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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
一章 見習い侍女編
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12 勇者、完全になめられる


 目の前で起きていることが、少しも理解できなかった。


 家は確かに扉の鍵を閉めたはずだし、ブラッドリーの寝室の扉も開いた気配はなかった。

 不審な音も何もしなかったというのに──その獣たちはまるで最初からそこに存在していたかのように、じっと弟に向けて跪いている。

 いったい、この二人──だか二匹だかは、どうやってこの部屋に音も立てずに侵入して来たのだろう。

 その不可思議さにエリノアが身を竦ませている間も、獣たちは一心にブラッドリーを見つめている。エリノアなど欠片も眼中にないらしい。

 エリノアは呆然と獣たちを眺めた。

 白いほうは狼のような顔をしているが、とにかく顔が怖い。跪いても尚その身体は大きく、おそらく、立ち上がれば見上げるほどに大きいのだろう。さほど広くはないこの部屋の中ではとても窮屈そうに見えた。

 もう一方は、黒い豹のような顔をしていた。

 エリノアが唖然としながら見ていると、それに気がついた黒い獣が青い瞳を細めてにたりと笑った。


「っ!?」


 途端、危険を感じたエリノアの動悸が急激に高まった。

 次の瞬間、彼女は堪らずブラッドリーのいる寝台の前に飛び出していた。

 身を投げ出すように両手を挙げて彼らと弟との間に身を滑りこませると、その両腕を広げ、威嚇するように怒鳴る。


「ちょっと!? おおお宅様たち、どっから入ったの!? う、うちの子になんの用ですか!?」

「姉さん……」


 一応言葉は通じるようだとあたりをつけたエリノアは、震える歯で舌を噛みそうになりながら、その未知なる獣人たちに立ち向かった。

 恐怖に揺れる瞳で侵入者たちを睨むと──白い獣人が床に膝をついたまま眉間のシワを深め、唸る。低い唸り声は、身体の芯まで響くようだ。


「……おい、女、我らが王の前に立つな」

「は、はぁああああ!? 何が“我らが”だ、これ、私の弟ですけど!?」


 エリノアは足がガタガタ震えたが精一杯虚勢を張ってみる。真っ青な顔で拳を構え、果敢に戦闘態勢をとった。


「近よらないで! ブラッドに喘息が出たらどうしてくれるの!?」


 ブラッドリーは子供の頃、動物の毛にも弱かった。動物に触ったりその毛などを吸いこむと、途端に咳が止まらなくなる。苦しそうな小さな背の哀れさを、エリノアは今でも忘れることができない。

 医者は成長していくにつれて症状も落ち着いていくだろう、とは言っていたが……エリノアは、病弱なブラッドリーが体調を崩すかもしれないと分かっていて、動物を彼に近づける気にはなれなかった。

 だからエリノアは、ブラッドリーの面倒をみるようになってからというもの、彼に動物を近づけたことはなく──今、彼の喘息が治っているのかもよく分からなかった。ゆえに、これ以上この獣人たちをブラッドリーの傍には近づけたくはないのだ。


 が……


「「…………」」


 エリノアの必死の拳を見た獣人たちは無言だ。その下で──……


(…………構えがまるでなってない……)※シロ。若干イラっとしてる。

(弱そう)※クロ。


 ──などと……思われているなどとは、必死なエリノアは露ほどにも思っていない。


「!? な、なんなの、その生暖かい目は……これでも塵取りの扱いは王宮侍女一だって侍女頭様にもお褒めいただいたことがあるんだからね!!」

「……姉さん、落ち着いて……」


 些か混乱気味のエリノアに、彼女の背に庇われていたブラッドリーがその腕を引く。が、エリノアはその手に己の手を重ね、若干涙目をぐるぐるさせながら言った。


「ブ、ブラッド、平気だからね! 今すぐ姉さんが追い払ってあげるから!」

「…………」


 姉の必死さにブラッドリーは思わず心の中で苦笑した。怖がらせて申し訳ない、だが、己の為に必死になってくれる姉の存在が嬉しくて愛おしい。ブラッドリーの瞳はこの上なく優しくなって、それを見た獣たちがやや驚いたような表情を覗かせる。ブラッドリーの手がエリノアの黒髪を撫でた。


「大丈夫だよ……姉さんの心配するようなことは何もないから……」

「ぇえぇ?」


 落ち着き払った弟の姿にエリノアが声を裏返している。

 この奇怪な侵入者を前に、どこのどこら辺が大丈夫だと言えるのだろうか。まさに強盗される5秒前、ではないか、と。

 

 しかし……エリノアが怪訝そうにする前で、落ち着き払ったブラッドリーの視線は姉から離れると──途端に仄暗く尖り、その鋭さにエリノアは続けようとした言葉を吞みこんだ。

 場にはぴりぴりとした緊張感が走り、獣たちがはっとした。彼らは上げていた視線を床に戻し、身を正す。

 と、跪いた白と黒の獣に、ブラッドリーはエリノアが聞いたこともない様な低い声で言葉を掛ける。


「……お前たち、僕の大事なエリノア姉さんに何かしたら、消えてもらうよ……」


 ゾッとするような弟の声にエリノアは唖然とした。知らず──いつの間にか肌が粟立っている。

 それは……言いようのない怖れを身の内から鷲づかみで引きずり出されるような……そんな感覚を聞く者たちに与えた。

 あ! と、エリノアは息を吞む。気がつくと、辺りが再び深く闇に閉ざされている。

 暗がりの中、己たちと、獣人たちの姿だけが何故かそこにぽっかりと浮かんで見えた。


「ぇ」


 エリノアの口から短い音が洩れる。

 瞠った瞳に映るのは、自分たちを包む闇そのものが、ゆっくりとうねっている様子だ。

 闇は煙のように淡い帯となり、獣たちの首に纏わりついていく。

 夜闇とは違う、どす黒く塗りつぶしたような漆黒が、まるで這うように。見えない何かがゆっくりと不気味な指を伸ばしていくように、獣たちの毛並みの上を進んで行く。恐ろしい光景だった。

 しかし、黒煙に襲われる獣たちは傅いたままピクリとも動かず、声をも上げない。

 ──けれども、その従順に裁きに従うような表情も、次第に……次第に苦しげに歪んでいく。

 それを見つめる弟の顔が……見たこともないほどに冷たくて──エリノアは──……

 堪らずその腕に取り縋った。


「──ブラッドッ!!」





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