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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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20 出刃亀隊、将軍夫人を賞賛す。

「なんだとはなんなの……!? お前……よくもまあその顔を私に見せに来られたわね! 私が許すまでは家に来るなと言っておいたはずよエリノア!」

「……申し訳ありません……」


 夫人のしょっぱなから全開な戦闘態勢に……エリノアが渋い顔をして身をただす。


 この、エリノアを“お前”呼ばわりするご婦人は、タガート家の女主人。

 タガート将軍の夫人であり、ルーシーの母であるその人だった。

 そして……つまり、エリノアが出来るだけこの屋敷に近づきたくないと思っていた原因でもある。


 昔からエリノアとこの夫人は折り合いが悪く、エリノアもできるだけ顔を合わせないようにして過ごしてきた。普段ならば、こうしてエリノアがタガートの屋敷に顔を見せても、夫人には無視される程度なのだが……

 どうやら今回は、エリノアの養子入りと、舞踏会の件で、夫人はいたくご立腹のようだった。

 彼女は般若の顔でエリノアにつめよる。


「旦那様とルーシーを懐柔して当家に養子に入ったのに……まだ何か要求するつもりなの!? なんて厚かましい……!」

「いえ、そんな……」


 いつもなら、エリノアもこういう時は怯むようなことはないのだが。……しかし、今回ばかりはそうもいかない。

 なにせ、そこに……ブレアがいる。


 エリノアは、失敗したなと思いながら夫人の前に進み出た。

 まさか夫人自ら外までお出ましになるとは思っていなかった。屋敷の中に入れてさえもらえれば、ブレアともここで別れることが出来たのだが。

 奔放で通っているルーシーとのじゃれあいならまだしも、王子の前で夫人の面目を潰すような真似はしたくない。それはタガート家の体面に関わる問題だ。

 エリノアは夫人に向かって頭を下げる。


「その節は……本当に厚かましい真似をしまして……あの、奥方様お怒りとは存じますが、お叱りは屋敷の中で伺いたく……」


 だが夫人は取り合わず顔をしかめている。


「なんですって? 家に入れろ? 顔も見たくないほどなのに入れる訳がないでしょう! しおらしくして見せたって駄目よ! 気味が悪いからやめてちょうだい!」 

「そ、それが、あの奥方様実はブレア様が――」


 いるんです、と言いかけたエリノアの言葉を受けて、夫人は何かを思い出したようで……さらに表情を尖らせた。


「そうだったわ……ブレア様よ! あなたのおかげでルーシーがブレア様のダンスのお相手ができなかったんだったわ……」

「ぅ……」

「なんてことをしてくれたの……王妃様は相性がよければルーシーをブレア様の婚約者に決めると仰せだったのに……せっかく私の娘が王家に輿入れできるチャンスだったのよ! 本当にあなたたち姉弟は昔から疫病神ね……!」

「す、すみません……」


 いや、それはそもそもルーシーに懇願されたのがきっかけなのだが……ヒートアップする一向の夫人には口ごたえは状況を悪化させるだけだなとエリノア。

 しかし、ここで負けてはならない。いつまでもブレアの前で騒がせるわけにはいかないのだ。夫人は好きではないが、ルーシーやタガートのことは大事だった。

 エリノアはピクピクと引きつりながら、夫人の背を屋敷のほうへ押す。


「そーれもこれも! 全部中でお聞きしますから! さ! お早く中へ!」

「何を……家には入れないって言っているでしょう!?」


 グイグイと屋敷のほうへ押すエリノアにカチンと来たらしい夫人が怒声をあげる。「離しなさい!」と、その手が勢いよくエリノアを払いのけ――次の瞬間、その手が大きく振り上げられていた。


 ――と


「失礼……侯爵夫人」


 低い声が場に響き、二人の間にブレアが割って入った。

 それは夫人の平手打ちが振り下ろされた瞬間のこと。エリノアは青ざめて、息を吞む。


 が……そこは運動神経のいいルーシーの母。

 夫人は青年に当たる直前で己の手をピタリと止めて、ジロリと眉をひそめる。


「……誰?」


 彼女の止まった手にエリノアが、はぁああああ……と、盛大に安堵の息を吐きながらその場にヘナヘナと崩れ落ちた。タガートの夫人が王子をひっぱたいた……なんてことになっていたら、きっと出歯亀隊オリバーたちが黙っていなかった。本当に本当に大事になってしまうところだった。


 エリノアの安堵をよそに、夫人は突然踏み入って来た青年に不快そうだ。その顔にエリノアが「奥方様、顔!」と怒っている。

 しかしブレアは一向に気にした様子を見せず、腰を抜かしたエリノアを支え、そっと地面から立ち上がらせた。


「……大丈夫か?」

「わ、私はなんとも……も、申し訳ありません! 私めが代わってお詫びいたします!」


 たった今立ち上がらせてもらったにも関わらず、エリノアは今にも土下座しそうな勢いだ。

 そんなエリノアの様子に夫人は不審そうな目を向けている。


「いったい何……ブラッドリーではなかったの……?」


 どうやら夫人は、エリノアと共に来た彼を弟だと思いこんでいたようだ。

 辺りはうす暗く、夫人からはブレアの容姿もあまりはっきりとは見えていなかったらしい。

 家屋から漏れるわずかな明かりを頼りに夫人はジロジロとブレアの顔を見ている。


「誰なのこの男は……あ、ら……? どこかで見た顔のような……」

「お、奥方様! ブレア様です! ブレア様!!」

「ブ……?」


 エリノアの悲鳴のような声に夫人が息を吞み、まさかと言いたげに目を丸くした。

 そしてその目に映る毅然とした立ち姿の青年が、確かにこの国の第二王子ブレアだと分かると――

 彼女は驚愕し、慌てて数歩後退してからブレアに向かって頭を下げた。


「こ、これは殿下……お出でとは存じませんでした……ご挨拶もせず申し訳ありません、醜態を……」


 突然のことに動揺して裏返りそうな夫人の声に、ブレアはいやと返す。


「突然すまない。ご息女の件も申し訳なかった。すべては至らぬ私に問題がある。許してほしい」

「い、いえそんな……」


 頭を下げる王子に夫人はしどろもどろである。

 当の本人の前で、己の娘が妃になれなかっただのと打算的な発言をしてしまった夫人はバツが悪くて仕方がない。


「あの……しかしなぜ殿下がこの者と一緒に……? 家長は今、宮廷に出ておりますが……」


 普通王族が臣下の住まいを訪れる時は、先触れもなく現れたりすることはまずない。

 そもそも、このような時刻に王子が侍女と二人きり(?)で城下にいるということが不思議で。けれども立場的に王子を怪しむような顔ができない夫人は、怪訝そうな顔をエリノアに向ける。そして向けられたエリノアも、そんなのこっちが知りたいくらいだと心の底から思った。


 だが、しかし、夫人の問いに、ブレアはいたって簡潔な言葉で返す。


「いや、話をしたかった。……それだけだ」

「「??」」


 その端的な――端的すぎる言葉には……夫人ばかりでなくエリノアまでもが意味がつかめないという顔をした。だがそんなことには御構いなしで、それでとブレア。


「ルーシー嬢はご在宅か?」

「え? いえ……今は従者と外出中ですが……」


 夫人が戸惑ったように答えると、ブレアは「そうか」と頷いて――……そのまま傍でハラハラした顔をしていたエリノアの手を握る。


「え?」

「ん?」


 繋がれた手にエリノアと夫人がきょとんと目を落とす。と、その間にブレアはエリノアの手を引き、彼女を自分の方へ引きよせた。

 タガート夫人は唖然とした。……状況が吞みこめないエリノアがなんとも微妙な表情でブレアに抱きとめられている様子を見ながら――……ぽかんと口を開ける。

 そんな夫人をブレアは一瞥すると、感情のなさそうな冷たい顔で言った。


「侯爵夫人この者は私の侍女です。……今後は疫病神などと呼ぶのはやめるように」

「え……? は、はい……っ、申し訳ございませんでした……」


 口調は静かだが、それははっきりとした命令だった。夫人はその密やかだが刺すような圧に驚いて、慌てて頭を下げている。


「では失礼する。――行くぞ」


 促されたエリノアはハッとしてブレアを見上げる。


「え……あ、の……私はタガートのお屋敷へ……」


 ブレアの傍を離れて夫人のほうへ行こうとするも……ブレアの手はしっかりとエリノアの手を握りしめていて。男の身体から漂う当たり前感にエリノアが困惑している。毅然としすぎな王子の横顔を見ていると、まるで慌てている自分のほうがおかしいような錯覚にとらわれて……エリノアは、ブレアと夫人との間で視線を彷徨わせている。


「あ、あれ?」

「聞いただろう、義姉殿は不在だ。やはり自宅まで送ろう」

「え……でも、奥方様が……」

「で、殿下!?」


 エリノアの手を引いて屋敷前を離れていくブレアに、タガート夫人が慌てた様子で彼を呼ぶ。が……それをブレアが振り返ることはなかった。

 引き離されていくエリノアと夫人の間で、無言の会話が成立する。


 ――これ……なんなんですか?

 ――分かる訳ないわよ!?

 ――……で、ですよね……


 やはり何かがおかしいのでは!? とエリノア。


「すっかり日が落ちたな……足元に気をつけろ。自宅はこちらの方角だったな」

「……はい? あれ!? じ、自宅? ブレア様? あの、も、もう夜に……ちゃんと王宮に夜間の外出を知らせて頂いてますか!? あと手……手が……」

「気にするな」


 うろたえた言葉に平然と返されて目を瞠るエリノア。

 気にするなと言われても、大きな手に握られた己の手が恥ずかしくてたまらない。

 しかしエリノアもまさかと、思いもしない訳だ。

 こんなに平然とした顔の下で、ブレアが実は……夫人の「疫病神」発言に静かに怒っているのだとは。しかもどうやらブレアのほうでは、その怒りが羞恥を凌駕している。あんなに触れた触れないで慌てていた男が、今はエリノアの手をしっかりと握りしめ離す気配すらない。

 エリノアは動揺した。耳元まで鳴り響く己の動悸がうるさくてたまらない。


(こ、これは……何!?)




 ――そんな二人の様を見て喜んだのが、背後に潜む出歯亀騎士たちである。


「お! おおおお! 手が……手が! つなげたようだぞ!?」

「し、進展だ! 進展があったぞ!」


 ナイスだ、侯爵夫人! ……と、なぜかタガート夫人が賞賛を受け、騎士たちは今にも凱歌でも歌い出しそうに浮かれまくっている。

 それを……オリバーが一人、「……ガキの付き合いじゃねえんだから……」と、げんなりしている。




 ――ブレアの足は颯爽と城下町を目指している。


 エリノア、危機脱せず。

 




お読みいただきありがとうございます。


…なんだかまだまだ続くもよう。

エリノアは足掻きましたが、書き手の陰謀です。

折角ブレアが城下におりましたからね。ブラッド、リード、聖剣、グレン、女豹ママン…さて、次は誰を差し向けましょう。

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[良い点] 子供の初恋を見守る父兄ですね(*^ω^*)
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