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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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58 逃亡劇顛末。羞恥、エリノアのターン。

「……こぉらテオ坊ちゃん……」


 自慢の金棒でテオティルを器用に吊し上げたコーネリアグレースは、おどろおどろしい声で青年に言った。


「あ、コーネリア殿」


 吊し上げられておきながら……ほがらかに微笑を浮かべる聖剣に、婦人の目が尖る。


「のんきな……テオ坊! 勝手にうろついてはダメだと言ったでしょう! なぜ第二王子と接触なんか……!」


 婦人が牙を剥いて怒ると、聖剣は「ああ、」と顔を綻ばせる。


「ブレアですか? あの子は昔からよく私のところにも通ってくれて……信心深く家族思いで良い子です」


 王宮には子供が少ないですからねぇ、あの子は特に私のお気に入りでーと、長閑な花でも散らしそうな顔で笑う聖剣に……コーネリアグレースがキレる。


「ぅおだまらっしゃいっ! 何が子供か無機物め! もう少し人間の生態をお学びなさい! あんな好奇心と行動力に満ちた世代の若者のどこが子供か! いきなり力を使うなんて……王子が坊の正体に気がついたらどうするのです!」


 愚か者! ……と、コーネリアグレースは、テオティルごと金棒を振り回し始めた。が、テオティルは、何食わぬ顔でストンと身軽に金棒の上から降りて来てくる。婦人はそれを恐ろしい顔で歯噛みしながら睨んでいた。

 テオティルは、己の胸に手を当て神妙な顔で言った。


「仕方がなかったのです。エリノア様がものすごく怯えていらっしゃったから私は心配で……しかし……心配は要らなかったようですね、だって相手はあのよい子ですから」


 にこーと笑う聖剣に、コーネリアグレースはしらっとした目を向ける。


「……その良い子とあんたが直接話したことをお知りになったら……そっちの方がよほど恐怖なさると思いますけどね……」

「?」


 やれやれとコーネリアグレース。


「まったく……今日は洗濯物も溜まっていて忙しいっていうのに……何かテオ坊を手っ取り早くシメる方法はないのかしらねぇ」


 はーやだやだと婦人がため息をこぼした、同じ頃──



 エリノアは、宮廷の裏庭から医務室に運び込まれていた。

 白いシーツのかけられた寝台に身を起こした娘は、寝台脇に座るブレアの顔を困ったような顔で見た。

 もう大丈夫だ働けるとエリノアは言うのだが……娘が寝台を降りようとすると、ブレアの顔が途端に曇る。その顔を見るとエリノアも弱くて……


 なんとも申し訳ない状況だとエリノアは肩を落とす。

 王子は忙しい職務の合間に、わざわざ茶会を開いて身体を休め、精神を癒そうとしていたのだろうに。

 給仕をするべく呼ばれた者に振り回された挙句、こうして倒れられていては気も休まるまい。


(……ブレア様の貴重な時間を奪うなんて……)


 そう思った娘の肩はますます落ちて行く。

 が……本来ブレアは、エリノアと過ごしたいがために彼女を呼んだ訳で、給仕をしろと呼び出した訳ではない。が、エリノアの中ではそういうことになっていた。

 胃の痛む思いで見上げると、心配そうな王子の顔。その背後には、既にオリバーが駆けつけている。

 壁際から自分たちを静観するような騎士の目に見られていると、王子に話しかけづらくて仕方がない。が……エリノアには、ブレアに言うべきことがあった。娘は思い切って、おずおずと言った。


「あ、の……ブレア様……」

「どうした?」


 すぐにブレアから応答が返る。

 ずっとしょんぼりしていた娘がやっと口を開いて。少なからずほっとしたブレア。

 気分は大丈夫か、水でも飲むかと穏やかに問うと……エリノアが唐突に──ガバッと寝台のうえに身を投げ出した。


「す──すみませんでしたぁあああ!!」

「!?」

「…………」※オリバー。生暖かい。


 いきなりの土下座。その思い詰めた様子に……ブレアは驚き、オリバーは「まーたやってるよ」と、半笑いを浮かべる。


「やめなさい、どうした……何を謝る?」


 止めるブレアに、エリノアは寝台のうえに正座して懺悔捧げる。


「わ、私……ブレア様に大変な失礼を……文書偽造だとか子猫ちゃんとか女装しろとか……」

「あ、ああ……そのことか……」


 頷くブレアの耳に吹き出す音が聞こえた。後ろでオリバーが盛大に笑い出したのだ。そのままゲラゲラと腹を抱える騎士を……ブレアが壮絶に睨んでいる。

 しかしエリノアは、騎士の反応などに気をはらっている余裕はない。娘は白い布団に埋まるほど頭を下げている。


「本当に……本当に申し訳ありません……わたくしめどうかしておりました……お許しください!」

「エリノア……もうよい。そのように嘆くな。身体に障る」


 エリノアは布団の上にヒキガエルのようにはいつくばっている。

 ブレアは慌ててエリノアに寄り添った。つい数十分前に、その娘の青白い顔を見たばかりである。心配でならないブレアは、ハラハラしながら娘の両肩を引っ張り上げて、支える形で肩を抱き、布団に入るよう促した。


「謝るな……いいから横になりなさい」

「で、でも……」


 そうは言われても。エリノアはとても楽な気持ちにはなれなかった。

 自分はこの真面目で綺麗な目をした主人に、よりによって──『子猫ちゃん』『女装』と……


(自分よ……なぜあんなことを言った──)


 優しくされると余計にいたたまれず、思い出した途端、ドバッと涙が出た。


「……殿下……! 血の気が引きすぎてもう御手を煩わせることもなく自動的に死刑になりそうな気がします!!」

「お──落ち着け」


 ……背後でオリバーはゲラゲラと笑い続けている……




「少しは……落ち着いたか……?」

「は、はい……」


 問いかけにエリノアは頷く。

 彼女の隣に座ったブレアは、エリノアの背を優しく撫でていた。

 その穏やかさに……なんとか落ち着きを取り戻したエリノアだったのだが。しかし。

 今度は落ち着きを通り越し、だんだんと動悸がひどくなって来た。

 王子自らに介抱されている不思議に、エリノアは今更気がついた。


(ブ……ブレア様、優しい……近い……優しい……)


「……エリノア?」

「! っはいぃ!!」


 思わずほわっと浮き足立っているところを、心配そうに覗きこまれて。驚いたエリノアが飛び上がる。


「大丈夫か?」


 純粋に心配そうなブレアに心が痛む。


「ぅ……すみません……よこしまでした……」

「?」


 不思議そうなブレアに、恥入るエリノア。

 娘は滴る汗を誤魔化すように、コホンと咳払いをすると、「あの殿下」と、ブレアの顔を見上げた。


「一つお聞きしたいことがあるのですが……よろしいでしょうか……?」

「聞きたいこと?」


 なんだと視線で問うてくるブレアに、ペコリと頭を下げる。


「ありがとうございます。あの、ですね……いろいろと無礼を働いてしまったのは重々承知の上なのですが……」


 エリノアはそもそもを考えた。今回の騒動は、ブレアにもエリノアの勘違いを引き起こす要因があったと思う。いやもちろん、突然因縁をつけて来て、ブレアの執務室にエリノアを放りこんだオリバーの責任もあると思う。普段から散々エリノアを化かすグレンにもだ。

 しかし……エリノアは、ブレアが言ったことがどうにも引っかかっていた。

 ブレアはなぜ、あの時あんなふうに自分を呼んだのだろう。

 エリノアは、おずおずと問う。


「その……先ほど執務室で……ブレア様はなぜ私のことをあんなふうにお呼びになったんですか……?」

「? あんなふうに、とは?」


 どうやらブレアは本気で分からないらしい。不思議そうな様子にエリノアは……思い切って切りこんだ。


「なぜ……“姉上”なんて……」


 ──途端……


 医務室の中に沈黙が広がる。







お読みいただき有難うございます。

次はブレアのターンですね。

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