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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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60 吹っ切れた熊騎士

 

「……今日はもう家で休め。送らせる」

「え……」


 寂しげにそう言われて。

 馬車を手配するようオリバーに命じるブレアに、エリノアは戸惑った。


「そんな馬車なんて……歩いて帰れます。それに私はもう大丈夫です。お仕えもちゃんとできますよ?」


 エリノアは急いで寝台の上から降りる。一介の使用人が王室の馬車を利用するなんてとんでもない話だった。

 それに強がりなどではなく、なぜだか身体はとても軽かった。

 目が覚めてしばらくはぼんやりもしていたが、今では倒れたというのが嘘のように頭もスッキリしている。気力も十分充実していて、すぐにでも働けそうだとエリノアは思った。もちろん……それはテオティルのおかげなのだが……エリノアはまだそれを知らない。(※知れば仕事どころではなくなると思われる)

 倒れたり寝そべったりしてしまったから、乱れた身なりを整えてくる必要はあるが、それ以外は特に違和感もなかった。

 エリノアは、平気であることを主人に示すために、キリッと背筋を伸ばし、ブレアに向かって朗らかに言った。


「お気遣い大変ありがたく感じます。でも……ご迷惑でなければいつも通り勤務させてください」

「…………」


 が──

 それでもブレアは困ったような顔のままだった。……明らかに心配している。それも、ものすごく。

 それはエリノアにも伝わった。


(ぅ……)


 ブレアの無言の心配を感じ取ったエリノアがたじろぐ。

 申し訳ないが……つい……ほっこりしてしまった……


(……ブレア様が私を心配してくださっている……お、お姉さんな私を……)


 キュンとした。

 なぜかブレアのいかめしい顔がとても可愛らしく思えてくすぐったかった。

 それは光栄だし、有難いし、嬉しかった。

 湧き上がってくるのは、心の底からこの人のお役に立ちたいという気持ちだ。

 おそらく……“お姉さんと思われている”=“頼りにされている”というエリノア的図式も大いに作用した。

 頼りにされていると思うと……ついつい頑張ってしまうのがエリノアである。

 こんな凛々しい人に、こんな可愛らしい顔で頼りにされてしまったら……ときめきすぎて──……馬車馬のように働けそうだ、と──

 ややズレた乙女心を彼女が発揮してしまったのは。青春のほとんどを労働と弟の世話に費やして来たエリノアならではである。

 額まで真っ赤にした娘は、うずうず拳を握る。


「で、殿下! わたくしめ元気です! お茶会のお給仕したいです!」

「……給仕?」


 ぜひ! と言うエリノアに、彼女をもてなすために茶会に誘ったはずのブレアが、戸惑う。そういえばずっとエリノアが「給仕、給仕」といってるのはなぜだと彼は怪訝そうだ、が……

 次の瞬間に、エリノアがてれっと微笑んだのを見て、たじろいだ彼はそれを忘れる。


「ぅ……」

「介抱していただいたお礼もさせていただきたいのです。ささやかな事しかできないのが心苦しいですが……せめておいしいお茶をおいれします!」


 見るからに張り切っている娘に──ダメと言えないブレア。こっちはこっちでときめいている。

 自覚はないが、その隙をついてブレアに退出の礼をしたエリノアは、そのまま意気込んで医務室の出口に向かいドアノブをひねる。そして一瞬立ち止まって、嬉しそうに首を傾げてにっこりと笑った。


「すぐサロンでお茶の支度を整えますので──ブレア様はゆっくりおいでくださいね!」

「…………」


 その顔を見た時ブレアは……痛感した……

 

──私は……

──このエリノアの照れっとした顔に相当弱いな……!?


 ひとたび剣を握れば負けなしで、戦場でもどんな困難な局面でも活路を探して決して歩みを止めなかった己の足が……今はその微笑みひとつで凍ってしまう。いや、足ばかりか全身が固まる。固まって、広がる感情に囚われてしまう。


(…………そしてそれが……欠片も嫌でないときている……)


 そう静かに思うと──それがどんな名で呼ばれる感情なのかを思い出してひどく恥ずかしくなった。

 ブレアは、自分はすでに囚われてしまっていると感じた。そして──囚えたいのだとも。

 そう身にしみるように思ったブレアは密やかなため息をこぼして──


 ……いたのだが。

 もうその時にはドアノブを回して扉を開き、踏み出していたエリノアは。そんな王子の痛切な感情を拾い上げることはできなかった。

 娘はそのまま元気に医務室を飛び出て行き──廊下からは、意気込みすぎの娘が衛兵に廊下を走るなと注意されている声が聞こえて──……

 ブレアはハッと我に返る。


「! ま、待て、エリノア!」


 病み上がりで走るなと、慌てて娘を追いかけようとするが、それをオリバーに阻まれる。


「!? オリバー!?」

「まま、落ち着いてくださいよブレア様……医者も大丈夫って言ってたんですから、大丈夫ですよ。俺、追いかけて様子見ときますし」

「し、しかし……」

「大丈夫。なんかどうにもあいつ給仕のために呼ばれたと勘違いしてるみたいですけど……茶会の用意なんかソルがとっくにきっちり整えてるんですから。サロンに行ってもせいぜい出来上がった茶をカップに注ぐくらいしか仕事はないっス。茶会で大人しくさせときましょう。ね? その方が安心でしょう?」


 冷静な顔の騎士は、エリノアが目の届くところにいてくれた方がいいだろうと王子を宥める。


「多分あいつ馬車なんか乗らないですよ。そうかといって城下を歩いてるうちにパッタリ倒れられても嫌でしょう? 誰かをつけてもいいですけど、倒れてからでは遅いですよね? 大丈夫、茶をいれるくらいなら安静にしているのとそう大して違いませんよ」

「…………」


 オリバーは多分もうエリノアが倒れる事はもうないだろうと思ったが、あえて、そうブレアを説得にかかった。

 彼の目から見るとエリノアは健康そのもので、ブレアは心配しすぎだと思う。それならばだ。忙しい中、王子が健気にも前倒しで前倒しで仕事をこなし捻出したせっかくの貴重な時間だ。むざむざそれをお流れにする事もない。

 オリバーは不意に、ふ……っと諦観したような笑いを口の端に乗せる。


「もう……諦めて茶を飲みに行ってくださいよ……俺らも色々と上の方々にせっつかれて大変なんスからね……」


 王妃様とか、王太子様とか、ハリエット王女とか、とオリバー。耳の早いハリエットに至っては、もうこの騒ぎすらすでにどこかで耳に入れていそうで非常に怖い。側近は、ガシッとブレアの肩をつかむ。


「な、なんだ!?」

「ブレア様……新人娘の微笑み一つに負けてる場合じゃないんですよ! みんな期待してるんですから! さっさと耐性つけてください! ブレア様だってあいつと一緒に過ごしたいんでしょう!? 今日中に腕くらいは組みましょう。キスまで行ってもいいくらいですよ!?」

「⁉︎」


 その言葉に、ブレアがぐっと喉をつめる。咳き込むのをなんとか堪えた青年は、赤い顔でオリバーを睨む。


「お、お前は……」


 いきなり何をと顔を歪めるブレアに、オリバー容赦しない。どこか吹っ切れたふうのオリバーは──目をカッと開いてブレアに迫る。


「まずは頰くらいならハードル低いでしょう? 額とか耳とか首とか髪とか……色々手はありますよ!」

「……おいオリバー……発言に気をつけろ。お前の爛れた私生活が透けて見えるようだぞ……」


 やや白い目で言うブレアに、オリバーはケロっとして首を振る。


「大丈夫です、ブレア様の恋愛ごとに関しては、待たされすぎの王妃様方はもう、婚約前だとか順序がどうとか……そういう小事は問題になさらないですし、いきなり爛れても多分暖かく見守られますよ」

「…………」


 呆れてものも言えないと言う顔のブレアに、オリバーは考えてもみて下さいと力説する。


「殿下だって、結局最終的にはあれを押し倒さなければならないんですよ!? 早めに耐性つけて頂かないと──」


 寝所でまで俺にフォローさせるつもりですか──!? と、言った瞬間オリバーは……


 真っ赤な顔でこめかみに青筋を立てたブレアに、ゴスッと一発、強烈な拳を貰うこととなった。


「……言葉と腹に気をつけろオリバー……」(※冷酷な目)

「……っ……俺は負けませんからねブレア様……!」


 冷たい顔で自分を見下ろす王子に、騎士は、早く嫁が欲しい王妃様がどんだけ怖いかあんた知らないでしょう!? と異議を唱え──


 王子と騎士がそんなおかしな対立をしていた頃。

 サロンを目指したエリノアも、そこである者と対峙する羽目となっていた……


「………………」

「………………」


 サロンの美しい扉の前で──無言でエリノアと睨み合うのは……


 あの──

 ド天然書記官、ソル・バークレムであった……

 出会いが出会いであったがために、エリノアは緊張と警戒に引きつった。それを静かに見下ろすソルの顔は、冷静すぎて、感情が読めなさすぎて圧が強い。二人の間には──ずももと不穏な空気が漂っている。







熊騎士は…下世話ですよ…


お読みいただき有難うございます。

この話はなくてもいいかな…と更新するか迷いましたが…エリノアにもそろそろ自覚を促したく…オリバーにも諦めてもらいたく…まあそんなこんなです(´∀`;)恋愛ものですし。


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[一言] ソル再び…。 こじれる予感しかしない。
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