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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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59 逃亡劇顛末。羞恥、ブレアのターン。


 深い──沈黙。


 エリノアとオリバーが──それぞれじっとブレアの反応を窺っている。

 エリノアの問いに対し、彼がどんな顔を見せるのか。二人は瞬きもせず青年を見つめている。

 そんな凸凹コンビに食い入るように見つめられた青年は──

 

 一瞬呼吸を止めて。しかし平静なまま──まず、不安そうな緑色の瞳を見返した。


「………………姉上?」


 聞き慣れない言葉に、平静な顔なりに目が丸く見開かれる。灰褐色の瞳の奥には戸惑いが浮かんでいた。


「……なんのことだ?」

「え……あ、の……」


 怪訝そうな言葉に、エリノアが困ったような顔をしてブレアから視線を外す。その先には医務室の壁によりかかるようにして立つ騎士オリバーの姿が。

 珍しく犬猿の仲であるオリバーに助けを求めるような顔をするエリノア。──と、これまた珍しく──オリバーも頷いて、エリノアに同調する素振りを見せた。

 騎士は、腕を組んだままけろりとした調子で「言いましたよ」と、ブレアに言う。


「確かにブレア様、俺が執務室に新人娘エリノアを放りこんだ時、こいつのことを、“姉上”と、呼んでおられました」

「…………な、何……?」


 途端、ブレアの眉間がこわばった。オリバーは笑いながら腕をとくと、エリノアの寝台の傍へやって来る。


「俺も知りたいです。なーんで殿下がそんなことを突然言い出したのか。ははは、姉上って。だって。こいつ、こいつですよ?」


 こいつこいつと言いながら半笑いのオリバーはエリノアの眉間にドスっと指を刺す。エリノアは、うっと呻き声をあげた。


「ちょっ……なんで笑うんですか騎士オリバー……殿下に失礼でしょう!」


 エリノアは眉間に指を突き立てられたまま、オリバーのニヤニヤした顔を睨んでいる。調子に乗ったオリバーが指をグリグリしていると……突如、その手がパンッと弾かれた。


「……!」

「ぅ……ゃ……やめろっ……あれ?」


 突然のことに笑いを引っこめて、弾かれた己の手を唖然と見るオリバーと……そのオリバーに必死に抵抗していて何も見えていなかったエリノア。

 振り返ると……ブレアが暗黒顔でオリバーを睨んでいた。


「…………やめろオリバー……」

「………………すんません……」

「?」

 

 で……と、ブレアはややムッとしていた顔を平静に戻し、エリノアに向かいなおす。オリバーはその後ろでブレアによって叩き落とされた手をやれやれとさすっている。


「私が姉と言ったというのは……その……お前に向かってか……?」

「え……は、はい……そのように聞こえました……」


 ブレアの問いに、エリノアが恥ずかしそうに頷く。なんだか改まって確認されると、とてつもなく妙な状況だと思った。

 一国の王子に、しがない立場の自分がするべき問いではなかったかもしれない。そう思うと……エリノアの視線はだんだんと下を落ちていき、代わりにどんどん体温は上昇していった。赤らんでいた頰の熱はあっという間に耳にも額にも広がっていって。口元は気恥ずかしそうに結ばれている。

 その緊張した目が様子を窺うように、ちらりと上目遣いに自分に向けられた時——

 一瞬、グラっと来たブレアは……いやそれどころかと内心で思い切り己を叱咤した。※オリバーが生暖かい顔で見ている。

 娘は必死だ。その懸命さに自分も真面目に応えてやらなければ──と、焦ったブレア(顔に出ない)は…… 


「!」


 思い出した。


 ──確かにあの時──

 ひるがえるメイド服を目にした時──……発せられた己の声が、エリノアをそう呼んだのだと……


「!?」


 鮮明な己の声を思い出して──……



 その一瞬──静まり返っていた室内に、ガタッ……! と大きな音がした。唐突な音にエリノアがビクッと肩を震わせる。


「え……? ブレア様……?」


 どうやらそれが──イスの音だと察したエリノアは彼を見上げて──ぽかんとする。

 視界の中で……なるほど、王子の座っていたイスは先ほどよりも大きく後ろにずれている。つまり今の音はその拍子に鳴ったわけだ。……ったのだろうが……


 そうしただろう青年は……顔が……かつてないほどに赤かった……

 それを見て、驚いたのはエリノアである。


「で、殿下!? 大丈夫ですか!?」


 無言で赤面しているブレアを見て、エリノアは思った。まさか──今の音は、彼が動揺して鳴らしたのか。

 そんなに驚かれるとは思っていなかった娘は、慌てて寝台のうえでブレアのほうへ身をよせる。

 いつも冷静なブレアのことだ。もっと冷静に、淡々と理由を話してくれるのではないかと……思っていたのだが……

 しかしその動揺を見て、エリノアはなんとなく察した。王子は、意図的に自分のことを『姉上』と呼んだわけではないのだと。


(な、なんだ……別に意味があったわけじゃない、のか……)


 そうかそうかとエリノア。

 王子だって人間だ。うっかり人の呼び名を間違えてしまうこともあるだろう。

 そうだったのか……と思ったエリノアは——そこでハッとして。しまったとブレアを見る。エリノアが納得している隣で……ブレアは……

 顔面を押さえ、無言で苦悩の表情を浮かべている。※恥ずかしい。


(…………しまった……ブレア様が……超絶、不快そう……)


 エリノアは慌てた。

 己が主人の単なる言い間違いをわざわざ追求し、恥をかかせてしまったことを悟った。娘は慌てて手を振る。


「あ……申し訳ありません、つまらぬことを……いいんですよ!? 別に……殿下が私をなんとお呼びになっても……!」


 なんだか……苦悩している彼が可哀想で……

 エリノアは、室内の空気を変えようと懸命に腕を振った。

 特に壁際の騎士の顔がいただけない。ニヤニヤ生暖かく笑う騎士に、エリノアはギョロ目でやめろと訴える。が……


 そんな慌てた娘には、残念なことに……すべては以前、ブレアをグレンだと思いこんだエリノア自身が、彼に『姉上』と呼ばせたことが原因(※強要はしなかった)なのだとは……カケラも思い出すことはできなかった。


 そして当然ながら、メイナードによってその時の記憶を消されているブレアもまた同様である。

 ブレアは羞恥から立ち直ることが出来ずに呻く。

 自分がなぜそのような間違いをするに至ったのかが分からずに、彼は無性に恥ずかしかった。相手が他でもない、エリノアであるだけ余計である。

 なんせこの男──ついこの間、様々な葛藤の末、やっとエリノアを名前で呼べるようになったばかりで……


(わ……わからぬ……なぜ私はそんな間違いを……)


 答えはもちろん、グレンのせい。

 ……だが、もちろんそんなことはブレアには分からない。

 そもそも“姉”という単語はどこから出て来たのだとブレア。

 もしやあの直前──彼女と共に暮らす弟が羨ましいだのと思ってしまったのが原因か。──そう思うと……更に己が女々しく思えて余計に気恥ずかしい。


 ブレアは……苦悶を浮かべ……なんとか言葉を絞り出した。


「…………す、すまない……それは……非礼を……」

「え? い、いえ、そんな……姉でも妹でもお好きにお呼びください。こ……光栄です!」


 エリノアはそうブレアを励ましたつもりだが、ブレアは複雑そうな顔を浮かべる。その顔を見て──エリノアが再びそこでハッとする。


(そ──そうか……!)


 閃きにエリノアが唖然とする。


(…………最近なんだか……ブレア様がやけに親しくして下さると思ってたのよ……)

(そうか……そうなんだわ……殿下は…………私を思っていてくださったのか……)





 ──お姉さんだと。



 ……

 …………

 …………おそらく、この心の声を騎士オリバーが聞いていたとしたら……速攻で顔面にビシッと手刀を落とされたことだろう。


 しかし残念なことに……この部屋唯一のツッコミ属性騎士にはエリノアの心の声が聞こえなかった。

 そういう訳で、止める者のいないエリノアの思考は確定に至り、娘はなるほどなるほどと頷く。

 エリノアは、全てを悟った(ような気になった)。


「……意外です……だけどあり得る(?)……私、姉生活長いし……」

「…………」※オリバー。だがしかし何かを察する。


 きっと母性ならぬ、姉性か何かが滲み出ているんだな……と……

 己の身長と王子との歳の差をうっかり忘れ、かなり的外れなところに着地した姉属性生物エリノアは……


 なんだか少し──……がっかりしている自分に気がついた……


(あ、あれ……?)


 胸が少し痛いような、隙間風が吹くような、そんな変な心持ちだった。

 けれども。

 エリノアは、それを振り払うようにして、寝台の上で、大丈夫ですよ! とブレアに勇ましく拳を握って見せる。


「そういうことならば……わたくしめ弟もおりますから得意分野(?)です! どんとこいです!」

「エ、エリノア……? いや、私は別にお前を姉と呼びたいわけでは……」


 急に張り切り出したエリノアに、ブレアが戸惑っている。(※しかし心的ダメージが大きくてエリノアに押し負ける)

 



 ──そんな二人の背後で……笑うものが一人。


「すげぇな……」


 ブレアの背後でオリバーが呟いた。


「あのブレア様に子猫ちゃん? 女装しろって……? 阿呆か! ……すげー見たかったじゃねーか」


 くそーと悔しがるオリバー。

 そんな彼の前で、崇める王子は赤くなったり青くなったり……もはや自分の存在は忘れ去られているようだ。

 それを見ながら……


「……すげぇなぁ……」


 オリバーは、もう一度、しみじみとそう言った。


 あんなに必死で表情豊かなブレアをオリバーは見たことがなかった。

 寡黙な彼の感情がああもはっきり表に出てくることはそうそうなくて。……その貴重な機会のすべてには、あの娘が関わっているように思えた。


「なんだかなぁ……」


 オリバーはため息をつく。

 ずっと、敬愛する王子の相手には、それなりの令嬢をと願い続けて来たが──


「…………ブレア様に“子猫ちゃん”なんて言える令嬢……他に見つかる気がしねー……」








……多分見つからんでしょう。


お読みいただき有難うございます。

言炎先生と山崎先生のコミック版も、ブレアがエリノアを好きになるところまで順調に進んでくれるといいな…(о´∀`о)ブレアの羞恥悶絶とキレるコーネリアグレースが見たすぎる…あとモフられるヴォルフガング…モフ…

私も続き頑張ります(°▽°)応援していただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「松曳き」の殿様と三太夫さんの粗忽主従みたい 「手紙の『貴殿姉上さま御死去』を『殿の姉上さま御死去』と読み違えるなど、そんな粗忽でお役目がつとまるか!腹を切れい!」 「はっ、ありがたきお沙…
[一言] >「…………ブレア様に“子猫ちゃん”なんて言える令嬢……他に見つかる気がしねー……」 むしろ、見つかってたまるかwwwww
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