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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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23 エリノア、毛だらけになる。

 

 ――すらりとした背格好。

 ガッチリと鍛えているわけではないが、機敏によく働きそうな長い手足はひ弱さとは無縁で。

 真っ直ぐ牽制するような瞳からは、屈折というものが微塵も感じられず清涼感のある素直な印象を受けた。

 穏やかな空色の瞳はいかにも勤勉そうで、ブレアも好感が持てるところ、なの、だが……


 なぜだろうとブレアは内心、首をかしげる。

 なぜか、その初対面のはずの男を見た時……もやっと胸に浮かぶものがあった。

 それは、現在進行形で彼に不審がられているから、ということとは無関係に。

 彼に対しては、自分はすでになんらかの負の感情を抱いていたような……不思議な感触が心の中にざらつきを残すのだが、それが何か分からない。

 そう――分からないのだが……


 ただ、その何か分からないものと殆ど同じ感情を、今再び感じた気がした。

 地面に嘆き崩れそうだった娘エリノアに、現れた青年が声をかけた、その一瞬が……ひどくブレアの心をかき乱した。

 ほんの数秒、青年とエリノアの間に通った視線の中には、確かに特別な親しさが垣間見えて。

 男が彼女を呼ぶ親しげな呼び方にも、戸惑いを覚えた。

 そのせいか、青年を見る自分の目つきが、普段よりさえざえと冷えたのは自分でもよく分かった。

 が、ブレアはつとめて穏やかに、青年の『こんな時間にどこへ』という問いに答えを返す。


「……自宅だ」


 と、リードの眉が聞き捨てならないというようにピクリと持ち上がる。


「自宅……? あんたの……?」


 ブレアはまさかと首を振る。


「そうではない。この者の自宅だ」


 ブレアが落ち着いた瞳でエリノアを示すと、リードがああと小さく頷く素振りを見せた。が、青年の射るような視線は変わらず。じゃあなぜとエリノアを横目でちらりと見て言った。


「なんでこいつは泣いているんですか? あなたが何かしたのでは?」


 どうやら思ったよりブレアが変な輩ではなさそうだと感じたのか、リードの言葉づかいが多少あらたまる。

 リードが町のざわめきの中で二人を見つけた時、エリノアは泣きながら地面にしゃがみこもうと(土下座)していた。

 それは一見すると……エリノアが泣きながら己の手をつかむ男を拒んでいたようにも見えて……


 ……気がつくと――リードは手にしていた荷を放り出し、地をけっていた。


 何かの揉めごとか、それとも不埒な輩がエリノアをどこかに連れこもうとでもしているのか……

 そうして慌てて駆けよってきたリードだったのだが……


 しかし――

 ブレアからすると、それはまったく心外なことで。

 ……けれどもまずいことに、彼はそこで一瞬言葉につまる。

 ――なぜならば。正直ブレアにも、エリノアがなぜ突然泣き出したのかが分からなかったからだ。


 そうしてブレアが言葉に窮すると、その間を肯定だと受け取ったリードの表情が険しくなった。


「なんですか……言えないようなことなんですか!?」


 厳しい顔をしたリードは、ブレアの腕を離しエリノアを自分のほうへ引きよせようとする。

 が、ブレアはエリノアの手を離さなかった。


「……そうではないが……なぜお前にそれを言わなければならない。関係のない話だ」

「関係はあります、俺はこいつの兄貴分です。泣いているのを放っておけない」


 きっぱりとした言葉にブレアが眉間にシワをつくる。


「兄貴分……?」

「そうです。家族同然です……ていうか、いい加減その手、離してもらえませんか……!?」

「…………いやだ」

「はぁ? いやだって……」


 ――と……


 いささかムッとした男同士が睨み合っている下で……当のエリノアはといえば――


「………………はっ!?」


 二人が互いに放ちあう威圧感に唖然としていたエリノア。


(しまった、思わず見入ってしまった……)


 自分の主人の第二王子ブレアと、幼馴染のリード。

 王宮と城下町で、おそらく普通ならば一生交わることがなかっただろう二人が、己を挟んで向かい合っている。その様はなんとも不思議で……

 特に意外だったのが……ブレアの厳格さに負けぬ気概を見せたリードである。

 いつもは穏やかで優しい顔しか見せない彼が、誰かを睨んでいるという時点ですでに驚きなのだが……

 周囲の町民たちが、ブレアの視界の中にすらとても長居はできないと恐ろしげな表情を見せる中で……リードはその冷徹にも見える視線の前に、毅然として立っている。


(……リ、リードが強い…………)


 いやそれはいいが、とエリノア。


(やばい……リード、その人、王子様――……)


 どうしようとエリノアは青ざめた。

 このままでは、リードが筋肉部隊に捕らえられてしまうかもしれない。慌てふためいたエリノアは、二人の中央で飛び上がる。


「っ申し訳ありません!」

「……ノア?」

「リード、あのね、ここここの方はね――」


 ――と、エリノアが彼に説明しようとした瞬間だった。

 エリノアはあれ? と、気がついて言葉を切る。


(んん!? ……ここでブレア様の正体を明かすようなことして、大丈夫なのかしら……)


 言葉を寸でで飲み込んだエリノアは、横目で周囲を伺った。

 おそるおそる自分たちを遠巻きに眺める町民たち、そのヒソヒソ声が聞こえる渦中で――はたして、ブレアが王子だと口にしてもいいものか。――と、思った時、

 周囲を見回した視界に、その異様な光景が目に入り、娘はギョッとする。


 遠く――街角のあちらこちらから乗り出した筋肉――もとい、たくましき騎士や兵士たちが――

 何やらその場から身を乗り出して、必死な顔でエリノアに無言の合図を送っている……


(え!? な、何ですか!?)


 エリノアは戸惑ってオリバーたちに視線で問い返す。

 と、野太い腕をバツ印に交差させる者、首をブンブンと真横に振る者――

 どうやら――

 オリバーたちは、エリノアに、ブレアの身分を民衆に明かすなと、そう必死に訴えてきているらしかった……


 それに気がついて……――おいっ! と、エリノア。

 そんなにお忍びということにしておきたいのだったら、そもそもあんたら護衛も、もうちょっと忍んでよ!? と、いう激しいツッコミがエリノアの中でビシッと決まる。

 今更……と、エリノアはとても思ったのだが――


「どうしたんだノア?」

「大丈夫か……?」


 どうしろっていうんだとうめくエリノアに、青年二人が心配そうな顔をする。エリノアは、たじろいだ。


「え、ええと……う……あ、そ、その……」

「ノア?」

「この、この方は……この方は……王宮の……その……」


 エリノアはまた、生来の嘘の下手さを発揮して顔面に滝のような汗を流している。

 エリノアだって分かっているのだ、こんな汗ダラダラで何かを言ったとて、怪しいばかりで少しも信憑性がない。しかしなんとかそこを上回って納得してもらえるような説明の仕方はないかと考えて考えて――

 すると、エリノアの困り果てた顔を見たブレアが小さくため息をついた。


「……もうよい」

「え? ブ、ブレア様?」


 ブレアは慌てふためくエリノアの背にそっと手を添えると、 


「……いい、エリノア。そこまで慌てるな、私は正体不明でかまわないし、お前を案じる彼が無礼だとは思わない。だからあの者たちにも手出しをさせることはない」

「え……」


 その発言にはエリノアは戸惑い、リードはブレアの意図がつかめずに不満そうな顔をした。


「正体不明でいい……?」


 怪訝そうなリードに、ブレアは落ち着いた顔を向ける。


「兄貴分殿、怪しむ気持ちもわからんでもないが、私はこの者を害しようなどとは思っていない。夜道は危険ゆえ共に歩いてきたそれだけだ。……そうだな?」


 同意を求められたエリノアは、ハッとしてブンブンと頭を縦にふる。


「そ、そう……(多分)ご厚意で……心配してもらうようなことは何にもないのよ!?」

「……じゃあなんで涙……」


 エリノアになだめられたリードは、納得いかない顔でその頰に残る痕を見た。

 ――と……どうだろう。そのリードの言葉に、腕を組んだブレアが、重く頷く。


「それは私も知りたい。……なぜだ?」

「え……!? や、な、涙って……」

「ノア?」


 まさか二人が同調しあうとは思わず……問いつめらたエリノアが言葉をどもらせている。

 本当のことなど言うわけにはいかないのに……二人の青年の視線はじっとエリノアに注がれている。

 その圧におののくエリノア。思わずじりっ……と、足が後退る。


「そ、その、えっと――」


 ————と……


 その時であった。


 突然周囲の見物人たちの中から、短い声がいくつも上がった。だんだん近づいてくる悲鳴に三人が顔を向けた――瞬間。何かがそこを横切った。


「っ、ぐふ!?」


 横腹に突き刺さるような衝撃を感じ、エリノアがくぐもった声を出して地面に倒れる。


「エリノア!?」

「ノ、ノア!?」


 唐突な出来事に驚く二人は――次の瞬間、そこで見事にひっくり返ったエリノアの上に“それら”を見て目をまるくした。


「ひ、なに!? な、生あたたか……ひぃいいいい!?」


 叫ぶエリノアに、ぽかんとするブレア。ああなんだ、とリードが言った。


 エリノアの脇腹に衝撃アタックをかました――影は二つ。

 ひっくり返ったエリノアにまたがった形で、一方はニンマリと、一方はジットリと娘の顔を覗きこむ。


「!? グレ……!? ヴォルフガ……」


 ……ング、と言おうとした瞬間に、渋さ全開の表情で、ぬっと近づいてきた白い犬が、再び長いピンク色の舌を――


「!? ぎゃっ!? ほあああああ!? ちょ、ちょっとちょっと、ちょっとぉおお!?」


 思い切り顔中を舐めまわされて。エリノアが悲鳴をあげている。

 ちなみに、ニヤニヤした顔のグレンは、エリノアの胸元に乗り、ぐりぐりゴーロゴーロとエリノアの顔に頭を押しつけている。


「ちょ、や、っめ……」


 その魔物たちの唐突な馴れ馴れしさに驚きまくっていると、どこからか、声なき声が聞こえる。


(「あははは姉上~私たちが無邪気な獣のフリをして窮地から救って差し上げますからね~おまかせあれ~あははは」※グリグリグリグリグリ)

(「チッ、まったく……なぜ私がただの獣のフリなど……世話の焼ける娘め……せいぜい唾液にまみれるがいい」※ベーロベロベロベロベロベロ……)

(「……い、い、い……いやだぁああああ!」※エリノア心の叫び)


 ――どうやら……――助け舟……? だ……



「エ、エリノア!?」


 なんだこの獣たちは……と、慌てるブレアだったが……

 ただ――犬は立派なしっぽをぶんぶんと振り回しているし、猫も甘えるような鳴き声を出し、喉をゴロゴロ言わせひたすらエリノアにすりよっている。特に危険な様子は見られないのだが――

 と、リードが、落ち着いた様子でああと言った。


「大丈夫、ノアの飼い犬と飼い猫たちですよ」


 微笑ましいなとリード。


「……か、飼い犬と飼い猫……?」

「ははは、主人を迎えに来たのか」


 二匹の登場でやや緊張が解けたか。リードは偉いな~とほのぼの一人と二匹を見つめている。

 しかしブレアには……どう見てもエリノアがもがいているようにしか見えず。(実際もがいてる)

「本当に大丈夫なのか」となんとも言えない表情である。

 が、それに気がついたエリノアは、慌てて王子を制した。

 なんだかものすごく悪意も感じる助け船だが……この際この二人に乗っかってうやむやにすることを選んだらしい。


「あ……だ……ひゃっ!? だ、大丈夫ですブレア様! うひっ! う、うちの子たち……か、可愛いで……しょぅぅうぅっギブギブギブギブっくすぐったっあああ! こら、馬鹿グレン、耳はやめっ、な、なめるなぁあああ!!」

「…………」


 その往来ど真ん中での壮絶なじゃれあいに……ブレアも野次馬も唖然としたという……

 


…唾液にまみれろ、は、ないな…と思いましたが…まあいっか、ということでそのままに。


有難うございます、誤字報告助かってますm(__)m

…昨夜は親知らずの抜いたあとが痛すぎて全然寝れなくて。現在変なテンションですヾ(´∇`。*)ノなぜ鎮痛剤効かないのでしょうか…

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヒロイン(?)よだれまみれw [気になる点] 親知らず、大変らしいですね…
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