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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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43 …窮地?


 ギシッと床が鳴る音がした。

 思わず後退った男のかかとが背後の扉にあたる。

 彼が自身で開いてそのままだった筈の扉はいつの間にか閉じていて。その手触りも高級感のある艶やかなものから、自然な木の質感に変わっているが……

 ブレアには、そんなものに気がつく余裕はまったくなかった。


「……!?」


 驚きすぎて言葉も出ない。

 ほんの一、二歩進めば手の届く場所には、簡素な寝台と布団。

 その主らしき者は布団に包まれていて、ブレアとは反対側に顔を向けてすやすや寝息を立てている。

 

「……………」


 ブレアは強張ったままの顔で、その――緩やかに上下する布団の動きを食い入るように見て――

 数秒の間、それがそれ以上は動かずに、確かに寝入っているのだと察すると、やっと彼は最初の衝撃からなんとか立ち直る。

 しかしいまだ心臓は早鐘を打っている。

 室内に香る優しい香りには覚えがあった。まさかと思うと耳元にまで鼓動が響くようでうるさかった。

 状況を探ろうと、月明かりの中を灰褐色の瞳が素早く左右に動く。

 見えるのは見慣れない部屋。明らかに、仮眠室前の廊下でも、宮廷や王宮の中でもなさそうだ。

 背後の扉に張り付くようにして、ブレアは困惑をやっと声にした。


「これは……いったい……」


 たった今まで己の執務室にいた筈の彼には、自分に何が起こったのかがまったく理解できなかった。


(……いや……)


 考えられるとすれば、転送魔法だろうかとブレア。

 自分は何者かの術中に嵌められたのか。あり得なくはない。立場上、政敵からはいつでも狙われていると言っていい。

 ――しかし、と、ブレアの顔に苦悩が浮かぶ。


(なぜ……ここなんだ……!?)


 奥歯を強く噛んで心の中で叫んだ。

 額には汗がにじんでいる。


 ――と、不意に、寝台のうえのふくらみがモゾモゾと動く。


「……ぅ……ん……」

「っ!?」


 コロリ、と寝返りを打ち、こちら側へ顔を向けた黒髪の持ち主に――ブレアがギョッとする。

 分かっていたが——それでも動揺してしまった……

 その穏やかな顔はやはり――


(エリノア……トワイン……)


 瞳も口も閉じられて。身体の上下に合わせてすやすやと微かな音がする。

 白く柔らかそうな枕にまるみを帯びた頰を乗せて……


 ……それを目撃した瞬間、ブレアの頭の中は真っ白になった。

 入り乱れていた疑問と動揺と動悸で、もう訳が分からなくなったと言ってもいい。

 強張った顔は青いのか赤いのかもうよく分からない顔色をしている。

 男はそのまま数分を、身動ぎもせずに無言で身体を硬直させていた、が……ハッとした。


 このままここで立ち尽くしているわけにもいかない。

 何故ここ――つまり、エリノアの家の、しかも寝室へ来てしまったのかは分からなかったが……いつまでもこんな深夜に、うら若い娘の寝室になどいるわけにはいかない。

 ブレアは部屋を出なければと扉のほうを見て……ふと思いとどまる。


(……いや、しかし……入っておいて、無断で出ていくというのは如何なものか……)


 故意にではないにせよだ。侵入しておいて、そのまま断りもなしに出ていくのはどうなのか。

 ブレアは真剣な顔で思い悩む。もとよりこの生真面目な王子の頭には、この事態をエリノア本人に黙っておくという頭はない。

 だが、夜が開けて、エリノアが王宮に出勤してから「お前の寝室に侵入したぞ」などと打ち明けても……きっと娘には意味が分からないし、気味が悪いに違いなかった。そのギョッと怪訝な顔が目に浮かぶようだと思ったブレアは、難しい顔で眠っている娘を見下ろした。


(…………ここはやはり、エリノアを起こして一言事情を話しておくべきか……)


 そうすればきっと娘は驚くだろうし、下手をすれば家人も起きだして来て騒ぎになるかもしれないが……


「…………」


 悩んだ挙句、結局ブレアはエリノアを起こす決断をした。

 おそらく彼女はこんな状況でも、きっと自分の弁明をきちんと聞いてくれるはずだと信じた。


 そうして彼は――

 こんなに肝が冷える思いはしたことがないと思いつつ――床に膝をつき、エリノアの寝台の脇に身をかがめ、身娘の耳のそばに口を寄せる。


「……すまない……エリノア、起きてくれないか……」


 できるだけ驚かせないよう静かに……そして、できるだけ寝姿を見てしまわないように目を逸らせながら声をかけるブレアだったが……安らかな眠りに沈んだ娘はうんともすんとも言わない。


「…………」


 ブレアは困って少しだけエリノアの様子を窺った。

 ……いつの間にか口がぽかんと開いていた。


(……ぅ……)


 しどけなく開けられた薔薇色の唇にブレアが怯む。

 ……正直、あまり直視していては目に毒なのだ。

 安心しきった顔ですやすや眠っている頰など可愛らしくてしょうがない。

 触れたらどれだけ柔らかいのだろう……と、ついぼんやり思ってしまって己に呻く。ブレアは生まれて初めて自分に、おい変な想像するのはやめろと激しく突っこんだ。


(………………どうしたらいいんだ……)


 それからなんとか数回呼びかけてみるも、エリノアはみじんも目を覚ます気配が無かった。ブレアは途方に暮れる。

 これが相手がもし別の者であったら……きっと何もかも冷静にできるのだ。

 起こしたいなら、手っ取り早く身体でも揺り動かしてしまえばいいだけのこと。そうしてさっさと事情を説明して、さっさとこの場を去ればいい。が……


(………………無理だ……)


 思わず壁に手をついてうなだれる。

 瞳が開いている時ですら、エリノアに触れる事ができない彼にとって、無防備に、しかも寝巻き姿のエリノアに触るというのは、気が遠くなるほどに難しい事柄で……

 そうせねばと思うだけで、まるで全身が心臓になってしまったかのような動悸を感じた。こんなに心身に負担がかかる思いをしたのはいつぶりだろうか。

 ブレアは思った。

 ここに自分を放り出し、こんな事をしでかした者が何者かは知らないが……もしこれがブレアに対する攻撃だとしたら、その者はかなり的確にブレアに打撃を与えている。

 ――しかし、そうだとすれば、その者はなんという陰湿な輩なのだろうか……


(…………いっそ、これが夢ならば……)


 と、思ったところでブレアは顔を上げる。


(……いや、逃避をしている場合ではない……なんとか彼女を起こさなければ……)


 このままではエリノアが自然と目を覚ますまでここで待つことになってしまう。

 それはそれで生殺しの生き地獄だ。

 ブレアは断腸の思いで(やっと)エリノアを揺り起こす決意をした。苦悩しすぎの顔は、見たら子供が泣き叫びそうな世にも恐ろしい形相をしている……

 彼は深呼吸をすると、エリノアの寝台の傍に立ち、ゆっくりと布団に包まれた肩に手を――……


「……ほぁ?」

「!」


 ――ブレアの指が触れるか触れないかという時だった。

 不意に、エリノアの瞼が持ち上がる。


「……あぇ……? ウレアさぁ?」

「……!」


 とろんと定まらない瞳で見上げられたブレアが、うっと仰け反って後退る……




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