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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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17 王子と裏門

 

 門番たちからどよめきが上がって。

 けれども、彼らを動揺させている張本人は、その渦中でも外野の野太いざわめきになど少しも関心がないらしい。

 相変わらず、寡黙で目で物を語るような佇まい。変わらぬ様子にエリノアの心には、驚きと共に安堵が広がる。

 しかし、会えぬはずだった人に会えたことに一瞬、喜びかけたものの……


(あれ? なんで裏門なんかにブレア様が……)

 

 普段、高貴な人々は使用人が使うような裏門には近よることはない。

 エリノアもまさか、ブレアがわざわざ自分に会いに来たなどとは思いもしないもので……なぜ彼がここに現れて、そして自分が呼び止められたのかが分からなかった。

 エリノアはハッとした。もしや職務上で何か粗相があったのか。エリノアの顔に緊張が走ると、その顔を見て、近くにいた門番たちもハッとする。お前……今からお叱りを受けるのか……? と、いう哀れむような視線が湿っぽくて不安を煽る。


(あれ? 私……今日何かしちゃった!?)


 焦り己の就業態度を思い出そうとするエリノア。……とは裏腹に。


 ブレアは、じっとエリノアを見下ろしながら――ほっと、胸をなで下ろしていた。


(……間に合った)


 ここでひたすら無言になってしまうところがブレアの悪いところであるが、とりあえず、王宮の敷地ギリギリでエリノアに追いつくことが出来た彼はとても喜んでいた。心の中にはふわふわと柔らかな色が広がったが、顔に出ていた微笑みはもう消えてしまっている。

 ブレアはまじまじとエリノアの顔を見つめる。

 一昨日から特に変わりはないようだ。今日もいつも通り視線が忙しくキョロキョロしている(ブレアのせい)。表情もコロコロ変わっている。……元気そうだ、よかった、とブレアは心の中で思って――思っている間も彼はひたすら無言であった。


 そのシンとした姿にうろたえるエリノア。

 しかし、聖剣探しに忙殺される中、とにかく顔を見たいという一念だけでここまで来たブレア。……会えた後のことなど何も考えていなかった。ただひたすら佇む王子の姿に、周囲で門番たちが何事かとざわめいている。


「……どうなさったんだブレア様は……エリノアを威圧しているのか?」

「最初にお見せになった笑顔は……幻……?」


 そこで一人が気がつく。


「……うっわ、キモっ!」


 突然ぎょっとした同僚に門番がどうしたと問うと、男はブレアの背の方向を指差している。

 そちらには王宮への小石のひかれた道と、その両脇に刈り込まれた庭園の生垣などが並んでいるのだが……


「あそこ……なんか騎士殿たちが物陰に隠れてるんだが……」


 見れば、綺麗に剪定された生垣の影に、やたらゴツい人影が複数。……どうやらオリバーの姿もある。

 彼らは皆息を潜め、じっとブレアとエリノアのことを見ている。その雰囲気の異様なことといったらなかった……


「怖っ……何やってるんだ騎士が雁首揃えて……」

「……さあ……護衛……?」

「エリノア……放っておいて大丈夫か……?」

「……わ、かんねぇ」


 門番たちは、はらはらとエリノアを見守るのであった……




「…………あの……」


 王子はじっと見下ろしてくるが……無言だ。

 普通は使用人は主の言葉を待つものだが……このままでは埒が明かない。沈黙に耐えかねたように、エリノアが意を決し、問う。


「ブレア様……あの……どうして、私のスカートの紐を持っておられるのですか……?」


 実はそれがずっと気になっていた。エリノアが着ているワンピースはウエストの後ろでリボンを結ぶタイプなのだが。ブレアは、その結び目を引いてエリノアを門番から引き離した。

 ――そして、疑問なのは、それが今もそのままだということである……


 エリノアが自分が何かしでかしたのかと不安になる原因はここだ。これでは見た目、まるで自分はブレアに捕らえられた盗っ人か何かのようである。


 しかし、


「!?」


 指摘してやると、ブレアはハッとして、慌ててエリノアのリボンから手を離した。

 彼の顔には一瞬にして赤みが広がる……が、鍛錬焼けした素肌の色に紛れ、やはりそれは分かりにくかった。


「……すまん、つい……」

「い、いえ、私は大丈夫ですが……」


 やっと解放されてほっとするエリノア。だが、結局なぜ自分がブレアに引っ張られたのかは分からなかった。ブレアには、特にエリノアを叱咤しようというような様子は見られない。

 ただ、少し表情が暗くなったような気がして……


「?」

「…………」


 エリノアの不思議そうな顔に、ブレアは再び沈黙する。

 彼は、思い切り己の行動を悔やんでいた。

 ブレアとしては、ただ、エリノアが帰宅する前に一目だけでも顔を見ておきたかっただけだ。

 しかし生真面目な性質上職務も疎かに出来ず……それでもなんとか作業に片をつけて戻ってみれば、エリノアはもう退出したあとで。

 裏門まで来てやっとその姿を見つけるも――

 エリノアは門番の青年と顔を突き合わせていて。その近さについついムッとしてとっさに飛び出してしまったのだが……飛び出したあとで、彼はある問題に直面し困惑する。


 ……すなわち。エリノアのどこに触れて門番男から引き離すかという……問題だ。

 ……笑ってはいけない。

 彼は大真面目だったのだ。


 ――いきなり手を握るのは――……不躾すぎる

 ――……二の腕を引くのは――あの柔らかそうなところをか!? ……無理だ。

 ――では腰に手を回すのは――……もっと無理だ! 


 ……と、いうことで――

 毅然とした外見からは想像も出来ないようなヘタレな選択を、その一秒にも満たない刹那の時間で葛藤した結果。青年が選んだのが――エリノアのウエスト後ろのリボンだったというわけだった……


「…………」


 青年はエリノアから顔を背けると、赤くなった額を押さえて己の不甲斐なさに苦悩している。

 

 ――なんたることだ。

 舞踏会の夜には散々手を取ったはずではないか。それ以前には抱き上げたこともあったはずとブレア。

 しかし、時間を置いていざ娘と向き合ってみるとなぜか気恥ずかしくてたまらなかった。


 ――もしや、会いたいと思い過ぎたか。


 胸中で頭を抱えるブレア。

 会えなかったのはたった一日だ。あまりに堪え性がなさすぎるのではないか。

 しかも、とっさのこととはいえ、女人の服をつかむとは。さすがにもっと他にやりようがあったのではと悔やむ。


「………………」


 遠くでは、ブレアが無言の訳をなんとなく察したらしいオリバーたちが生垣の影で沈痛の面持ちを浮かべている。エリノアの首の後ろにとまっている小鳥ガングは不審そうな目で王子を睨んでいた。


「あの……」


 どうしていいのか分からないエリノアが困っているのに気がついて、ブレアはため息をついて振り返る。


「いや……すまなかった」

「? はい……」


 もう一度謝られてエリノアが不思議そうだ。

 ブレアは無礼で申し訳なかったと思っているわけだが……エリノアとしては、本日も散々騎士やら門番やらに、肩に担がれたり、つまみ上げられたりしたばかりである。粗雑に扱われることに耐性があり過ぎて何をこんなにブレアが申し訳なさそうなのかが分からなかった。

 しかし、無表情ながら、どうやら王子がかなりしゅんとしているような気がして。エリノアはとりあえず話題を変えることにした。


「えっと――ブレア様、裏門においでなのは珍しいですね? お忙しくなられたようですが……お身体大丈夫ですか?」


 エリノアはじっとブレアを見る。

 ルーシー同様、その顔には異変は特に見られない。エリノアが心配したブラッドリーの魔力に晒された影響なども特に見られなかった。

 そればかりか、目立って疲労感なども見られず、やはり普段から鍛えている彼は一日二日多少忙しくてもやつれるなどとということもないのだなと感心する。

 ほっとして微笑むと、ブレアもやっと安堵したような表情になる。


「大丈夫だ、お前も疲れは取れたか?」

「はい、大丈夫です」


 頷くと、ブレアも微笑む。

 その柔らかさについ嬉しくなってほのぼのしていると――ツンツンと首の後ろを突かれた。――ヴォルフガングだ。


「……あ、申し訳ありません私め、そろそろ帰りませんと……」


 名残惜しいなとも思ったが、空の色はだんだんと深い群青色に変わって行っている。……あまり遅くなると、心配した魔王とか聖剣とか女豹母とかがお迎えに来そうで怖い……

 エリノアが言うと、ブレアが真顔に戻る。


「……」


 そこでブレアはちらりと空を見て、そして、エリノアを見て、静かに言った。


「……送ろう」



 ――その言葉の直後には、なんとも言えない一瞬の間があいた。


「「「……は?」」」※①エリノア、②ヴォルフガング、③門番


 王子の言葉に耳を疑うような声が重なる。幸い、小鳥ガングの声は門番たちのものに紛れた。

 ぽかんとする者たちの前で、ブレアは臆する様子も無く続ける。


「駄目か」


 その堂々たる様子に、皆黙り込んだ。駄目かって、駄目かって、駄目かって? ……と、いう戸惑いが空間を支配する。

 ……ただ、生垣の向こうに隠れていた騎士連中は何やら慌ただしい様子を見せている。


「………………殿下?」


 エリノアが、訝しげな顔でブレアを見上げる。※意味が分からなすぎてときめくとかそういう余裕はない模様。


「なんだ?」

「……」


 なんだじゃないですけどとエリノアは思って。でも、勇気を出して言った。


「私、歩いて帰るんですよ? あれ? 城下ですよ?」

「分かっている。もう暗くなる、そこまででいい、ついて行こう」

「いえそこまでって……ええと……ブレア様は、王族でいらっしゃいますよね……?」

「そうだが?」


 そうだがじゃないよとエリノアは目を剥いてのけぞった。

 王子が使用人を家に送るとはこれいかに。

 これをどう受け止めていいのか分からない。分からなくて変な真顔になってしまった。

 なぜそんなことをブレアが言い出したのか以前に、そんなことはさせられないという思いが先に立つ。


「……無理です。城下は危ないです、ブレア様に何かあったらどうするんですか?」

「危ないのなら尚のことだ。それに、城下に私より強いものがそういるとも思えんが」


 ケロリと言われて、沈黙するエリノア。

 いや、でも……魔王とかいるしな、とハッとする。


「……いえ、私は夜道にも慣れていますから。そんな……王子様をほいほい出歩かせられませんよ。何かあったらどうします、突然頭上から木材とか降ってきたらどうするんですか!?」

「避ける」

「「「……」」」※①エリノア②小鳥③……以下略


 ああ、運動神経ものすごく良さそうだしねーと、思いながら……なぜか一切引きそうな気配のないブレアに一同沈黙。

 エリノアは隣にいた門番にヒソヒソと問う。


「……どうしたらいいんですかこれ……?」

「……分からん、とにかくブレア様は何がなんでもお前を城下に送って行きたいようだ。固い意志が見える……」

「そんな……そんなことされたら、侍女頭様にあとで大目玉ですよ!?」

「当たり前だ、殺されるぞお前……ついでに言ったらそれを見逃した俺たちも多分同罪だな……」

「ひぇ!?」


 勤め人同士おののいていると、ブレアが冷静な顔で言った。


「家まで行こうとは思っておらん。それにどうせ護衛もついてくる」

「え……」


 後ろを示されて、そこでやっとブレアの後ろに隠れているオリバーたちに気がつくエリノア。

 こそこそした大所帯に気がついてぎょっとしていると、その間にブレアはエリノアのカバンを手にしたまま、キビキビとした足取りで裏門を抜けて行ってしまった。


「行くぞ」

「え!?  あ……ブレア様! おおおおお……お待ちください!」


 エリノアは、慌てて転がるようにブレアのあとを追って行き……

 ……さらにそのあとを、少し離れて騎士たちがぞろぞろとついて行って……


 門番たちは、呆然とその光景を見つめるのであった……





お読みいただきありがとうございます。

いつの間にか100話目に到達しておりました。

100話目がヘタレなブレアの話でなんか申し訳ないというか…(^_^;)

が、頑張らせます!

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