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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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36 失敗! 異臭放つ洗濯物、騎士の目論見。

 ――その頃。


 己の居所に戻ったブレアは再び気落ちした様子で立っていた。


「…………」


 彼が見回して落胆しているのは、ブレアの居住区内にある使用人たちの作業場だ。

 中には備品類を置いた棚のほか、大きな作業用のテーブルと、休憩用に使われる小さなテーブルと椅子などが置いてある。


 中には、誰の姿もない……


 そんな彼の私室付きの使用人たちは、全員帰って来た主人を出迎えに出て、既に彼の背後に立っていた。皆、しまったなという顔でお互い顔を見交わしている。

 なぜならば……皆、主人がどうしてその部屋を覗きに来たのか、どうしてその肩がしょんぼり無言で落とされているのかを知っている。

 ……のだが……

 さらに今日はおかしな事に……ブレアの隣で、もう一人の男、騎士オリバーが顔面を押さえうなだれている。


「…………すみません……ブレア様……」

「……オリバー?」


 なぜか己以上に落胆した様子を見せる騎士に、ブレアが不思議そうな顔をしている。

 しかし、騎士のこの落胆には理由があった。


 ――この日の午前中。大量の洗濯物をエリノアに押し付けた騎士オリバー。

 洗濯物を清潔な状態に戻すには、まず洗濯をこなし、さらに繕い物をしなくてはならない。

 しかもあの量である。絶対に、今日の彼女の居場所は、侍女たちの作業場(ここ)か洗濯場に限定されるはずだとオリバーは思っていたのだ。

 そうして彼女の居場所を特定できるようにしておけば――きっとブレアが仕事の合間を見て娘に会いに戻った時も、確実に二人を引き合わせられるものだと……


 思っていたのだが。


「……」


 ……しかし残念ながら……ここに来る前にそれとなくブレアを立ち寄らせた洗濯場にも、この作業場にもエリノアはいなかった。

 いや、自分が渡した洗濯物は確かに洗濯場に干されていた。……が、オリバーが王子に合わせてやりたかった娘はいなかったのだ。

 オリバーはこげ茶の髪をかきむしって唸る。


「あ、いつ……!」


 あれだけ大量の洗濯物をかき集めてまで仕込んだというのに何故いない!?

 青年が隣を見ると、ブレアは長いため息をついている。その静かな音に、いたたまれないオリバーは、ブレアから素早く離れると、そこでおろおろ主を見守っていた侍女たちに小声で尋ねる。


「おい! なんであいつまたいないんだよ!? どこいった!?」


 せっかくやっとのことでブレアを執務机から引き離したのに! とオリバーが嘆くと、そこにいた年配侍女たちは困ったような顔をする。


「さぁ……私たちもちょっと……途中までは王宮の庭でセレナと一緒だったと思うんだけどねぇ」


 ――と、そこへ。

 ガハハと豪快な笑い声を立てながら、トマス・ケルルとザック・ウィリアムズ、そしてセレナが帰って来た。


「いやーすべて回収できてよかったなご婦人よ」

「あらあらご親切にー」

「お? オリバー……に……やや!? ブレア様もおられるではありませんか!?」

「ブレア様お戻りでしたかー!」

「トマス……ザック……お前たち……」


 呑気に帰って来て、ブレアを見た途端パッと嬉しそうな顔で駆け寄ろうとする騎士二人を……オリバーはガシッとっ捕まえる。突然首の後ろを握られた二人は、キョトンとした顔でオリバーを見る。その野太い腕にはブレアのものらしき衣類が抱えられていた。


「おい! 新人娘はどこいった!? お前たち……見とけっていっただろ!?」


 オリバーの言葉に顔を見合わせる二人。


「……おお、そういえば……ブレア様のお洋服に目が眩んですっかり忘れていたな……」

「仕方ないだろ、ブレア様のお召し物だぞ?」

「……」


 オリバーは、呑気にも真剣な顔の二人に頭を抱えてうめいている。

 その背に、ヒゲの騎士トマスがぽんっと手を乗せる。 


「そう落ち込むなオリバー」

「大丈夫だ、誰かいたよなぁ? ……ん? あれは誰だった?」

「えー……と?」


 ああでもないこうでもないと言い合う二人にオリバーが顔を上げる。


「誰か? 他の仲間と交代したのか……?」


 いったい誰にと問うオリバーに、二人は首を傾げる。


「? あいつ……隊服着てたけど、うちの騎士じゃなかったんだっけ?」

「……そういえば最初は見たことない服だったような……もう一人の男も……あれ?」

「あ、違う、違うぞ、侍女が新人娘を拉致(?)しに来た時は、男は一人だった」

「ん? そうだったか……?」


 覚えてねーなぁとザック。


「おい……かけらも話が見えねぇ! どういうことだ!」


 らちのあかない二人の会話に苛々とオリバーが割って入る。問いただすと……洗濯場でエリノアのそばに見慣れない男が二人いたと言う。


「男……?」


 オリバーが顔を怪訝にしかめると、トマスが顎ヒゲに手をやりながら首を捻る。


「いい筋肉したヤツと……あれ? 俺、筋肉しか覚えてねーわ。もう一人はどんなヤツだった?」

「キラキラした……男? あれ? 女だったっけ?」

「うーん……」

「…………はー……」


 どうやら、それしか記憶に留めていないらしい二人に、オリバーが呆れかえっている。


「いや、俺たちも新人娘が『洗濯物くらい干せなければお嬢ちゃまにいずれ幻滅される』とか言って脅かすもんだから必死でさ……」

「お、前ら……っ、お前らの仕事は護衛じゃなかったか!?」


 憤るオリバーに……背後から低い声がかかる。


「オリバー」


 呼ばれた男が弾かれたように振り返る。と、冷静な顔のブレアがそこに立っていた。


「私は仕事に戻る。お前は家に帰って少し休め」

「え……ブレア様……!?」


 ブレアは配下に、あまりカリカリするなと言い残し……

 一見何事もなかったような顔で居所を後にして行った。そんな王子の姿に……オリバーががっくりうなだれる。


「…………」

「まあ、ちょっとオリバー坊ちゃん大丈夫?」


 ずん……っとその場にしゃがみ込んで落胆する熊男に、ブレアの年配侍女が声を掛ける。オリバーは彼女に問う。


「なんでこう……あの二人はタイミングが合わないんだ!?」

「本当にねぇ。どうしてかしら……困ったわ、もしかしてあの二人相性が悪いの?」

「初恋は実らないって言うしねぇ……」

「あら駄目よ諦めちゃだめ! ブレア様は今猛烈にお忙しいんですもの仕方ないわ!」

「そうよねぇ……でもブレア様にはもう少しお休みいただかないと……国の大事とはいえねぇ……一度ブレア様を布団で簀巻きにして強制的にお休みいただくっていうのはどう?」

「その手はまず王妃殿下に許可いただかないと――」


 ……わいわい盛り上がりはじめた侍女たちは、オリバーそっちのけであれやこれやと対策を練っている。

 その下で……見事に目論見の外れたオリバーは、ガックリと悔しそうに肩を落とすばかりだ。


「くそ……っ、新人娘のやつ……今に見てろよ!」


 ……何やらまた熊とエリノアの間に衝突の起こりそうな気配である……





 ――静かに廊下を進みながら。

 気落ちする己を感じると、自然……ブレアの足が止まった。視線は彷徨うように窓の外に向けられる。

 

 現状、王国による勇者と聖剣の捜索はうまく行っていない。

 ブレアもほうぼうに捜索隊を走らせたが成果はなく、王宮内も散々調べたもののが手がかりすら見つからない。

 それでも淡々とやるべきと思うことをなすブレアだが、成果の見えない仕事というものは苦痛だ。

 どんなに忙しくてもわずかでも手応えがあればいいのだが……


 そんな中、配下たちはしきりに彼に休めと言ってくる。

 もちろんブレアも自分が疲れていることは分かっている。

 しかし、このままでは王国に取り返しのつかない事態が起こってしまうのではないかという危惧に……気はとても休まらなかった。

 目にする景色も心なしか暗く沈んだ色に見える。


「……」


 ブレアはもう一度ため息をこぼし、廊下を先へ進みはじめようとしたのだが……


 その時、不意に。歩き始めたブレアの瞳が小さく和らいだ。

 長い廊下を見ていた青年は、思い出した。以前――この廊下をエリノアと共に歩いた時のことを。


 それはエリノアがここに来たばかりの頃のこと。

 稽古場に向かうブレアの供をした娘はカゴいっぱいの洗濯物を抱えていて。

 よたよたと覚束ない足取りで、それでも足を懸命に踏ん張らせながら自分について来た姿を思い出すと――ふっと心が軽くなる。


「…………やれやれ」


 ……またいずれ、ああいったなんでもない日常を送りたいと思った。

 転びそうになったところを彼に助けられ、まんまるになった緑の瞳を思い出すと……笑みがこぼれる。

 しかし困ったことに……

 そうなると、今度は会いたいと思う気持ちが強くなった。ブレアの表情を和らげた笑みが、苦笑に変わる。


 ここのところ、エリノアとはずっとすれ違うばかりである。やや強引に城下まで送って行った時以来顔も見ていない。

 とても会いたいが――国の為にも聖剣は早く探し出さなければならない。

 仕方ないのだと寂しそうに息をつき、ブレアは廊下の先を見据え執務室に向かって足を踏み出した。


 ――と……その途中。

 廊下の向こうから小走りにこちらへやって来る一人の女の姿が彼の目にとまった。

 どこかで見た事のあるその女人は、ブレアに気がつくと、かしこまった様子で頭を下げる。


「これは……ブレア様。ご挨拶申し上げます」

「お前は……」


 それはオフィリア・サロモンセンの従者だった。

 令嬢が王宮を訪れる時は必ず伴われている者で、ブレアも何度も会ったことがある。

 しかし、つまり彼女はクラウス側の人間で……ブレアとは互いにあまりいい印象のない間柄だと言える。

 そんな者が……どうして主も伴なわず、自分に声をかけて来たのかが不思議だった。


「どうした。私に何か用か?」

「あの、それが……」


 従者は恐縮した様子でブレアに応じ、内密にして欲しいと前置きをしてから、ここを訪れた理由を語りはじめた。

 

 ――オフィリア嬢が庭園で婚約指輪を紛失したこと、彼女が慌てて探しに行ったがそれが見つからずに困ったことなど。

 ブレアは……言いにくそうな従者の言葉の調子から……どうやら話が大幅に省略されていて、その省かれた部分に、己の弟クラウスが関わっているのではないかと察するが――

 唐突に、その話の中にエリノアの名が上がった。

 思わぬ者の口から飛び出した思いがけない名前に、ブレアは驚く。


「……エリノアが……指輪を……?」

「――はい」


 従者は神妙な顔で頷く。


「王家から授けられた指輪を紛失したとあれば……当家はどんな罰を受けたかわかりません。特にビクトリア様は……お怒りになると我々ではどうにも……」

「……」


 従者は言葉を濁らせる。その訳はブレアにもよく分かった。


「しかしあの方のお陰で、オフィリア様も我々も窮地を救われました。お嬢様の話では……池の中に落ちたものを拾っていただいたとか……」


 従者は感謝してもしきれないと言いながら、実感のこもったため息をこぼしている。が……床を見ていた彼女は、それを黙って聞いていたブレアの眉がぴくりと動いたのには気がつかなかった。


「それでどうしてもお礼申し上げたくて参ったのですが……」


 おいででしょうか? と従者が顔をあげた時――


「っ!? ……ブレア様!?」


 ――青年はすでに走り出していた。














お読みいただきありがとうございます。

なんとか、年内にもう一話更新する事ができました。

エリノアとブレアが会えるのはまた来年になりそうです…


まぬけな当作品にここまでお付き合いいただき本当に感謝です。

来年も頑張って更新して行きたいと思いますので、またお読みいただけたら嬉しいです。

皆様よいお年をお過ごし下さい。

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