56 “ブレアなグレン”との逃亡劇②
「……文書……偽造!?」
「ぎ、偽造……?」
ショックを受けて頭を抱えるエリノア。それを見たブレアは戸惑っている。
「なんてことなの……(猫に)国家が弄ばれている……書記官様まで使って……な、なんという重罪……」
(※重罪と言われてブレアが、うっと呻く)
「なんとかしなきゃ……でもブラッドリーはもう抱っこ紐は嫌そうだったし……私が責任持って監視するしか……? え? でも昼間は仕事だし……猫連れでお仕事なんか……は、そうだ!」
「エ、エリノア?」
ぶつぶつ独り言を言い続ける娘の名をブレアが呼ぶ。と、エリノアは、がばりと身を起こし、真面目な顔でブレアの両腕を掴む。そして──
まるで……どこぞの異世界の名プロデューサーが、新人アイドルにでも言い渡すような口調で、言った。
「よし…………ひとまず君……侍女に化けようか?」
「な、何……!?」
ギョッとするブレアに、エリノアはパッと表情を明るくする。
「そうよ、そうだわ。侍女だったら宮廷にいても王宮にいても目立たないし……上級侍女が下級侍女に手伝いを頼むのも自然なこと……私が連れていても目立たない!」
いい考えだわと、一人納得し始めた娘に──ブレアは心の中で……どこがだ⁉︎ と、激烈に突っこんだ。
エリノアは“ブレアなグレン”……つまり、変化自在な黒猫魔物に、“メイド服を着た女の子”に化けろと言ったつもりだが……ブレアはそれを、“侍女の服を着て女装しろ”という意味だと受け取った。
青年は、思わず──侍女たちの──エリノアと揃いの制服を己が着ているところを想像し──
その異様さに、うっと青ざめて甚大な精神ダメージを受ける。(※かわいそう)
それは──絶対に目立つやつなのでは……!? と、ブレア。息も絶え絶えである。
「…………エ、エリノア……話が一つも見えてこないのだが……!? 何故、女……」
「え? だって」とエリノアはすんとした顔で言う。
「あなた、前も女装してたでしょう?」
「!?」
グレンが以前、己の姿になったことを思い浮かべながらエリノア。だったら違う女の子にだってなれるはずだと思って──……
しかし、どうしてだか“ブレアなグレン”は汗もだらだらに拒絶反応を見せる。エリノアは不思議そうな顔をした。
娘はキョトンと首を傾げ……
「……私の制服貸してあげようか?」……と、言った。
その言葉にブレアが再び動揺する。
「お、お前の制服を……私に着ろと……?」
なんだか色々と思うところがありすぎて気が遠くなるブレア。
しかしそれを根性で耐えた青年は、なんとか平静を装いながら手のひらを上げる。
「いや……申し訳ないが…………私は女人の装いは好まぬ……それにおそらくサイズも合うまい……いや、そうではなく……頼むエリノア……ひとまずなぜそのような要求を私にしているのか、訳を説明してほしい……」
「え……?」
「お前と共に過ごすには……かような試練が必要なのか……?」
「しれん?」
エリノアが今度は反対側に首を傾げる。この猫はどうしてこんな小芝居をしているんだろう。(※してない)
だって、以前エリノアの姿でリードにちょっかいを出した時は(※二章十一話参照)、あんなにノリノリで楽しそうに女のフリしてたじゃないの──
……と、思ったところでエリノアは、不意に何か違和感を覚えた。
“ブレアなグレン”は、何故だか非常に困ったような顔で……
垣間見える切実さが、なんだかとても……
“グレンらしく”、ない。
「…………あれ……?」
何かが引っ掛かった。悪い予感しかしない引っ掛かり方だ。
なんかこんなこと前にもあった気がするぞ、とエリノアの本能にグサリと警告めいた何かが刺さる。
(あれ? あれ? あ……れ……?)
エリノアの頭の中に走馬灯のように過去の映像がさらさらと流れて行く。
『……ブレア様はもっといつも怖い顔だったような……目も、もっと尖ってたと思うわ……』
『……やっぱり見た目が同じでも、中身がビシッとしてないと引き締まらないのかしらね? 中身、猫だもんね』
『……ねえ、ちょっと……猫になってくれない?』
『……ほら、ちょっとふかふか猫になってごらん? 豹でもいいわ。ちょっともふもふさせなさいよ──』
……過去に己の勘違いで犯した過ちを思い出したエリノアの顔面から──まさか──……と、血の気がひいて行く。
ついでに本日分の己の発言、行動の一切合切をそこに足すと──……
いっそ気持ちがいいくらいに一気に身体が冷えて行った。
そのまま真っ白な顔色になったエリノアを見て、ブレアが驚いている。
「……エリノア!?」
──その心配そうな、真摯な表情を見たエリノアは……
ブルブルしながら、なんとかかすれ声と最後の勇気を絞り出した。
「…………ブ…………」
「? エリノアっ?」
「…………ブレア、さま……?」
もはや泣きそうなその声に、ブレアが目を瞠る。
「顔色が……気分が悪そうだエリノア、医師のもとへ行くなら連れていくが……」
抱えてもよいかと、優しく問うてくる青年の声には気遣いがこもっている。
大きな左手は娘を気遣うようにさりげなく背を支え……右の手は体温を測るように額にそっと乗せられた。
その──ふわりとした感触を感じた瞬間、エリノアは──察した。察して──諸々察して──……
「っ────……」
そのまま気が遠くなった。
「!? エリノア!?」
ふーっと、天に召されるような姿で崩れ落ちていくエリノアに、ブレアがものすごくギョッとしている。
エリノアはその顔を虚に見ながら心の中で、叫ぶ。
──ブレア様……
──だって……
──だって、姉上って呼んだじゃないかぁああっっ(泣)!!




