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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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35 謝礼は十二割。byルーシー



……――ブレアの上着を木の上から回収して。“どこぞの厳しい魔物”ことヴォルフガングと共に木を降りようとしたエリノアは……途中――ふと、そばの池の中でキラリと光るものに気がついた。

 その池は、庭園の景観の一つとして作られた自然な形の広い池で。みずぎわには整えられた草が生え、池の中には水草が浮かぶ。深さはそう深くはなかった。

 その、やや王宮よりの岸辺の近く――エリノアが登っていた木から少しだけ離れた水の中で、何かがキラキラと陽の光を受けて輝いていた。

 水面の煌めきとは違う光に、エリノアはなんだろうと呟いた。

 ……と、傍にいた小鳥が急に、まるで警告するように、ピッと鋭く鳴いたのだ。

 渋い顔の魔物は言った。『何やら不穏な気配を感じる、ほうっておけ』と。


『へ? 不穏……?』

『どうやらかなり値のはる代物のようだが……虚栄心……嫉妬、怒りに執着……人間の作り出した物にしては強い負の感情がこもっている。グレンにでもやれば喜ぶだろうが……あまりお前には良いものではないぞ』

『ええ?』


 グレンが喜びそうなと聞いたエリノアは訝しげに眉間をよせて……


 ――しかし。


『お、おい……!?』


 ヴォルフガングが驚いて声を上げた。

 小鳥が見ている前で……エリノアはおぼつかない様子で木を降りると、水辺にブレアの上着を置いてから、池に足を踏み入れて行った。水の中をそろりそろりと進んでいく娘に――ヴォルフガングは慌ててその肩の上に舞い降りた。


『何をやっている! ほうっておけと言っただろう!?』


 しかし娘は足を取る池中の泥に苦戦しながらも、立ち止まらなかった。


『いやだって……お仕えしている身としては王宮の落とし物は放っておけないわよ……』


 使用人としては、王宮内の遺失物は回収する義務があった。だってそれは、エリノアたちの主、王家の人々の持ち物である可能性が高い。それが高価なものだというのなら、おそらく間違いなくそうだろう。

 それに……侍女セレナが洗濯物を飛ばした一件もあったわけで……

 その主人は虚栄心や嫉妬というものとはそぐわないが、セレナが飛ばしたブレアの上着に入っていたという可能性もある。

 そう考えたエリノアは――よろけながら池を進み……

 水底に揺れる金色の光目掛けて、両手をゆっくりと沈めていった――



「……――ら……池の中にあったのがあの指輪だったという訳なんです」


 ヴォルフガングとの会話は省きながら、エリノアはそうルーシーに説明した。

 もちろん、拾い上げた指輪に刻まれた印が王家の紋章だとはエリノアにもすぐに分かって。

 しかも、王家の印の下には力の象徴である太陽を模した赤い大きな宝石があしらわれていた。


「どこかで見たなと記憶があって……そういえば舞踏会でお目にかかった時にオフィリア様が似たような指輪をはめていらっしゃった気が致しまして……だったらクラウス様のところにいらっしゃるかもしれないと、あそこに持って行った次第です」

「なるほど……」

「はい――でも……王家の紋章がばっちり入っていた指輪だったもので……これは大変だとちょっと慌ててしまって……まさか自分がこれほど泥を振りまいていたとは……」


 エリノアはげっそりして、己の前に続く廊下を見た。

 そこにはまだまだ点々とした泥汚れが続いていて。それは豪奢なこの王宮の廊下には、けしてあってはならないものである。


「……本当にすみませんお姉様……私もまさかそんな貴重品な宝物を池の中から拾うなんて思ってもみなくて……」

「まあ、そうよねぇ」


 それは普通池の中になどあるはずのない代物だ。

 落ちていた指輪の紋章を目にした時点で、娘は血の気が引くほど驚いたのだ。

 普段そういった王族たちの貴重な品々は、使用人たちの中でも特に主人たちの信用が厚い者たちのみであつかわれる。上級侍女になったばかりのエリノアは、まだそんな物を扱える機会はなくて……はっきり言って、高価な上に特別な意味を持つ王家の宝は……持っているだけでも震えるほどに緊張した。

 ――そしてエリノアは、気がつくとあわあわ言いながら走り出していた。

 正直なところ、先ほど義姉の鬼顔を見るまでは我を忘れていたし、自分が泥だらけだったことも、跳ね飛ぶ泥にも申し訳ないが気を払っている余裕はありはしなかった……


「もうちょっと落ち着きなさいって言いたいけど……ま、気持ちは分かるわ。あれは王家が拵えた歴代の婚約指輪の中でも特に贅沢な石をあしらったって話よ。確か昔はどこだかの王族の所持品で、以前オフィリアがあれひとつで屋敷が一軒建てられるとかって自慢していたのを聞いたことがあるわ。……たくっ、ちゃんとオフィリアに礼くらい言わせなさいよ! そもそもはあの子の自業自得なのよ? 王子の前で別の男にうつつを抜かしたりするから……指輪を失くしたなんてことになったらサロモンセン家は大ごとだったんだし、八割くらいの謝礼を取ったっていいくらいだわ……!」


 ルーシーは、エリノアがオフィリアから満足な礼の言葉も聞かずに立ち去ったことが許せないらしい。ぶつぶつ言いながらモップを廊下に叩きつけている。そんな義姉に、エリノアは「八割って」と呆れながら苦笑する。


「何言ってるんですか……無事に持ち主にお返し出来てよかったですよ……そんな高価な物、持っているだけで恐ろしい……だいたい謝礼どころじゃないです。だってクラウス様のお住まい前を泥だらけにしたままにしておくと今度はこっちがクビの危機なんですよ? せっかく継続的に安定的な職を手に入れたのに、そんなあてにも出来ないもののためにのんびりなんてしていられませんよ」


 そう言って。早く廊下を綺麗にしなくては! と、一層雑巾掛けに身を入れだしたエリノアに……ルーシーは険しい暗黒顔でギリギリと奥歯を噛む。


「まったく……なんであんたがこんな面倒事を……絶対に今度オフィリアから謝礼を十二割毟り取ってやる……っ」

「いやっ、ちょ、数割増えてませんかお姉様……!?」


 ガクッと項垂れるエリノアであった……



 ルーシーは納得がいかないのか、その後もずっとぶつぶつと不平を言い続けた。エリノアは、それでも手伝ってくれる義理の姉に内心でありがたいなぁと感謝しつつ……彼女の不平は、はいはいと適当にあしらった。そして、その後をほのぼのした顔でバケツを持ってついて行く稀な美貌の青年……


 一行の奇妙さには、通りかかる使用人たちが皆、怪訝な顔をしている。

 そんなありさまを、窓の外から眺めていたヴォルフガングは……ため息をこぼす。


「やれやれ……」


 ヴォルフガングは窓越しに、必死に廊下を拭く娘を見た。


 あの時――エリノアが池から指輪を拾い上げた時。

 ヴォルフガングの魔物の目には、指輪の周りに渦巻く毒々しい色がはっきりと見えていた。

 もともと、稀なる宝石には人間の邪悪な感情が集まりやすい。時に酔狂な魔物が人の争いを狙って、世界に素晴らしい宝石を落とすこともある。そうすると人々は宝石に魅了され、奪い合い、血を流す。それだけでも魔物は喜ぶが、争いの火種となった宝石はそうして数百年負の力にまみれ続けると、魔物には格別な代物にもなるのだった。

 その――エリノアが見つけた血の色の大きな宝石も、さぞ名のある代物なのだろうが――長い時を過ごすうちに集まった人々の怨念のようなものが禍々しくまとわりついていて。……だから止めたのだ。

 きっと、あれの所有者はあまりいい死に方はしない。触れただけでも、人間はきっと少なからず邪悪な力の影響を受けてしまう。ヴォルフガングはそれをエリノアには触れさせたくなくて……


 しかし。


「……」


 ヴォルフガングはその時の光景を思い出して、長い長いため息をつく。


「……まさか、あいつの浄化の力があれほど強いとは……」


 小鳥はつぶらな瞳をエリノアに向ける。

 廊下に這いつくばって泥を拭いている娘。

 あの間抜けな娘が池の水の中で指輪をつかんだ時……一瞬、池の水がたわむように揺らいだのをヴォルフガングは見た。

 彼の目には娘の手の甲にある女神の印が光ったのが見えて――同時に、水中を走る青白い聖の輝きが見えた。


 ――そうしてヴォルフガングが目を瞠り、娘が水中から指輪を持ち上げた時には……その小さなリングからは、既に邪気が祓われていた……


 ヴォルフガングは唖然とした。

 その指輪にはめられていた大きな石には、確かに幾重にも禍々しい気配が溜め込まれていたのだ。永い時代、幾度も持ち主を変え、その度に血や負の感情を浴びてきたのだろうというような……

 複雑に絡み合った邪気は、そうたやすくとき解せるものではない。


 それが――目の前で、一瞬にして根こそぎかき消された。

 指輪は今や娘の手の上で無垢な輝きを放っていて。ヴォルフガングは行使された聖の力に恐怖さえ覚え――……




 ……たのだが。


 次の瞬間、指輪に刻まれた王家の紋章に気がついた娘が「ぎゃー!!!!」……と、強烈な叫び声を上げる。

 その声に驚き、ビクッと身を震わせたヴォルフガング。

 彼の黒い瞳が次に目撃したのは……


 腰を抜かし、あわあわ言いながら――泥だらけのまま転がるように王宮に向かって行くエリノアの情けない姿であった……



「……はーなんなんだあれは……」


 ヴォルフガングはなんと言っていいか分からなかった。

 あのような力を持っておきながら、現在娘が行っていることはといえば、己がクビにならない為の泥掃除である……

 聖なる力の持ち主として世に出れば、様々な栄光を手に出来そうなものだが――と一瞬哀れに思って――

 小鳥は、ハッと我に帰った。

 いや、俺の知ったことではないと吐き捨てて、小鳥は苦々しく廊下の娘を睨む。

 娘は義姉に叱咤されながら……聖剣に懐かれながら……ひたすらひたすらに必死で廊下の泥をぬぐっている。

 それを――手伝いたくてたまらない己に気がついて。ヴォルフガングは羽で顔を覆い、何てことだと呻くようにため息をついた。


「……くそ……勇者め……」







お読みいただき感謝です。


…ク、クリスマス、お正月……気がつけばもうこんな時期ではありませんかぁ!!( ;∀;)ヤバイィィィィィ!!何にもしてません!とりあえず…年賀状やります;

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― 新着の感想 ―
[一言] ヴォルフガングはツンデレ( ˘ω˘ )
[一言] ヴォルフガング本人は認めないだろうけど、最早苦労人系オカンでは?ちょっと差し入れしたい気分。
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