1 それは…おそらく、多分、聖剣だった
──ええ──なんでよりによって、と思いましたよ。その時は。
なんでよりによってあのお方なのだ、と。
もし──青天の霹靂のようなこの出来事を、目撃されてしまったのが同僚などだったのならば、頑張って金銭で買収してみようかな、とか、色仕掛けとか。まだやりようがあったはずなんです。……貯金はありませんし、色気もあるんだかないんだかよく分かりませんけどね。平らな胸が好きだっていうお方もいるかもしれないじゃないですか。案外この体型はいいんですよ。人体の伸び代を大いに感じさせる希望のある体型で──
──ああ。すみません唐突な脱線で。ひとまず今回の話に我が希望的体型の件は関係ありませんでした。
それで、なんで私がこんなにぼやいているかというとですね……
──我らがクライノート王国の王宮の奥、聖殿の庭には大きな大きな大木があります。
豊かな葉を茂らせた大木の太い幹は、大人五、六人が手を取り合ってやっと囲めるほどの太さがあり、その丁度人が手を持ち上げて届く高さに……不思議な形の枝が突き出ています。
他の枝々は遥か頭上、最早人には手の届きようもない場所にのびのびと枝先を伸ばしているというのに──
その枝だけは、ポツンとそこに存在しているのです。
握るのに丁度良さそうなその枝は、深い褐色で、よくよく見ると──先端には美しい植物の細かい細工が細部にまで施されています。
そこまで見れば、それがただの枝ではなく、剣の、握りの部分であることが分かります。
木の中に吞みこまれるように深々と突き刺さった剣。その様子からは、かなりの永い年月そこに存在していることが窺い知れます。
その先端──柄頭には、大地の創造神として信仰を集める女神の紋様が刻まれていて。
昔から人々はこの大木の剣を“聖剣”と呼び、大木は“女神の大木”と呼ばれていました。
“聖剣”は、その昔、千年と少し前に、女神が後の世の為にこの国に授けたと言われています。
“聖剣”を抜いた者は女神の選んだ勇者として、魔王から王国を守るだろうという伝承が、女神の言葉として伝えられているのです。
王国の子供たちは皆、それを寝物語として聞き育ちます。
男の子たちはいつかそれを抜いて自分が勇者になるのだと。女の子たちはそれを抜く勇敢な青年はどんな素敵な人だろうかと噂し合っていました。
でも、本当は、それが真に剣なのか、柄の先に刃の部分があるのかということすら、誰も知りませんでした。
なんせ──魔王が存在するような時代はとうに過ぎ去り、世の移り変わりと共に、その対とも言えるような勇者という存在もまた、必要のないものと化してしまったからです。
平和であると言われればそうです。
でも、それゆえに、今の今まで、誰もその女神の聖剣を抜いたことがなくて────……
────で、と……
エリノアは平らな表情で己の手の内にある固い感触の物体を、見た。
長い──、一本の、剣。
……恐らく、多分、聖剣。
「……………………」
視線を上げると、目の前の大木には薄い隙間が綺麗に空いている。
エリノアは思わず言葉を失って。その穴の奥を覗きこむ。
なんだかとても、めまいがした。