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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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49 リードの戸惑いと、やって来た問題作


 ――リードが彼女に想いを打ち明けて以降、エリノアはずっと彼にぎこちなかった。

 

 毎日朝夕、エリノアはモンタークの店の前を通って通勤をしている。

 以前はその時、病弱な弟のために店によっていくのが彼女の習慣で……


 しかし――今ではブラッドリーの体調もすっかりよくなった。

 それはリードにとっても喜ばしいことだが――必然的に、エリノアが店に顔を出す回数はぐんと減ってしまった……


 だから彼は現在、できるだけ毎日その時間店の前に出て仕事をするようにしている。

 ――少しだけでも顔を見たかった。



 ……ところがだ。

 そうして彼が見つめるエリノアは、ここのところどうにも様子がおかしい。

 もちろん、リードが告白した件も少しは原因なのだろうが……

 最近彼女は、町を歩く時、どこか妙にビクビクしているのだ。

 不安そうな眉、キョロキョロする瞳、強張った肩、そろりそろりと歩く足……

 それはまるで、警戒するお尋ね者のようで……

 そうして歩いて来たエリノアは、モンターク商店の前でリードを見つけると、ハッとしたように一気に顔を赤くする。おろおろしはじめる。

 それでリードは、ああ、今、俺に告白されたことを思い出したんだな……と手に取るように分かるのだが……

 そんなエリノアの挙動を見たリードは思った訳だ。


 ……ノア……なんかやらかしたのかな……


 まさか本当にお尋ね者になったわけではないだろうが……心配でとてもハラハラした。いったいエリノアは何をあんなにおびえているのだろう。

 告白の返事も気になったが、まずはその、エリノアの顔を暗くさせる原因について知りたかった。

 ――多分あの調子じゃ、返事も催促しないほうが賢明だろうなとリード。

 黙って待つ時間は切ない。……が、甘くもある。

 現在、エリノアは彼の顔を見て顔を赤らめてくれる。

 以前は兄のように接して来て、平気でじゃれついて来たが……今はそれもない。

 それは寂しくもあるが……長い長い片思い期間を経ただけに、エリノアが自分の気持ちを知っていてくれて異性として意識されている。それだけでもリードは嬉しかった。



 が……――しかし……そんなリードに、押し売るような、声がする。


「――さ! お兄さん! 私と遊ぼう! 何がいい!?」

「な…………何がいいって……」


 ぐいぐい来られたリードは言葉をなくす。

 可愛いヴォルフガングと楽しく遊んでいたはずが――なぜかエリノアに遊びを強要されることに……

 なにやらギラギラ目の娘は……リードの腕をがっしりつかみ、恥じらいとは程遠い表情で彼を見つめてくる。

 それを見ているとふと不安がよぎる――


(あれ……ノア、俺を意識してくれてない……? もしかして兄貴に逆戻り……)


 リードは戸惑った。まるで……以前のような自分に――告白する以前、長らく兄貴分ポジションでジリジリしていた自分に戻ってしてしまったかのようで……

 するとドッと恥ずかしくなった。ぴったり触れあった腕のあたりがこそばゆくて仕方ない。心臓はドキドキした。

 こんな状態で突然『何がいい』かと聞かれても……


(え? 俺……エリノアと何すんの? ボール遊び……するのか?)


 そりゃあ、エリノアと過ごせるのは嬉しいが……ヴォルフガングとしていたことをエリノアとする……と、いうのはなんとなく違う気がする。


(……どうせだったらもっと別の――)


 どこかに二人で出掛けるとか、ゆっくり話すとか——あれ? それは“遊び”なのか――好きな人との遊びとは……

 と、考えたリードは――


「ぅ……やばい……」


 このままではなんだか自分がふとどきなことを考えてしまいそうで。

 頭が煮詰まってしまったリードは、全身に流れる汗を感じながら、エリノアから逃げるように視線を外した。


「ん? どうしたのリード」


 突然呻いて下を向いた青年にエリノアが問う。


「いや……ちょ、ちょっと待ってくれるかエリノア……」


 リードは真っ赤な顔ですっかりうつむいてしまって……



 ――それを見たエリノアの目がピカリと光る。


(! なんか分かんないけど――……チャンスだわ!)


 リードの意識がヴォルフガングから逸れたのを察したエリノア。

 いざヴォルフガングを帰宅させんと、気取られぬよう、そっと白犬の様子を窺って――……ギョッとした。


「っ!?」


 そこでは、たった今の今まで興奮状態で暴れ回って(エリノアのお尻に頭突きして)いたヴォルフガングが……

 いつの間にかぐったり地面に寝そべっていた。

 ゼイゼイ上下する白い身体にエリノアが青くなる。


(ひ! ヴォルフ――)


 そう、エリノアが駆け寄ろうとした――瞬間のことだった。

 ふっと辺りを支配した不穏な空気にエリノアが身を凍らせる。


 ……それはまるで怪奇現象のようだった……

 横たわる白犬の向こう――エリノア宅の影から、何か……おどろおどろしい気配をまとったものが……ヌッと――こちらに向かって伸びていた。

 それは……鋭利に整えられた爪のついた――異様に長い――……太ましい腕。

 暗闇から伸びて来たようなその異形の腕は……そこでぐったりしている白犬をガツ……ッと、ひったくるように掴むと……そのまま……ずるっ……ずるっ……と……家の角の向こうに引きずりこんで…………


「………………」


 その尋常でない光景を目の当たりにしたエリノアはゾッとして……寸の間、身体がこわばって心臓もばくばくしたが――


 ――恐怖は一瞬で去って行った。エリノアは冷や汗をかきながらも、ほっと胸をなで下ろす。

 絵面は強烈に怖かったが――異形の腕をギラギラと飾っていた装飾品で、それがコーネリアグレースの腕だと分かった……

 きっと、婦人は適切に彼を労ってくれるだろう。……多分。


「よ、よかった……」


 エリノアが安堵の息を吐く。

 その深い実感のこもった声に、隣でうつむいていたリードが「……え?」と、悩ましげな顔を上げる。


「どうか……したのか?」

「え? う、ううんなんでも……あ! ほらリード、何するか決まった!?」


 無事(?)ヴォルフガングが家に戻されたことが嬉しかったエリノアは、満面の笑みでリードを覗きこむ。

 ボールでもなんでも投げますよ! と、笑ったエリノアに――リードが息を吞む。

 その微笑みには……はからずも、身を挺してくれたヴォルフガングと、いつもナイスなフォローをしてくれる婦人への感謝があふれきっていた。

 なぜか突然、輝かんばかりに愛情深い笑顔を向けられたリードは——訳も分からぬ恍惚に胸を刺され――と……同時に死ぬほど恥ずかしかった。


「………………ご、ごめんノア……手、放して……」

「え? あ、ごめん……」


 言われて、そういえばずっとリードと腕を組んでいたのだと思い出したエリノア。

 腕をつかんでいた手を緩めると、リードがすぐさま慌てた様子でさっと腕を抜いていった。


「え……」


 その……これまでにないリードのよそよそしい態度にエリノアがキョトンとしている。

 リードはそのままなぜか顔を背けてしまった。


「……リード?」

「……や、エリノア……顔、やばいから……」

「え……? 私……変な顔してた? ご、ごめん……」


 後ろめたいことが多すぎて顔から邪なものでも出ていただろうかとエリノアがしゅんとする。と、リードがしまったという顔をした。


「いや、そういう意味じゃ――」


 と、リードが慌てて何かを弁解しようとした――時。



「――っどういうことですか!?」

「っ!?」


 ――突然、ピシャリと打つような声が飛んできた。

 エリノアは驚いて、思わずビクッと肩を竦める。


「え……な、何……?」

「……なんだ……?」


 リードも怪訝そうに瞬きをして。二人は並んで声の主を探して振り返った。

 すると――


 そこには、厳しい顔をした青年が一人。

 王宮文官の制服をまとい、少し青みがかった灰色の髪を後ろに撫でつけるように流している。顔にはメガネをかけていた。その奥にのぞく色素の薄い水色の瞳は、冷たくエリノアとリードを睨んでいる。


「…………ノア、知り合いか?」

「う、ううん……」


 不思議そうなリードにエリノアは首を振る。

 しかし青年は明らかにエリノアとリードのことを見ていた。

 彼は恐ろしく冷たい瞳でエリノアを刺すと――ツカツカと、戸惑う二人に向かって歩みよって来る。


「!? !?」


 ギラリと光るような視線が怖くてエリノアがたじろぐと、リードがエリノアを庇うように前に立った。

 と――青年は、怒気をはらんだ言葉を叩きつけてくる。


「あなたには……ブレア様の婚約者としての自覚はあるのか!?」


「!?」

「え!?」


 エリノアが唖然と口を開ける。リードが驚いた顔でエリノアを振り返った。

 しかし……噛みつくように言われた言葉に、一瞬息を忘れかけたエリノアは――次の瞬間、青年の発言を切るようにひっくり返す。


「な――……ないですけどっっ!?」

「!? ……な、なんですって……!?」


 間髪入れず、ガーンッ! ……と、目を瞠った青年。その驚愕に、エリノアのほうでもさらにギョッとしてしまう。

 エリノアは、身構えた。


「な――なんです!? なんですその唐突で微妙に恐れ多い言いがかりは……!? あ、あなた誰ですか!? いいいいいったい……!?」


 エリノアはリードの背の後ろから飛び出ると、青年の前に立って……いつものように、決して頼りにはできそうもないファイティングポーズで青年を威嚇した。うろたえた娘は今にも、現れたオールバックの青年に飛びかかっていきそうで。リードが慌ててエリノアの肩を抱いてなだめている。


 ――そんな寄り添う二人を……厳しく観察するような目で見ていた青年は――青年は――……青年も……

 実は混乱していた。


(……ど……どういうことだ……!? 彼女は……ブレア様の想い人のはずでは……? 私は何か……間違ったのか……!? 黒髪、緑の目、小柄……ブレア様から聞いた将軍の養女殿の特徴と一致するが……????)


 真面目な青年は……真面目な顔のまま、ジリっとエリノアを凝視して困惑している。(凝視されているエリノアも目をグルグルさせている)


 青年の名は――ソル・バークレム。

 彼の手には、彼の力作――オリバーの言うところの問題作――……エリノアに対する、ブレアの想いを彼が事務的にまとめた書状がしっかりと携えられていた……









お読みいただき感謝です。


…さ、問題児とエリノアのファーストコンタクトです。

婦人は相変わらずいい仕事をしてくれます。もはや彼女なしではこの話は成り立ちませんね。

ありがとう、コーネリアグレース。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「想い人=婚約者」という短絡的図式がね… なるほど、行動力のある残念さんか、この人。
[良い点] 本当に、コーネリアグレースさんは有能ですね。 [気になる点] リードの幸せ成就は、まだ遠そうですね。 [一言] 続きを楽しみにしています。
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