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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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57 “ブレアなグレン”との逃亡劇③

 

 崩れ落ちた娘を咄嗟にブレアが支える。


「エリノア!?」


 紙のような白い顔。ぐったりと力の抜けた身体。閉じられた瞳を見ると、どっと全身に焦りが広がるが……ブレアはそれでも冷静さは失わなかった。

 青年は、エリノアを支えたまますぐに上着を脱ぐと、それを素早く草の上に広げた。そしてその上にエリノアの頭を乗せて地面に横たわらせる。

 右手で娘の呼吸を確かめて、同時に左の手を彼女の首の付け根に当てて脈拍を探った。


「……遅い……」


 呼吸はあるが、顔色は悪く額には玉のような冷や汗が滲んでいる。

 それを見たブレアは一瞬だけ苦しそうに眉間にシワをよせて。躊躇なく娘の制服の第一ボタンを外した。少しでも楽な体勢で呼吸を促すためだった。


 ブレアはこの娘の状態を、おそらく一過性の意識消失ではないかと判断した。一時的に、脳に行く血が欠乏したことが原因ではないかと。

 戦場にも出たことがあるブレアは、こういった症状で気絶する者を何度も目にしたことがある。

 差し迫った窮状に立たされた時、多くは新兵たちが恐怖で気を失うことがまれにあった。

 そういう場合、転倒時に怪我さえなければ、横たわらせ頭部の位置を低くさせてやればいい。そのまま安静にさせていれば血液が脳に行き渡りやすく、意識を取り戻すことが多い。──ただ……失神が長引くと、血流不足で脳に障害が残ることもある。

 ブレアの表情が不安に曇る。


「エリノア……」


 呼びかけて軽く頬を打つ。しかし反応はなかった。白い顔で、ピクリともしないエリノアを見ていると胸が締めつけられた。

 ブレアは周囲に視線を走らせた。が、もとより人気のない場所を目指していた様子のエリノアに連れてこられた裏庭そこには、不味いことに人気がまったくない。

 誰ぞいるかとブレアが上げた声にも、応じる声はなかった。仕方ないと、ブレアは身を浮かせる。

 今、エリノアの傍を離れることには抵抗があるが、少し走れば誰かしら使用人なり衛兵なりはいるはず。その者に医師を呼ぶように頼み、すぐに戻ろうとブレア。しかしそれでも不安なのか、その目が一瞬エリノアの顔を見て──


「──おや?」


 横たわるエリノアに目をやった、ちょうどその時だった。

 突然──ブレアのごくごく間近で声がした。


「!?」


 それが聞こえた瞬間、ハッとしたブレアの身体が反射的に動く。

 素早く身を返したブレアは、そこに──腕を伸ばせば楽に届く距離に男が立っていることに気がついた。

 ブレアが一瞬唖然とする。

 それは、かなり唐突なことのように思えたのだ。


(この者は……いったいどこから……)


 エリノアに気を取られていたとはいえ、普段から気配に聡いブレアがこんな間近に来るまで男の接近に気がつかなかった。直前彼が辺りを見渡した時には、確かにそこには何者の姿もなかったというのに。


「…………」


 草を踏む音すらしなかったことを不審に思ったブレアは、エリノアを庇うような形で身構える。手を貸してくれる者は必要だが……この男がブレアに気配を悟られぬように忍び寄ってきたのだとしたら、その理由が気がかりだった。

 まさか刺客かとブレアの胸に危機感がよぎる。


 ──と……

 唐突に現れた不審な男──その輝くような銀糸と、鮮やかなオレンジ色の瞳の男は。

 身構えるブレアなどには目もくれず、素早い足取りで横たわるエリノアに駆け寄って来た。


「エリノア様!」


 男は娘の閉じられた瞳を見て悲しそうな表情をする。

 その顔を見て、ブレアは思い出した。男は以前、王宮の廊下でエリノアと手を繋ぎながら共に歩いていた者だった。それを思い出すと一瞬胸が軋むが……男の害意のなさそうな様子にブレアの警戒がわずかに緩む。

 男に対する不審さがなくなったわけではなかったが──今は倒れた彼女が先だ。

 敵でないのならと、ブレアはエリノアに向き直り、娘を見つめる男に声をかけた。


「すまないが医師を呼んで来てもらえないだろうか。急に気を失ってしまったのだ。おそらく一時的なものだとは思うが……」


 と、そこでやっと男の目がブレアを見る。彼は一瞬、何かを見透かさんとするように、じっと食い入るようにブレアを見つめていたが……不意に、その口元がふわりと持ち上がる。


「……君は相変わらず心配性なんだね……大丈夫だよ」


 どこか親しげな言葉にブレアが怪訝そうに眉間にシワを寄せる。が、男はそう言うと、エリノアの傍らに膝を突き、彼女の手を柔らかく取って呼びかけた。


「エリノア様……起きて下さい」

「!」


 男がゆったりとそうエリノアを呼んだ、瞬間のことだった。

 エリノアと手を重ねた男の手のうちから光が生まれた。

 柔らかい光は繋いだ手を沿うように流れ、そのままエリノアの身体を伝ってそよぐ。

 光に包まれて──見る見るうちに、エリノアの青白かった頬に血色が戻るのを見て──ブレアが息を吞んだ。


「これは──……」


(回復、魔法──?)


 呪文もなく、陣もなく、魔法道具すらもなく。あっさり行使された技にブレアが目を丸くしている。と、エリノアの手を握っていた男が「よし」と安堵したように言った。


「もう大丈夫ですよ。まあ、そう重篤なものではありませんでしたし、すぐにお目覚めになるでしょう」

「そ……」

「──それより」


 一瞬ほっとした顔を覗かせたブレアに、男が言葉をかぶせるように言う。叱るような口調だった。


「ブレア……あまりエリノア様を驚かせてはいけませんよ?」


 ブレアを敬称なしに呼び、男はそう言うと……まったく警戒のない様子でブレアに向かって手を伸ばす。


「エリノア様はいろいろと心労を重ねておいでなのだから……いくら求愛活動の一環だとは言っても──」

「!?」


 その瞬間ブレアがギョッと目を瞠る。

 銀の髪の男はまるで子供にするように、そのままなんと──大の大人であるブレアの頭を、よしよしと撫でたのだ。

 男は朗らかな様子だが……された方のブレアはというと……見知らぬ男の奇行に顔をこわばらせている。


 だが……そんな引き気味の王子を気にすることもなく──男はふと、ごめんねと彼につぶやいた。

 唖然としていたブレアは、その言葉に虚を衝かれたような顔をする。銀の髪の男は少し寂しげな目をしていた。


「たくさん祈ってくれたのに……リステアードを選んであげられなかったね……」


 男は厳しい顔をしているブレアにもう一度ごめんねと言って。

 その慰めるような響きにブレアは戸惑った。

 男が今言った名は……彼の兄、王太子の名前だった。


「──それは……どういう──」

「…………ぅ……」


 ブレアが青年に問いかえそうとした時、彼らの前に横たわっていたエリノアの口から呻きがこぼれる。


「! エリノア……気がついたか!?」


 見ると、うっすらとまぶたが開き、そこに緑色の瞳が覗いていた。声を掛けるとエリノアは、ブレアを見て眩しそうな顔をした。


「……ブレア……様……?」


 その応答にブレアの口からほっと息がもれる。

 顔色も、すでに普段と変わりない。


「……ああ私だ。よかった……大丈夫か……? いや動くな、今医者を──」


 そう言って、起き上がろうとするエリノアを押しとどめて顔を上げたブレアの動きが……一瞬止まる。


 ──気がつくと……


 もうそこに、銀の髪の男の姿はなかった。






お読みいただき有難うございます。

魔法道具…は、多分テオ自身ですね。



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