍女は侍女である。給仕する側にドレスコードもくそもあるだろうか。

 それが適切な装いを意味しているのだとしたら、エリノアに相応しい装いはこのメイド服以外にあるわけがない。娘は困惑の表情を浮かべるが……

 ソル側からすると、小規模で内輪なものとはいえ、王子主催の茶会に言わば仕事着で現れたエリノアは言語道断。まったく理解できないというエリノアに顔に、青年の顔は一層厳しさが増していく。


「お嬢様……わたくしのようなものがご注意申し上げるのもなんですが……その格好はありません。せっかく殿下が安らごうという時に……お嬢様がその格好では」

「え……? あの……侍女わたしの格好に安らぎとかを求めちゃうんですか……?」

「あなたがブレア様を安らがさせずして誰がそうできるのですか!?」

「え……(な、何故か物凄い期待をよせられてい、る……?)そ、そうですか……? 空気のようにお仕えするのが使用人かと思っていました……まあ、侍女にはそういう面も……(……ある、の……??)」


 今回の茶会に対して、認識の違う二人の会話は悲しいほどに噛み合わない。

 エリノアは給仕をしにここに来ているつもりだが、ソルは茶会参加者としての装いをエリノアに求めている。

 ソルは額を押さえながら、まったく……と、こぼす。


「殿下との茶会ですよ? 給仕をしに来ているのではないというのに……私はてっきり女性なら誰もが喜んで装ってくるものだと……」


 そう言うソルの言葉に、エリノアがえっと弾かれたように目を見開いた。


「え……給仕……じゃ……ない……?」

「給仕? ……茶会ですよ?」

「え? 茶会……ですよね?」


 戸惑ったような顔と怪訝そうな顔。確認しあった二人の間にシーンと音なき音が広がっていく。

 エリノアはソルの表情を見て、まさか、とつぶやく。


「…………あの、まさか……まさかとは思うんですが……もしかして……私にブレア様と差し向かいで茶を飲め、と──?」


 恐る恐る問うエリノアに、ソルが眼圧をあげて眉を歪めた。


「それ以外に──何があるというのですか──?」


 なんて当たり前のことを──と、言いかけて──ソルがハッとする。


「まさか……そんなこともお分かりで──なかった……!?」

「ぇ、えぇ!?」


 途端、思い切り残念な者を見る目で慄かれて……エリノアがなんと心外なと目を剥いている。


「いやっ!? だって……っそ、そんなこと一言も手紙には……てっきり仕事かと……」

「そんなことこそ私は書いていなかったはずですが」

「そ……れは……確かに……」


 ソルがキッパリ言う通り、手紙には仕事だとは一言も書かれてはいなかった。だが──

 エリノアは超絶納得いかなくて、だらだらと顔汗流しながら思った。


(私も勘違いしたのかもしれないけど──ものすごく……いや絶対に、バークレム書記官の手落ちもある気がするのは私の──気のせいなの!?)


 いや絶対そうである。

 堅苦しさを前面に押し出したソルの手紙は、オリバー評するところ、「役所の督促状」で。


(な、納得できない……)


 エリノアは心底そう思ったが……苦情を申し立てようにも……ソルはすでにエリノアの顔を見てはいない。

 真顔に戻った書記官は、困りましたねぇとエリノアのメイド服をジロジロと眺めている。


「……ふむ、エプロンを外せば……まあ……いやしかし……華やかさに欠けるか……」

「あの……バークレム書記官……」

「ブレア様もあまり華美なものはお好みではないが……せっかく用意した茶会……やはり多少は特別さを演出したい……さて如何したものか……」

「あ、の……」


 エリノアはまずそもそもどうして己がブレアの茶会に呼ばれたのかと、そこを聞きたかった。

 が、エリノアの装いをどうするかに没入しはじめた書記官は、ちっともエリノアの呼びかけに応えてくれない。

 どうしようこの人、もういっそ、王子本人に事の次第を問いに戻るか……と、考えていると──


「──そういうことなら任せて頂戴」

「……ぇ?」


 突然、鈴を転がすような声がした。

 可憐な響きにエリノアが振り返ると……廊下の向こうから、侍女二名を後ろに伴った美しい乙女がこちらへやって来る。それを見たエリノアは、あっ! と、反射的に表情を明るくした。


「ハリエット様!」

「ご機嫌よう、エリノアさん」


 現れたのは──王太子の婚約者、隣国の王女ハリエット。

 彼女が大好きなエリノアは、頰を紅潮させて慌ててかしこまる。

 ハリエットはそんな娘の傍に立ち止まりにっこりと笑顔を向けてから、ソルに声をかけた。


「こんにちは、バークレム書記官」

「これはハリエット様……おいでですか(やはり見張っておいででしたか……)」

「ふふふ(当たり前よ、だって楽しそうなんですもの)」

「?」


 何やら含みのある顔で挨拶を交わす二人に、エリノアが不思議そうな顔をしている。

 と、ハリエットが朗らかに言った。


「ねえ書記官、随分お困りのようだけれど、少しの間エリノアさんをお借りできる?」

「……と、いいますと……」


 ソルの問いに、ハリエットは実はねと、うきうきした調子で答える。


「先日わたくしが手配したエリノアさんのドレスがもう出来上がっているの。それを着てもらったらどうかと思うのだけれど」

「え?」


 突然の申し出に、エリノアがパチパチと瞳を瞬く。するとハリエットは、ほらとエリノアに思い出させるように言った。


「この間部屋へ遊びに来てくれた時に採寸したでしょう? ドレスを仕立てるつもりだと言っておいたじゃない」

「あ……」


 言われてエリノアは、先日ハリエットの部屋を訪れた時、なんだか訳のわからないままに身体の採寸をされたことを思い出した。

 確かハリエットは、聖剣騒動で王太子が忙しくて暇だからエリノアのドレスでも仕立てるわと言っていて……


「そういえば……」

「ね? せっかく仕上がったのだし、わたくしとしても早くエリノアさんが身につけているところを見たいの。それがブレア様のお役に立つなら殊更嬉しいわ」


 可憐に首を傾け、どうかしらと問う王女に──ソルはまったく逆らわなかった。そのあっさりした了承に、ソルに散々驚かされたエリノアは目を剥くが……まあ当然である。二人の利害は一致している。


「それはそれは……是非お願い致します。しかしお急ぎください。すぐにブレア様が参られます」

「ふふ、任せて」

「ぇ、あ、の……」


 自分抜きでさらさらと事が進んでいく様子に、エリノアがものすごく戸惑っている。

 このままでは、なんだか理由もわからないまま、『侍女→参加者』という心の切り替えもろくにできないまま、着飾らされ、王子との茶会に挑まされそうな気がして……かなり焦った。

 なんせ、()()()()茶会なのである……そんな大それたものに侍女の自分が突然挑めと言われても、そうそう心構えなどできなかった。


「お、お待ちくださいハリエット様……バークレム書記官!?」


 せめてその茶会はどういった趣旨で、他には参加者はいるのか、そういった情報が欲しかった。それに王子においしいお茶をと意気込んでいたが、それは叶うのかと──聞きたいことは色々とあって──

 ……しかし。

 次の瞬間エリノアは、唐突に両側からガシッと腕をつかまれる。


「ひっ!?」


 驚いて目をやると──ハリエットの侍女たちだった。

 エリノアの腕をしっかりと掴み、にこ……と笑みを浮かべる顔には……どこか有無を言わさぬものがある。

 ──もう諦めて王女の言う通りにしなさい、と、いう声が……鮮明に耳に聞こえるようであった……


「ぅ……」(※女社会で生きているため、女性の圧に弱い)

「さてと、では行きましょうかエリノアさん。急ぎましょう」

「ぇ、は、はい……」


 ハリエットがにっこりと微笑み、ソルが「いってらっしゃいませ」とお辞儀する。


 そうしてあっさりとソルに送り出されたエリノアは──王女ハリエットに、ずるずると連行されて行く。

 王女はいたくご機嫌で……しとやかな彼女にしては珍しく、小鳥のさえずりのような鼻歌をも口ずさんでいたという……






お読みいただき有難うございます。

エリノア、王女のおもちゃ状態…

でもそろそろ王子との茶会に目くじら立てそうな少年を出したいですね。

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