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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
一章 見習い侍女編
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11 白と黒の獣


「……目が、覚めた……?」


 一瞬の沈黙の後、エリノアが呟いた。その視線は弟の顔に縫い止められている。

 続いて戸惑うように出てきたのは、どうして、といううわ言のような声だった。


 どうして──弟は自分が聖剣を抜いてしまったことを知っているのだろう。

 あそこには自分と第二王子しかいなかった。ましてや王宮の関係者でもない弟がいるはずもなかった。


「……ブラッド、どうして聖剣のこと、知ってるの……?」


 恐る恐る問うと、ブラッドリーは寝台の上からにこりと姉に向けて微笑んだ。

 その中には──いつも通りの弟の顔が垣間見えて。エリノアは動揺しつつも少しだけほっとして、身体の硬直が幾らかマシになる。と、ブラッドが腕を持ち上げた。


「ねえ、それリードが作ってくれたものだよね?」

「え? あ……ああ、そう……」


 急に指差されてエリノアが慌てて応じる。

 弟の指はリードが持たせてくれたカゴに向けられていた。


「……おばさんがリードに頼んでくれて……ブラッドと私にって……」


 そう言うと、ブラッドリーは嬉しそうに笑って。そこに先程の怪しさは欠片も残っていなかった。 


「冷めたらリードに悪いよ。せっかく姉さんが帰ってくるのに合わせて作ってくれたんだから」


 ね? と、微笑まれて。戸惑いながらもエリノアは頷く。

 ──良かった、いつものブラッドだ……

 そうため息を落としながら、エリノアはカゴをテーブルの上に置き、上掛けの布をよける。と、ふわりとしたいい香りが立ち上る。

 カゴの中には、蓋をされた両手に乗るくらいの小鍋と包みがひとつ。包みには香ばしいパンが包まれていて、小鍋にはブラッドリーが普段から好んでいる野菜を煮こんだシチューが入っていた。とろりと白いスープから色鮮やかな野菜がぽこぽこと頭を出している。少し細かめに野菜が刻まれているのは、ブラッドリーの胃の消化に良いようにというリードの気遣いだろう。


「僕、器をとってくるよ」


 ブラッドリーがそう言って寝台を下りようとする。しかしそれをエリノアは慌てて止めた。


「駄目! 私が行くから! ブラッドは寝てて!」

「……そんなに心配しなくても、今日は調子がいいんだってば……」

「駄目よ! ちゃんと、事情を聞くまで……何もさせられない、倒れたりしたらどうするの!?」


 弟の様子がいつもと違うことが不安で堪らないエリノアは鬼の形相でそれを止める。確かに今、ブラッドリーには苦しそうな様子はないが……とても寝床から離す気にはなれなかった。

 そんな姉の必死な顔に、ブラッドリーは苦笑して寝台に身を戻した。


「分かった。大人しく待ってる。疲れてるのに手伝えなくてごめんね」

「いいの! 動いちゃ駄目よ!? ちゃんと待っててよ!?」


 ブラッドリーが寝台に戻ると、エリノアは彼に背を向けて。振り返り振り返り……不安そうに弟の顔を何度も見てから……唐突に走って部屋を出て行った。


「あ……姉さんランプ……」


 ないと暗くて何も見えないのでは……とブラッドリーは思ったのだが──案の定、扉の向こうからは、時折物にぶつかったような音や、転倒させたような賑やかな音が響いてくる。


「やれやれ……驚かせちゃったか……」


 ブラッドリーは息をつき。それはそうか、と一人呟きながら──ふと、その表情に影が落ちる。


「……でも……これできっと、もう姉さんに苦労を掛けないですむ……」


 ──その言葉は……姉を思う優しい弟そのものであった。しかし──

 少年の双眸は、どこか暗い光を湛えている。 



 一方、エリノアは。


「……どうしよう、どうしよう、あああ、ス、スプーンあと皿……あれ? それよりもう一度お医者様を呼んだほうがいいの……? いや、ひとまずブラッドの話を聞かないと……」


 おろおろしたエリノアは、台所の棚からスープ用の器やスプーンを取り出しながら呻いていた。

 可愛い弟に何かあったらと思うと、心臓は痛いし、手が震えた。おかげで暗い室内の床には彼女が転倒させたらしい様々な物が転がっている。

 エリノアは盆の上に取り出したものを置くと、一度己の両頬をぴしゃりと叩いた。それから盆を手に、深呼吸をする。


「そうよ、落ち着いて話を……冷静さこそが事態を好転させるのよエリノア。ちゃんと何があったのか、なんで聖剣を抜いたことを知っているのか聞き出さなきゃ……とりあえず、普段通り、冷静に、世間話でもしてから……」


 そうして意を決し、エリノアは動揺を押し殺してブラッドリーの寝室に戻って行った。

 出迎えたブラッドリーは姉の顔を見ると嬉しそうに表情を和らげる。そのいつも通りの顔を見たエリノアは、心底ほっとした。


「お帰り姉さん」

「う、うん。今、器によそうからちょっと待ってね……」


 エリノアはテーブルの上の小鍋とパンを少し端によせると、開いた場所に盆を置いた。

 そしてブラッドリーに背を向ける形で小鍋のシチューを器に移しはじめる。


「あ、えっと……今日もね、二回も侍女頭様に怒られちゃったのよ……」


 何か話さねばと思ったエリノアが、そう口を開く。すると背後から「またなの姉さん」と些か呆れたような声が返ってくる。


「また物でも壊しちゃったの? 気をつけないと駄目だよ。怪我でもしたらどうするの……」

「うん、ごめん気をつける。あ、それでね……」


 普段通り返答が返ってくることに安堵して、エリノアはちょっと嬉しくなってしまった。

 

「それで、今日はね、びっくりすることがあって……第二王子様に物凄く近くでお会いしてしまったのよ」

「…………王子様……?」

「そうなの。ブレア様。怖い怖いって皆が言うからどんな冷酷なお方かと思っていたんだけど、瞳をまんまるにしていらっしゃる様子なんかは結構可愛らしかったわ。睨まれると怖いけど……」


 エリノアは、よそったシチューに添えようとスプーンに手を伸ばしながら、ふと、王子の顔を思い出した。

 金の睫毛に彩られる灰褐色の瞳に食い入るように見つめられたことを思い出すと、なんだかとてもこそばゆかった。


「……皆が遠巻きにはしゃぐのが分かった気がする……」


 ま、とエリノア。


「若い娘のわき腹をいきなりくすぐってくるのはどうかと思うけど──……て、っ!? ……ぎゃあっっ!?」


 シチューを乗せた盆を手に振り返ったエリノアが唐突に叫ぶ。驚いた拍子に盆は空を舞った。


「ぇ……!? な、ななな何!?」


 エリノアは目を見開いてブラッドリーの寝台を凝視する。

 ──その傍に、何か大きなものが──二つ。

 白い物体と黒い物体。それがブラッドリーの寝台の傍に──傅いていた。

 

 ランプの灯りを頼りにエリノアは呆然とそれを見る。

 白い物体は毛がふさふさで。黒い物体はすらりした肢体が艶やかな短毛に覆われている。

 どちらも頭には三角の耳があり、しっぽが生えていた。

 ──その姿は──紛れもなく獣だが──身体には衣服を纏い、毛に覆われた手足は人と同じ様な形をしていた。


 唖然と見つめるエリノアの前で、白黒の獣たちは、暗い真顔のブラッドリーに向かって恭しく頭を垂れている。

 低い声が重く寝室に響いた。


「我らが王、我が君よ……」


 ──ランプの揺れる明かりを受けて──獣達の瞳も、ゆらゆらと、揺らめいていた……




お読み頂き有難うございます。


やっとシロクロが出てきて嬉しいです。

誤字報告有難うございます!皆様のお陰で作品続けられてます!

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