51 エリノア、熊騎士に連行される。
「お」
「む……」
翌日、宮廷の廊下。
オリバーの顔を見たエリノアが嫌そうな顔をする。
「よう新人。ここにいるってことは……ブレア様の手紙は無事に受け取れたんだな」
オリバーが軽い調子で手を上げると、その場で立ち止まったエリノアは、高い位置にある彼の顔をキッと睨んだ。
「……オリバー様……変な人を家にまで送りこんでこないでください!」
「……なんかものすげー濡れ衣な匂いがぷんぷんするんだが……」
嫌な予感がする、と目を細めたオリバーにエリノアは憤慨している。
「あなたとの戦いは王宮限定でしょう!? 自宅にまで被害を及ばせるのはルール違反ですよ!」
「…………」
残業代請求するぞと怒るエリノアに……オリバーはやっぱり何かあったんだなと悟る。まあ、ソルはあんな男であるからして、普通にことは進まないだろうとは思っていた。
しかし変だなとオリバー。
昨日の生真面目天然たち(ブレアとソル)の様子では、手紙の内容はかなり事務的なものであったと推察されるものの、それは恋文であった筈で……
結局ブレアはエリノアを茶会に誘うことに決めたようであったのだが。
(……それにしては……)
エリノアの様子はとても、王子から恋文を受け取ったという風には見えない。
しかも……エリノアは——いつものメイド服を着ているのだ。
なんでだよ! ——と、心の中で突っこむオリバー。
年頃の娘が異性に二人で会おうと誘われたら、普通は着飾ってくるものじゃねぇのか。
トワイン家は裕福ではないようだが、仮にもエリノアは将軍家の身内になったのだから……相談すれば王子との茶会のために幾らでも衣装の準備ができそうなものではないか。さらに言えば、娘をいたくお気に入りのハリエット王女に相談するという手もある。
そう思ったオリバーは顎に指をかけて問う。
「……お前……ブレア様の手紙受け取ったんだよな……? その変な書記官が持ってきただろ?」
「はあ、受け取りましたけど……ほら」
問われたエリノアは、エプロンのポケットから丁寧に折り畳まれた手紙を取り出す。
「……ちょっと見せてみろ」
「はあ、どうぞ……」
受け取った手紙を恐る恐る開くオリバー。
そんな男の顔に、エリノアは怪訝そうな顔をしている。
「いったいなんなんですか……?」
不審気なエリノアの前で、オリバーは急いでその文字列に目を走らせ——
と、案の定——そこには固い文字が並ぶ。しかも……短い。
「…………エリノア・トワイン殿、第二王子殿下が指定された日時、集合場所は下記の通りですぅ……?」
眉間に縦皺を入れて呆れ顔をするオリバーに、エリノアは、はぁそうですけど……と彼を見上げる。
「手紙っていうか……呼び出し状でしょう? 仕事内容が書かれていないのが不安なんですけど……まあ、場所がサロンだからお茶のお給仕かなって。私宮廷側で仕事したことないけど大丈夫でしょうか……て、あれ? 騎士オリバー?」
「な、何!? これだけか……? いや……っ、まだ他になんかあっただろう!?」
「え? ほ、他?」
その紙には——『ともに過ごしたい』だとか、『会いたい』だとか……およそ恋文らしき文字は一つも書かれてはいない。
無機質に並んだ文字を見て、嘘だろとオリバーが呻く。
昨日あれだけ熱心な聞き取りをしておいて……たったこれだけの内容なんてひどすぎる。いくらソルが恋愛ごとに疎そうであるとしてもこれはおかしい。
必死な顔で手紙とエリノアとを見比べている騎士の様子に……エリノアが一層不審そうである。
と、ああそういえば、と手を打つエリノア。
「そういえば——バークレム書記官が書筒から何か抜いていたような……」
「抜いた!?」
「ええ。なんでも、進捗状況に見合わないから回収するとかなんとか……」
「進捗……?」
オリバーは意味が分からないという顔をしたが——ことの次第はこうだった。
ブレアとエリノアが婚約状態にあるわけではないと己の勘違いを悟ったソル・バークレム。
ブレアから聞き出した言葉を率直に書き並べた文は熱烈で——ソルにより結婚を前提とした文章にまとめられていた。
己の先走りを知ったソルは——
今それを、エリノアに見せることは適切でないという判断を下す。
青年書記官は真面目な顔を暗くして、やや斜め下を見ながらエリノアに言ったのだ。それは思い切り断腸の思いだと言いたげな様子であった……
『……申し訳ありませんお嬢様……どうやらこれは……状況に見合わぬようです』
『はあ……』
哀愁漂う青年の顔に、エリノアが分からんという顔をする。
青年は書筒を握りしめてクッと顔を歪めた。
『もっと調査が必要だった! 私としたことが……苦手分野だと分かっていた筈なのに! 苦手なことほど事前の下調べが肝心であると知っていた筈が……!』
『…………(めっちゃ苦悩してる……)』
思わずエリノアが無言でいると、隣に立っていたリードが『ノア、この人なんか面白いな』と、にっこり笑って……エリノアはそんな彼に……頷いてやることが出来なかった。
『…………そ……そう……?』
街中で人目はばからず呻きたおしている青年を面白がれるなんて。リードはやっぱり心臓強いな……と、エリノア。直前のやりとりのこともあるし、とても面白がれる余裕はなかった——
「…………と、いう感じでした……」
昨日の出来事をオリバーに話してやったエリノア。しかし聞けば面白がって大爆笑するんだろうなぁ……と、思っていた騎士は、微妙な顔で顔面を押さえている。
「…………」
「? ほら、上級侍女に上がったばかりの時は、あなた方武官の方々に試されるようなことをされたじゃないですか。だから……今度はブレア様周辺の文官方から何か殿下の侍女としての資質を問われているのかなと……や、もちろん騎士オリバーからの刺客説を一番信じていますけども」
「…………」
「まあ、そんな訳で……自宅前で大声出されるやら、ひざまずかれるやらで、このご近所迷惑書記官どうしよう……と、思っていた訳なんですけど……」
エリノアは、ふっと微妙そうに笑う。
「次の瞬間にはシュッとした顔で復活なさって。現在の状況ではこの一枚しか渡せませんとか言ってバークレム書記官はお帰りになっていかれました。なんでも……再調査? なさるそうです……もう……何が何やら……」
エリノアが言うと——頭痛を耐えるような顔をしていた騎士オリバーがげっそり笑う。
「……期待を裏切らねぇ出来栄えだな……」
その言葉を聞いたエリノアは、「やっぱり」と言いたげに眉間にシワを寄せる。
「やはりあなたの差し金だったんですか!? 別に呼び出されて宮廷で仕事するのはいいんですけどね……なんでわざわざ書記官様を差し向けるんです! どうせあなたがあの融通の効かなそうなお方を唆したんでしょう! あんな方に調査とか……勘弁してくださいよ!」
「……はぁ?」
あんな真面目そうな書記官に身辺調査されるなんて、世間に対して隠し事の多いエリノアは冗談じゃないと思った。
が、オリバーは不満気な顔をする。
俺じゃねぇしと言いたい騎士は……しかしこの怒れる娘に、ソルを差し向けたのが結果としてブレアであるという事実を言ってしまってもいいのだろうかと悩んだ。
『勝手に夢に見てしまった』とか言って、いちいち思い悩むような男なのだブレアは。オリバーがそれを伝えてしまうと、そこに色々とまたトンチンカンな不和が生まれそうで怖い。
「…………ち、面倒くせー」
「!? な、なんだ!?」
いかにもうんざりだと言いたげな騎士は、舌打ちすると。素早くエリノアの首根っこに手を伸ばしてぶら下げる。
「テメー……もうこのままブレア様の執務室にぶちこんでやる……」
上から恐ろしい顔で睨み下ろされたエリノアが慌てる。
「いや……!? 集合場所は向こうのサロン……多分お茶の準備とか……」
「黙れこのチビ! 朝まで鍵かけて出られなくしてやろうか!」
「!? (朝まで……こき使われる……!?)きゅ、急な残業は家族が心配で……」
「俺はお前とブレア様のほうが心配だよ! メイド服なんか着てきやがって……ひん剥いて婚礼衣装にでも着替えさせてやろうか……!」
「はー!?」※エリノア、キレる。
……結局エリノアは、そのままオリバーに連行されて行ったのだった……
いつまでもいがみ合う二人……




