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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
一章 見習い侍女編
13/365

13 鐘の音

「ブラッド!! やめて!!」


 悲鳴を上げて、冷酷な顔で獣たちを見つめている弟の腕を取ると、暗い双眸がこちらを向いて。エリノアはその奥に覗く闇の色に、堪らず弟の腕をつかむ手にぎゅっと力をこめた。


「ブラッド……」

「……姉さん良いんだよ。こいつらは僕の怒りのせいで魔界から引きよせられた魔物なんだ……そうだよね?」


 エリノアに優しい声音で言ってから……、ブラッドリーは獣人たちに冷たい目を向ける。


「魔、物……?」


 耳慣れない言葉に戸惑うエリノアの前で、獣人たちはこうべを垂れたまま、揃えた右手を胸の前に添えて答える。


「はい、再び見えたこと光栄の至りに存じます」

「我らは下僕。生かすも殺すもご意思のままに」


 迷いのない返答に、エリノアが絶句してあんぐりと口を開けた。

 再び? 下僕? そして魔物。理解できない言葉の連続に頭がついていかない。何を言っているんだこの強盗たちはとエリノアは、どちらに視線をやればいいのかにも戸惑う始末だ。

 だが、その物騒な答えにもブラッドリーは平然と返す。


「姉さんを怖がらせるものは僕には必要ない。我が意思に反するならば今すぐ殺す」


 その台詞に、エリノアの弟と獣たちの間をオロオロうろちょろしていた視線が──びたっと止まる。


「…………」


 エリノアは顔をしかめて、ブラッドリーの発した言葉の意味するところに身震いし──拳を強く握った。

 ──ダンッと、エリノアの足が床を踏みつける。

 

「お、だっまり! ブラッド!!」


 ──次の瞬間、ばっちーんっ!! と……歯切れの良い音が響いて。エリノアの平手打ちが弟の頬に飛んでいた。


「「っ!?」」

「…………」


 白黒の獣人たちが呆然として顔を上げる。ブラッドリーはキョトンとしていた。

 エリノアは、ハッと己の手を凝視している。


「あぁ!? ブラッドを叩いちゃったっ!? いや、いやいや……なんてことを……姉さんあんたをそんなふうに育てた覚えはありません!! 命を軽んじること許すまじ!」

「姉さん……」


 憤慨するエリノアの前で、ブラッドリーに魔物と呼ばれた獣たちは慌ててブラッドリーの傍に駆けよっていく。


「陛下! 大丈夫ですか!?」

「貴様……!」


 白い方がエリノアの襟首をつかみ上げる。


「ほぉああ!? 高い高い高い!!」

「貴様死にたいのか!? 今すぐ這い蹲って許しを乞え!!」

「嫌だ! 私は絶対に謝らない!! これは家庭の問題です、強盗さんは口出し無用!! 降ろせシロクマ犬め!! 暴れるな! 毛が散ったらブラッドの咳が出ちゃう!! あ、あ、毛がっ!? あ!! 黒いの! ブラッドに近付かないでよ!!」

「なんだとこいつっ!! べらべらと……」

「……やめろ」


 そこへ、ブラッドリーの静かな声が掛けられる。

 声は低かったが、先ほどのような険のある響きではなかった。


「姉さんを離せ」

「…………は」


 白い魔物は渋々エリノアを下におろす。

 エリノアが床に立ち、ブラッドリーに視線をやると、弟は少し肩を落としてエリノアを見ていた。

 エリノアはブラッドの寝台の傍に膝をつき、その青白い頬を見上げて手を添える。


「……大丈夫? 痛かった?」

「……ううん。ごめん、姉さん……」

「ブラッド……」

「本当にごめん、僕おかしいんだ……今日の昼、時計塔の音が聞こえた時から……」

「時計塔の……鐘の音……?」


 ブラッドリーの言葉を聞いて、エリノアは何か引っかかりを覚える。

 確か、自分も今日、時計塔の音がいやに印象に残った出来事がなかったか。


「あ……」


 思い当たったエリノアはハッとして息を吞む。


 ──聖剣を、抜いた時だ……

 

 そう悟った瞬間、エリノアの心臓が冷たくひえる。

 確か、あの瞬間、遠くから鐘の鳴り響く音が聞こえた。

 カラー……ン、カラーン……と、遠い音のはずなのに、いやにそれが鮮明に思えたのは、同時に、翻る白刃の煌きを目にしていたせいで──

 では、まさか、と、エリノアの胸を嫌な予感が過ぎっていく。

 エリノアは喘ぐように息をしながらも──動揺を押し殺し、目の前で苦悩するような表情で俯いたままの弟の手に己の手を重ねる。


「……ブラッド、それで……時計塔の音がした時から、どうしたの?」


 問いかけると、ブラッドリーが弱々しく答える。


「あの時、僕、ふっと……本当にふっと思い出したんだ。自分が、誰だったのか、どういう存在だったのか……記憶の中に知らないはずの記憶が混ざりこんで来て……どんどん残酷な気分になって行く……今だってそうだ、あんな魔物なんて死のうが生きようがどうでもいい」

「……」


 言い捨てながらも、ブラッドリーの瞳はそんな己の言葉に怯えているかのようだった。

 エリノアはひとまず無言で立ち上がると、ブラッドリーの寝台の端に腰を下ろして弟の背を撫でた。

 疑問は多々ある。けれども、彼の姉であるエリノアにとっては、今、目の前で青い顔をしている弟をどうにかする方が先決だった。

 細い背を撫でると、長年の病床生活で痩せた身体が手のひらに感じられた。


「……あのね、ブラッド……姉さん、あなたが生まれつき体が弱くて、何度も生死の境を彷徨うようなことがあったから……毎晩女神様と父さん母さんに欠かさずお祈りしてる。どうか、ブラッドが健康になりますように、命をさらって行かないで欲しいって……」


 だから、とエリノアは、片手をまわしてブラッドリーの肩を抱き、緑色の瞳を真っ直ぐに見た。


「あんたが何者でも私はいい……でも、ブラッドが命を軽んじるようなことを言うのは嫌だ。勝手に祈っといて、押し付けるみたいでごめん。でも、やっぱり……」


 嫌なのだ、とエリノアが表情を陰らせる。

 自分の祈りなど、どれだけの力になったかは分からない。それよりもやっぱり目に見える力で、働いて、看病し続けてきたことの方が重要で、それが弟を生かしてきたのかもしれない。

 けど、とエリノアは思う。

 祈ったってそりゃ、別に奇跡が起きる訳じゃない。

 ただ……身よりが他にない身で、弟の看病という放り出すことのできない使命を抱えたエリノアには、女神や両親に、祈りという形で語りかけ続けることがどうしても必要だった。

 弟の看病方法で迷った時、『女神様どうしたらいいでしょうかと』答えを求め、『父さん、母さんどうしたらいいの』と苦悩を打ち明けた。心の支えだったのだ。


 ──姉のそんな気持ちが分かったのか──ブラッドリーの肩からふっと力が抜けた。

 瞳が柔らかな色を取り戻し、エリノアを見る。

 

 ブラッドリーは、己の背を撫でる姉の手のひらの感触に、目を閉じた。

 心の中は真っ暗だった。呪わしい気持ちや、怒り、冷酷な感情に満たされて。

 誰か自分でない者が、長年溜めて来たような暗い感情の急激な流入は、ひどくブラッドリーの心を汚染していた。

 世を憎み、女神を怨み、人を虫けら同然に思うような……


 でも……そんな中で──

 姉へ向ける愛情だけが、温もりを持ってそこに存在している。

 凍える心と冷えた身体に、姉が撫でてくれる背と……叩かれた頬だけが熱い。


「…………」


 ブラッドリーは瞳を開き、姉を見る。

 少し間が抜けていて、騒がしい、己の優しい“姉”。

 今、彼の人間性は、この姉によってのみ繋ぎとめられているような気がした。


 ──ブラッドリーは──失いたくないと、強く思った。姉も、姉と同じ場所で生きる為の人らしい価値観も。

 己の命を大切にしてくれた人の前で、それを軽んじるなんて、してはならなかった。


「ブラッド?」

「……」


 心配そうな姉の額に、ブラッドリーは己の額をよせる。

 

「……ごめんなさい」


 ──いつの間にか、部屋の闇は晴れていた。





お読み頂きありがとうございます。


ブラッドリーパートはこれで終わり。次ぎはシロクロターンです(*´∀`)



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