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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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22 出会いの記憶

(な、なんなの……なんなのよ……!)


 熊男の態度が腹立たしいエリノア。しかし……いつまでもこうむかっ腹立てている場合でもなかった。

 このままでは不安やら恥ずかしいやらで壮絶に疲れてしまう。

 体力のあるうちに早急に自力でなんとかしようと――とりあえずエリノアは脳内から筋肉部隊のことは排除して考えることにした。


(ええと……ブレア様は記憶が戻っている……かもしれない。この謎のお見送りの目的は……ブラッドリー討伐……かもしれない……いや、家宅捜索かも……)


 かもかもと……仮定の話ばかりだが、もしそれが真実であったとしたらエリノアの家は一巻の終わりである。

 もちろん、今家捜しされたとしても、“剣”の形での聖剣が発見されることはない。

 エリノアが勇者だという証拠も、ブラッドリーが魔王だという証拠もどこにもないだろう。


 ただし――

 オリバーたちは、ブレア至上主義を掲げている。

 彼らなら、きっと証拠がどうとかいう以前に、ブレアがブラッドリーを捕らえろと命じればきっとそうするに違いない。

 そして恐ろしいことに……自宅には魔王様至上主義を掲げる魔物たちが待ち受けていて……その衝突は想像するだけでも恐ろしい。

 あの小さくても大切なエリノアたち家族の家が、筋肉部隊に荒々しく踏み込まれたあげく、ブレア様大好き隊VSブラッドリー溺愛魔王軍の戦場にされるかと思うと……


(……こ、怖いぃぃぃ……っ)


 ずもも……と怒り狂うコーネリアグレースとヴォルフガングの姿が目に浮かぶようだ。

 だいたいあの家を壊された時、ブラッドリーが黙っているはずがない。また先日のような恐ろしい力を振るわれたら……あぁそうだ! 今は聖剣も家に居るんだった、とエリノア。

 なんてことだろうか、どう考えてもややこしいことになる気しかしなかった。

 一瞬途方に暮れたような青ざめ顔をしたエリノアは――やはりここは自分が何とかせねばならないのだと悟った。

 もはや猶予はない。もうすぐそこの角を曲がれば、自宅そばのモンターク商店が見えてしまう。ここで勝負に出なければ……! と、意を決したエリノアは――

 ぐっと足に力をこめて立ち止まった。


「? ……どうした?」

「……」


 娘が急に足を止め……ブレアが不思議そうな顔で振り返る。

 ブレアが見下ろすと、エリノアはあいているほうの手を固く握りしめてぶるぶると震えていた。何か言いたいが、緊張しすぎてままならない……という顔だった。


「どうした……すまない、歩くのが早すぎたか……?」


「疲れさせただろうか」とエリノアの異変に戸惑うブレアに――エリノアはぶんぶんと首を横に振り、一気に核心を突こうと顔を上げた。


「私は大丈夫です! そ、そのお聞きしたいことがあって……ブブブ……ブレア様!」

「なんだ?」

「れ、例のものは……も、もう発見されたのでしょうか……!?」


 どもりながらも……思い切って言いきった。

 ……と、ブレアが虚を突かれたような顔をする。

 しかし彼は、娘の言う『例のもの』が、いったい何を指しているのかをすぐに理解して。


「……」


 ブレアの顔がすっと引き締まる。

 灰褐色の瞳には伏せられたまつげが影を落として……それを見たエリノアは、一瞬息を止め、まるで恐ろしい裁きでも下されるかのような表情でブレアの言葉を待った。


 が……

 ブレアは静かに言った。


「……すまないが……それは軽々しく話してやれる話ではない」

「そ…………そう、ですよね……」


 それはそうだ。いくら自分付きの侍女だとはいえ、彼は箝口令を無視して軽々しく情報を漏らすような人ではない。

 それは分かっていたが、でも気になってしまって、と消え入るような声でエリノアが続けると、静かにその顔を見ていたブレアは……

 ふいに疲労感のにじむ溜息をこぼした。


「まあ……いくら箝口令が敷かれたといっても、お前は王宮内の人間だ。いろいろと耳に入って気にもなるだろう……だが、話してやれることなどほとんどない。“確かにないのだ”という事実が決定づけられた程度、だと言っておく」

「そ……そうなんです……か……?」


 生真面目なブレアの眉間に、苦悩するようなシワがよったのを目撃して……エリノアは戸惑ったような顔をする。

 分かりにくいが、ブレアがこぼしたため息は、本当に困っている……というふうに聞こえたのだ。


(あ、れ……?)


『確かにないという事実が決定づけられた程度』とは……つまり、聖剣のありかが少しも分からないということで……

 ではとエリノア。

 ブレアが記憶を取り戻し、エリノアの家を家宅捜索しようとしている、ブラッドリーを捕らえようとしている……というのは……


(もしかして……私の早合点……)


 そう悟った瞬間、エリノアの顔がかぁぁ……と、真っ赤になる。


「!? ……ど、どうした!?」


 自分を見上げていた娘が、唐突に真っ赤になってしまったのを見て、ブレアが目を丸くする。

 エリノアはそのまま呻いて天を仰ぐ。


「も、申し訳ありませんでした……っ!」

「!?」


 エリノアは、主を疑いの目で見たことに壮絶な罪悪感に苛まれている……

 おまけに安心しすぎて力がぬけた。バレてなどいなかったんだという安堵が急に広がって。何を勝手に思い違いをしていたんだろうと、自分に腹も立って……涙が出た。


(ブレア様は……夜道が危険だからって……自分は気づかわれておきながら、私はブレア様を疑うだなんて……殿下が激務に追われているのは私のせいなのに……)


「エリノア……トワイン……?」


 無言ながら、何かを悔いる素振りを見せる娘の様子にブレアが戸惑っている。

 唐突過ぎて意味が分からなかったが……とにかく今にも石畳の上に土下座しそうな娘をなんとかやめさせようとした。


「やめなさい、お前に謝られることなど……」


 と、その手を上へ持ち上げた。


 ――その時だった。


 不意に、雑踏から何者かの手が二人のほうへ伸びて来た。

 ブレアに握られていた手が、急に別方向に引かれて。


「へ……?」


 エリノアが涙目のままキョトンと顔を上げ、ブレアの眉間がピクリと動く。

 ——そこへ、聞き馴染みのある声がかけられた。


「――ノア」

「あ……」


 見開かれた緑色の瞳が、その——険しい空色の瞳を見つめる。


「……大丈夫か?」

「…………リード……?」


 エリノアはぽかんと彼を見上げたが、現れた青年はその濡れた瞳を見ると、さらに表情を険しくしたようだった。

 不審感で満たされた瞳は、そのままジロリと幼馴染みの手を握るブレアに向けられた。


「あんた誰? こんな時間に――こいつをどこに連れて行こうってんだ?」

「…………」


 リードの鋭い視線を、灰褐色の瞳が怪訝そうに迎え撃つ。


 ——ブレアには、確かにこの青年と、どこかで会ったような覚えがあった……



お読み頂き有難うございます。

誤字のご指摘も有難うございます!大変助かっております!(><)

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