21 騎士たちのお花畑思考
チーン……と……
なにやらまぬけな音が聞こえた気がした。
(う、うぅ……)
せっかくあがいたものの……
結局こうして共に自宅を目指すことになってしまったエリノア。
ブレアは当初、『家までは行く気はない』と言っていたのに、下手により道
をしてしまったおかげですっかり日が暮れて。彼は夜道は危険だから家まで送ると言って譲らない。
しかもそんなブレアと自分の手はいまだに繋がれたままで……
己の手を握り、城下町の石畳を颯爽と歩く後ろ姿に……果てしない疑問と、止めどない焦りが浮かぶのだった……
エリノアは思った。果たしてブレアの言葉を額面どおりに受け取っていいものか。それが判断つかないからおそろしかった。
二人の足は魔王と愉快な仲間たちの棲家に、どんどん、どんどん近づいて行く。
己の回避策が見事に潰れたあたりから焦りばかりが先走って、状況についていけていないエリノアは、げっそりと前を行く青年を見た。
街明かりを横顔に受けながら、城下町を闊歩する王子。
彼の考えていることがさっぱり分からなくて、エリノアはどうしたらいいんだと心の中で呻く。
(あぁぁ……ブレア様……ブレア様……記憶を取り戻されたんですか!? 私はお縄に……!? それとも違うんですか!?)
どっちなの!? ――と悩みながらも……諦めるなとエリノアは自身に言い聞かせる。
万が一、彼が本当に思い出してブラッドリーの敵になるのなら、自分も彼の敵となる。そんなことは絶対に嫌で……だからこそ下手なことはできなかった。
回避ができないなら――きっちりと状況を見極めて慎重に動かなければ。
とにもかくにも、彼の真意を知ることが第一で。
エリノアは、きっと今日の彼の言動のどこかにそのヒントがあるはずだと思った。
そして必死で裏門で会ってからの彼の様子を思い起こしていると――……
ふっと、ブレアのある言葉が脳裏に甦った。
『疫病神などと呼ぶのはやめるように』
――その言葉を思い出した瞬間。
思いがけず混乱していたエリノアの頭がすっと落ち着きを取り戻して。エリノア自身も戸惑いを見せた。
……夫人に『疫病神』なんて言われるのはいつものことだった。なんならもっとひどいことだって言われたことがある。
悔しくて、ついついくってかかってしまったことも何度もあった。
けれども、エリノアが少し大人になってからは、夫人の立場からものを見れば、彼女がそう思うのも仕方がないのかもしれないなと諦めの気持ちもあった。
元側近とはいえ、親戚たちにすら見捨てられたエリノアたちに、タガート将軍は本当に良くしてくれて。エリノアたちに特別情もなかった夫人からすれば、なぜ自分の夫が他人の子にそこまでと、我慢がならなかったのかもしれない。
そう思いあたってからは、エリノアもよほど弟のことを攻撃されない限りは、夫人の感情的な言葉はできるだけ聞き流すようにしていたのだが……
「……」
エリノアは、先ほどのブレアの言葉を思い出して、なんだか少し目頭に迫るものを感じた。
自分たちが『疫病神』、そんなものではないのだと声に出して言ってくれたことが……染み入るように嬉しい。我慢していたが、自分はやはりその言葉に傷ついていたんだなとハッとさせられるものもあって、改めて自分の感情を理解することで、少しだけ心が軽くなった気がした。
エリノアはそっと前を行くブレアの顔を見つめる。
乏しい表情のせいで分かりにくくても、やっぱりこの方は優しいのだなぁとしみじみ感じて。
こんな時にと思いつつも、ついついブレアの精悍な顔に見入ってしまい――……
……そうになったのだが。
しかし。そこでエリノアはハッとした。
(あ、あれ……!?)
ざわめく周囲の様子が何かおかしい。
街明かりのもと、行き交う人々で賑わっているはずの城下町。しかしその違和感に気がついたエリノアは、周りの人々の顔つきから――すぐに原因に気がついた。
(ぎゃ!?)
エリノアはさっと青ざめる。
陽も落ちていることだ。まあ城下に王子がいても、街には仕事帰りの人々が大勢いるわけで。きっと目立つこともないだろう。そう……油断していたのだが……
それはとんでもない思い違いであった。
残念なことに――ブレアは、街中で、すさまじく、目立っていた……
気がつくと、町を行き交う人々が吸いよせられるようにブレアの姿を目で追っている。
もちろん彼の華やかな金の髪に彩られた見目が人目をひくというのもあるのだが――それよりも。
その身からにじみ出る存在感が、はっきりいって城下町には異質すぎるのだ。
彼自身はただ前を見据えて歩いているだけなのだが……
その姿は、城下町という民衆で溢れかえる雑多で気楽な空間では、なぜか異様に浮いて見える。
品のよい身なり。鍛えられた身体つき。その無駄のない動作も王宮では目立たないが、こうして城下におりてみると、かなり人目を引く。
何より……冷淡にも見えるほど研ぎ澄まされた眼光は――突然町に規律の権化でも降臨したかのような物々しさを醸し出している。
……いかめしい……そしてひたすらにいかめしい……
わずかでも視界にブレアを捉えてしまった町民は、一瞬身をすくめるようにして立ち止まる。
薄暗くてブレアの人相も定かではないはずなのに、まるで皆、彼が何者なのか理解しているかのような顔をした。……まあ、実際にはそんなことはないのだろうが……
エリノアは、そんな周囲の反応もふくめ……やっぱりブレア様はどうにもこうにも見た目で誤解されるタイプだなぁとやや消沈する。そんな主がなんだかとても不憫な気がした。
だが、町民たちを困惑させるものはそれだけではない。
――そう……彼らの少し離れた後ろを……一応隠れているていでぞろぞろついて来る、ガタイのいい連中だ……
筋肉集団は無駄に切れのいい動きで物陰に隠れ、機敏に街中を移動し……街角から顔を半分出してブレアとエリノアの動向を見守っている。……その異様なさまを見て、民衆に動揺するなというほうが無理というものである。
……だってみんな騎士団の服着てるしさっ……! と、エリノア。
再び頭の中で、チーンと情けない音がする。
あのブレアの存在感で、背後に騎士を従えていれば……おのずと彼が只者ではないと宣伝して歩いているようなものではないか。
そりゃあ皆驚きますよ……と、ガクッとこうべが落ちる。
なんなんだあの集団は……護衛にせよ、討伐にせよ、もうちょっと上手に隠れられないのか。どうしてああも、物陰から筋肉をはみ出させてニヤニヤ好奇の目をこちらに向けてくるのだろう。
ブレアがもし本当にブラッドリーを捕らえる、もしくは聖剣の捜索目的でここに来ているのだとしたら、あれは著しく不適切なのでは!? と、心底疑問に思ったエリノアには――
彼らが筋肉なりに……
『自分たちがあまり二人の近くに行きすぎて、甘いひと時を邪魔したら駄目だよな……ふふ……』
……などと。のどかなお花畑思考で照れくさそうに考えている……とは、もちろん分かりようがない。
エリノアは、ニヤニヤした騎士集団の中にオリバーを見つけて、視線で問いかける。
――……いったい……何祭りなんですかこれは!?
――……知らねーよ、ばーかばーか
……ばーか、だけがなぜかいやに鮮明に聞こえた気がした……
相変わらずのんきな進行具合ですが…長くなったので切ります。
【お知らせ】
ありがとうございます。コミカライズ企画進行中です!




