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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
101/365

18 珍道中

 

 ゴクリ、と喉が鳴る。

 エリノアは――決意を持って、ブレアの前に立ちふさがり……渾身の力で地を蹴った。


「……っ!」

「…………」


 ダッと、王子に駆けよって――目当てのものに手を伸ばすも――

 それはヒョイっとエリノアの手をかすりもせずに避けられる。ブレアの手によって。

 そのブレアが冷静な瞳でエリノアを見ながら問う。


「……エリノア・トワイン……なぜ飛びかかってくるんだ?」

「なぜって……」


 己の全速力を軽く避けられたエリノアが、道脇でゼーゼー言いながらブレアを振り返る。

 そしてくわっと目を釣り上げた。


「ブレア様に! 私の荷物なんか持たせられないからですよ!」

「…………」

「お返しください! お返しください!」

「……やめろ、疲れるぞ」


 再び猛然と突っこんでくるエリノア。

 ブレアはそれを見て思った。必死そうな顔で突進してくるわりに、的外れな動きの多い娘。……もしかして思った以上に運動神経が悪いのだろうか。

 ……まあ、それはいいとしてだ。仕事帰りで疲れているだろうから荷物を持ってやりたかった訳だが……このままでは余計に疲れさせてしまうとブレアは懸念する。

 これはおそらく、頼みもしないのに背後をついてくるオリバーたちに荷を預けても駄目なのだろう。……荷物を追って、エリノアが自分の傍から離れて行ってしまっても嫌だと思い――


「私のカバンっ!」

「……仕方ないな……」


 再び赤い布を追う闘牛のようにカバンに突っ込んできたエリノアを、ブレアはすっと抱きとめる。


「!?」

「……これはお前が突っこんでくるからだからな」


 何やら、「安全の為だ」と苦悩に満ちたような顔で綺麗に足をすくわれたエリノアは――

 すぐに地面に降ろされて。――いつの間にか自分がカバンを握っていることに気がついた。


「あれ!?」


 王子の流れるような所作で突進をいなされ、カバンまで返却されたエリノアは、棒立ちになってそれを見下ろしている。

 隣ではブレアがため息をついていて。その音を聞いたエリノアは、しまった、無礼だったかといまさらにドキッとしたのだが――大丈夫、心配ない。青年はただ、柔らかい身体に触ってしまって静かに悶絶しているだけだ。


 しかし、そんなこととは思いもせず、ブレアの難解な無表情からは汲み取れないしのエリノアは、一応すみませんと頭を下げる。

 だって、忙殺されそうに忙しい王子を家路に付き合わせた挙句、荷物を持たせるなんて。エリノアの常識上あり得ない。

 荷物を取り返して少しほっとして。エリノアはやや警戒したような顔で荷物をガッチリ抱えこみ、ブレアを見ながら、なんなんだろうかと考える。


(なぜブレア様はついておいでになるの? 何かお話でもおありになる……?)


 首を傾げてブレアを見ていると、青年は静かな顔で「帰らないのか」と問うてくる。

 その言葉にそうだったと慌てて歩みを進めると、それに続いてブレアも歩く。(そして背後の騎士集団も歩く)(それをエリノアの首の後ろで見ている小鳥がしらっとした顔をして見ている。『人間は意味が分からん』by小鳥ガング)


 エリノアは少しだけブレアの後ろに下がって歩きながら、考えた。

 ブレアが自分に話があるとしたらなんの話だろうか。

 舞踏会の話か、養子に入ったタガート家の件? それか、兄上様の婚約者ハリエット王女の件だろうか。あまり王女になれなれしくするなということか? 


(うーん……分からない……まさか、ブレア様が私に好意があるとかってわけでは……)


 そんなことを想像すると、なんだか考えている自分のほうが無性に恥ずかしくなって。打ち消すように首を振る。


(い、いやいやいや……そんな馬鹿な……相手はこのブレア様よ……? ふ、不相応すぎる……)


 ちらりと見上げるブレアの整った眉目と、雄偉な肉体から生まれる雰囲気は近寄りがたいほどに堂々としていて……いや、そんなお方に突進する自分も大概だなと呆れながら……

 ではなぜとエリノアはいよいよ分からなくなる。

 私は侍女で、タガート家の養女で――と、己について考えていたエリノアは――唐突にあることを思い出してハッとする。


 あれ――


 ――……私………………


 ――…………隠れ勇者じゃなかった――!?






(……え? じゃ、じゃあ、まさか……)


 エリノアはあからさまに動揺した顔で、ブレアを凝視する。


 もしや聖剣捜索中の王子は、自分が聖剣を抜いた件を思い出してしまったのではないか。

 現在、彼にかけられた忘却術の術者であるメイナードは消耗して休眠中だ。

 その影響か何かで王子は記憶を取り戻し……こうして探りを入れに来たのでは……?

 もしかしたら王子がカバンを取り上げたのも、中に何か証拠でもあると思われていたのかも……


 エリノアはそこで、うっと足を止める。


(あ!? 家に着いて来るって……もしかして――魔王(ブラッドリー)のことを思い出されたから!?)


 だからあんなにぞろぞろ手勢の騎士たちが着いてきているのかと思い当たり――勘違いだが――全ての辻褄があったような気がしたエリノアは、真っ青になって――思わず道の真ん中で悲鳴をあげる。


「ひ、ひぃいいいいい!?」(首の後ろで小鳥がビクッとする)

「!? どうした!?」


 悲鳴を聞いて振り返ったブレアが目を丸くしてエリノアを覗きこんで来る。驚いたブレアは思わずエリノアの肩をつかんで――しかし……それではエリノアはすくみあがるばかりである。


「どうかしたのか!?」

「ぅ、い、え……な、なんでも……」


 心配そうなブレアに、エリノアはブルブルしながら引きつった笑みを浮かべ、ゆっくりと後退る。自然とブレアの手がエリノアの肩から離れる。


 ――もし本当にそうならば……王子に気がついたと気がつかれてはならないと、エリノアは思っていた。


 しかしそんな娘の様子を見て――ブレアは思い切り動揺した。

 娘は避けるように自分から離れて行って。ビクビクと怯えるような顔でこちらを見ているのだ。


「!? !?」


 近づこうとすると、ビクッとさらに距離を取られて。追い詰められた猫が逆ギレするような目でエリノアはキャシャーと叫ぶ。


「う、ぅうぅ……わ、わわわ私っ、ままま魔王なんか知りませんよ!?」

「ま、魔王……?」

「ぅうぅうううう……」


 なぜここで魔王などというワードが出てくるのだとブレアは首をかしげ、ガタガタしていらんことを口走り始めたエリノアには、小鳥がやめろと首裏を激しくつつく。(キツツキ並みに。)

 当然のことながら、ブレアは意味が分からず……ただ、いきなり挙動不審に慌てだした娘を落ち着かせようと試みるのだが、エリノアはジリジリとブレアから距離をとっていて……


(な、なぜだ……!?)


 全然意味が分からなかった。




 ……一連の出来事を見守っていた髭面の騎士が、おいと柱の陰で焦りの滲んだ声で言う。


「オリバー、何やら非常事態だぞ……!? 痴話喧嘩か!?」


 踏みこむか!? と言う髭面の騎士に、オリバーはしらっと首を振る。


「やめとけ。なんか分かんねーけど……放っておくのが一番だ。いちいち痴話喧嘩にまで口出ししてたらいつまでもブレア様の恋愛スキルが上がんねー……俺たちは護衛だけしておけばいいんだよ」

「そ、そうか……?」


 しかし、あーやれやれというオリバーに、隣の騎士はいまだに納得がいかないという顔をしている。


「なぜだ……我らが殿下が御自ら健気にもわざわざ裏門まで追いかけて来て……そのうえ家にまで送りたいなどと過分なご好意をこうも示しているというのに……! その好意に気がついて恥じらうとか喜ぶとか……もっと何かあるだろう!? こう……甘い展開とかいうやつが!」


 その言葉に、オリバーはため息をつく。


「……現実的な性格なんだろうよ。……普通、王族が自分に言いよって来るなんて夢物語、ありえないだろ……」

「な、なんということだ……せっかくの殿下の尊い恋が……」


 悔しそうにボロボロ泣きながら地面を殴る髭面騎士の暑苦しさに、やや呆れながらオリバーはまあ、と続ける。


「……実際問題、ブレア様の愛情表現も分かりにくすぎるだろ……もうちょっとあの鉄仮面なんとかしねぇと……」

「それは……………………そうだな……」


 




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