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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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55 “ブレアなグレン”との逃亡劇①

 ──妙な既視感だった。


 己の手を引き、前を駆け足で急ぐ娘。

 そう遠くないいつか、どこかで同じような出来事があったような気がするが──それがいつだったのかが思い出せない。


 ──こんな不可思議な感覚は今日に始まったことではない。


 黒髪の揺らめく後ろ姿を見つめるブレアの目が惑う。


(エリノア……どうして私はお前を見ると──……)





「──…………よし。無事に逃げおおせたようね……」

「…………」


 そう言う娘は、柱の角から半分だけ顔を出して周囲をジロリと睨んでいる。

 ブレアを連れて宮廷を出たエリノア。人気の少ない建物の裏手にまわり、辺りを警戒している様は少々挙動不審だ。

 そんな娘の後ろで、ブレアはひたすらに無言である。


「…………」

「このまま人気のないところまで引きずりこんでやる……。ふう、一か八かだったけど……騎士オリバーを撒くなんて私も少し足が早くなったようね」


 良かったと安堵する娘の後ろで、ブレアは多分それは違うだろうなと思った。



「……ところで……」


 しばしの間沈黙していたブレアが、コホンと一度咳払いをしてから問う。


「……これは……いつまで繋いだままに……?」

「え?」


 地味に赤い顔でエリノアに問うと、娘の視線が「これ」と示された二人の手に落ちる。

 エリノアにがっしり握られたものの、握り返していいのかが分からずにジリジリしているブレアの手。

 それをきちんと認識すれば……互いの立場や状況を考えれば、エリノアもいくらなんでも慌ててブレアの手を解放するのだろう……と、やや寂しく思ったブレアの目論みは──しかし、きれいに裏切られる。

 エリノアは……不審そうな顔でブレアを見て、何故かいっそう手に力をこめる。


「!?」

「なんですか……? 私から逃げようとでも……?」


 エリノアが反対側の手でガシッとブレアの服の下端を握りしめる。警戒した顔で絶対逃さんと見上げてくる娘にブレアが困惑している。


「いや……逃げようという訳では……しかし……」


 ブレアは彼なりに慌てて、エリノアと繋がれた手の間で視線を行き交わせる。

 恥ずかしいことこの上ないが、正直なところ手を繋げるのは嬉しい。


「…………いいのか……?」


 ブレアが戸惑ったように問うと──途端、エリノアの顔が、うっと怯む。


「ちょ……ちょっと! そういうしおらしい照れた顔するのやめて! ま、まったく……(グレンのくせに)ブレア様(の顔)だから調子が狂う……」

「……」


 エリノアは、はー嫌だ嫌だとぼやきながらも、心臓が騒いでいるのか……片方の手で己の胸を押さえ、額の汗を拭っている。そんな姿を見て、わずかにブレアの表情が綻んだ。

 この後の時間、茶会を開きエリノアをもてなす予定だったブレア。

 エリノアの逃亡劇の理由は、まるきり、きれいさっぱり分からなかったが……ひとまず、共に過ごせることが嬉しかった。

 茶会は無駄になるかもしれないが……


(……まあよい……ソルとご尽力いただいたハリエット王女には申し訳ないが……)


 宮廷裏は緑が美しく整えられていて、人も少なく静かだ。天気もよく、二人の間には緩やかな風が流れている。

 こうして穏やかな時間を共に過ごすのも悪くない。


 ──と、エリノアが王子主催の茶会にメイド服で来ようが、自分に対する口調が少々乱暴でも一向に気にしないブレアが密かにほのぼのしていると──


 そんな彼とは裏腹に、彼の前をハラハラハラハラしながら歩いていた娘が、不意に彼を振り返る。

 おどろおどろしい顔で、娘はブレアに向かって呼び掛けた──


「子猫ちゃん……」


 ……と。


 途端の……青年の表情のこわばりようはすごかった。

 歩いていた二人の足がちょうど、人気のない裏庭にたどり着いた時のことだった。


「……こ………………」


 形良い灰褐色の瞳はギョッと見開かれて……


「……子猫……? …………もしやそれは……私のことか……?」

「あなた以外に誰かいます?」


 真面目な王子の問いに即座に返すエリノア。

 彼女としては、ひとまず人気のない場所に“ブレアなグレン”を連れて来ることに成功したゆえに、ここで一度、演技派愉快犯猫を叱っておかなければと意気込んでいた。


「まったくこの子は……遊ぶのは家でって言ったでしょう? どうして待っていられないの」

「………………」


 手を繋いだまま子供のように叱られたブレアが戸惑っている。ちなみに普段から素行のいいブレアは幼少期からほとんど誰にも叱られたことがない。あるとすれば、王妃にあまりに女性の影がないことを嘆かれるか、オリバーにチクチク嫌味を言われるか、あとはもう少し表情を豊かに出来ないかと心配される程度で。

 しかも幼少期を除けば小さかったことも、愛らしい容姿などでもないブレアが、誰かに“子猫ちゃん”なんて呼ばれたこともあるわけがなかった。


「……子猫……」


 唖然とするブレアをよそに、エリノアは困り果てている。


「困ったわ……どうしたらあなたの(悪巧み)欲求を止められるのかしら……まさか魔の手が宮廷にまで及ぶとは……」

「…………」

「もしかして……愛情不足なの!? いつもつれなくされているから!?」

「…………ぅ……」


 エリノアは「君主ブラッドリーからの」という意味で“ブレアなグレン”に問うたのだが──

 ブレアからすると、まるでエリノアに対する己の堪え性のなさを指摘されているかのような気がした。そんなに自分に会いたかったのかと遠回しに言われているような気がして。気恥ずかしそうなブレアの顔色はだんだんひどいことになって行く。


(……やはり急に呼び出したのは強引すぎたのか……家(王宮)で会うまで待てと……)


 と、エリノアがハッとした顔をする。


「まさか……今回のブレア様の呼び出し状……あれもあなたの仕業だったんじゃないでしょうね!?」

「すまん……私だ……」


 苦悩に満ちた顔のブレアの身体が斜め向く。

 エリノアの口はあんぐりと開けられた。





お読みいただき有難うございます。

ちょっと日があいてしまったので、チェック後次話も投稿します。

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