1-13-4-25 masquerade 私の人生
「特別保安地区への侵入者及び侵入を試みる者無し。保安地区システム、オールグリーン。問題無し」
イベント地区の直ぐお外でデモをしていた馬鹿達のお陰で、私と同じく犠牲者になった三浦中尉とゆっくりとシステムチェックをしていると、いきなりホテル施設側のコードレッド、施設閉鎖命令が発動し、ホテル施設と外部を繋ぐ連絡扉が緊急閉鎖された。
「保安システム側、ホテル側共に、閉鎖命令の直前まで緊急情報の入電無し」
直前まで何の前兆が無かったところから、ホテル側のシステムがハッキングされた可能性が大きい。この特別保安地区とホテルのシステムは分離している。だから、いま私達がいるこの保安地区は安全なのだけど、なんとも面倒な事に巻き込まれた予感しかしない。
空には航宙艦が飛び交い、調整体が跋扈する科学文明世界に、スピリチュアルとは何だと馬鹿にされるかもしれなけれど、虫の知らせはコレだったの?
「はぁ……私はあなた達に何かしたのかなぁ?」
溜息をつくと幸せが逃げる。そんな言葉がある。でも平穏な世界を全力で破壊しようとする者達を見て、溜息をつくなと言われても、それは無理。何故、よりにもよって、今日、此処をテロの場所に選んだのか、ゆっくりと聞いてみたい。
まぁ聞いたとしても、答えは返ってこないとは思う。愚かにも誰かに煽動されて踊らされているだけなのに、それに気づいていない革命家気取りの馬鹿達が答えを持っている訳がない。
似非革命主義者曰く、政府は武力を放棄し、系外種族との話し合いによる共存を行うべきだ。もうこの言い分だけで、十分過ぎる程の毒電波。
賢明なる彼等の趣旨を理解出来ない我々は愚民であり、彼等によって正されるべき存在。彼等を認めない政府は、倒されるべき絶対悪。彼等と共に悪逆なる政府に反旗も翻さない私達は、政府に飼い慣らされた無知蒙昧な羊らしい。
無知なる自分自身を有識者として自画自賛し、他人に対する意味不明な優越感に浸れる、そのメンタルの強さに驚くばかり。
確かに、彼等の言い分にも一理はある。政府は完璧じゃない。後ろ暗い事のひとつやふたつはある。人類を守るためならば、どんな悪行にだって手を染める。その悪行を行ってきた私が言うのだから、それは正しい。
けれど彼等と異なり、私達は自分達の種族を他の種族に売るような裏切者じゃない。現実を見れない夢想家達に、それだけは批判される謂れはない。
「武装集団は、商業フロア1階より5階に小グループに分かれ行動中。6階展望デッキ、6階以上の宿泊フロア共用部に他の武装集団無し。但し、各宿泊室内部は不明。現時点で人質に負傷者は居ない模様」
「本部への通達等は此方がやる。中尉は更に情報収集に努めろ」
「了解しました」
視界の端で、彼と中尉の妹達が目を丸くして此方を見ているのが分かる。そりゃぁコードレッドの発動を聞いた途端に、ふたり揃ってコンソールに飛び付き、流れる様な動作でシステムチェックと状況確認を始めれば驚く。
挙句の果てに、どう見ても三浦中尉より若い私が三浦中尉に指示を出しているので更に驚いている。ごめんなさい、お嬢さん達、私ね、貴女達のお兄さんより長い経験を持つ古参で、上官なの。
「頼むから変な要求を出さないでよ」
異論反論は法で認められた権利。だから誰かが言論だけで臨んくるならば、私達が彼等を排除する事はない。
だけど、そこに武力を用いた暴力が伴えば、話しは別になる。騙された結果であったとしても、他種族に囁かれた挙句に、暴力を主体とした主張を行う者は人類の敵であり、私達は彼等を全力で排除する。
そこに同情や憐憫の情は存在しない。老若男女問わず人類の敵は殲滅する。そこに地位や階級は関係ない、何処の誰であろうと、人類の敵は殲滅される。だからお願いだから変な要求は出さないで。私は普通に生きていきたいんだから。
武装集団は、何処かの系外星人、恐らく列強種族の何処かに夢想の未来を囁かれたか、百歩譲ってAIRSに逆恨みした何処かの国の馬鹿に囁かれたのだろう。
今頃は、本局の本星中央区対策局と、系外対策局達は、誰がこのテロの首謀者かを調べるために大騒ぎになっているだろう。これでもし人質がひとりでも死ねば、何人の上級幹部が更迭される事やら。
正直に言わせてもらえば、そら見ろ言わんこっちゃない。人の忠告を聞かないからこうなる。敵対的な系外星人の何人かを見せしめに血祭にあげないから、領域内で好き勝手な事をされる。
本星中央区対策局と、系外対策局のお坊ちゃん、お嬢ちゃん達は、お行儀が良すぎる。確かに系外星人の奴等は戦争は下手だ。しかし、相手国の法治なんて露ほども尊重しない。銀河世界は、この星と同じくらいに血生臭くて、この星以上に無法地帯。力こそ正義の世界なのを、全く理解してない。
最後には人知れず始末され、世界から退場させられる。自分達の未来は、希望の欠片も無い閉ざされた未来しかない。その未来を知りながら、何のために私達が、身を削り、心の中で血の涙を流し、そして死神と揶揄されても汚れ仕事をしてきたと思っているの?
「物事と言うものは、悪い方向に流れる」
誰かがそんな事を言っていた気がする。本当にその通りだと思う。お馬鹿さん達はの愚かな要求のお陰で、私の幸せ生活は雲散霧消。もう、戻りたくないと思っていた世界に、嫌であっても戻らなければならなくなる。本当に嫌になる。
お馬鹿さん達は言う。政府が我々の要求を受け入れない場合は、1時間にひとりずつ人質を殺す。我々には食料も武器もある。兵糧攻めや、突入等は無駄だ。
ただし我々は卑怯ではない。この建物の中に政府関係者が居るなら、その者達が各階に居る私達の仲間を倒しながら5階まで来るというなら、権力の走狗共が私達に闘いを挑む間は人質を殺さないと言う。
人に武力を放棄しろと言いながら、自分達は武力を用い不法占拠を行い、人質を取り、要求が聞き入れられなければ人質を殺すと言う。なのに、自分達は卑怯者ではないと言う。交渉か、闘争かどちらかを選べと言う。
理論が破綻した意味不明な御託を述べる馬鹿のお陰で、私は見せたくない姿を、見せたくない人に見せる羽目になる。
「我は醜の御盾……か」
一度ARISに入れば、ARISからの足抜けは許されない。うん、それは一寸言い過ぎかもしれない。正しくは普通の者達が除隊するのは簡単、私達が少しだけ違うだけ。除隊したとしても、予備役として登録されるのは皆同じ。だけど同じ予備役の中でも、特殊登録予備役の私達は別枠。
名目上は、私達にも拒否権は在る。呼び出しを拒否できる。尤も、それを行使するかと言えるかと言えば、それは難しい。暗黙の了解がそれを許さない。
悪しき同調圧力と言われるかもしれないが、助け合って生きてきた私達は昔の仲間達を見捨てられない。だから、何も手段が無ければ、自分が行動を起こす事を当然の様に選ぶ。私も、それに倣うだけ。
本部からの緊急通達は、簡単明瞭。速やかにホテルのテロリストを殲滅せよ。捕虜や負傷者は要らない。殺せ、我等を攻撃した者がどうなるかを世界中に知らしめよ。嗚呼、何とも単純明解な命令だろう。
問題はこのホテルは彼等テロリストに依り封鎖されて居る。そしてテロリスト達の目論見通り館内に正規配備の兵士は居ない。居るのは、偶然に居合わせた休暇中の中尉と、運悪く此の場所に居た傷病除隊準備中の私だけ。
だから私は行かねばならない。不運だと嘆いても、悔し涙を零しても何も変わらない。私が此処に居た、それだけの事。
過去は隠す事は出来ても、消すことは出来ない。血の匂いを誤魔化す事は出来ても、消し去る事は出来ない。誰かがそんな事を言ってたっけ。うん、当たってる。悔しいけれど、本当にそう。どれだけ避け様としても、どれだけ眼を逸らしても、血の匂いは、向こうから此方に押しかけて来る。
幸せな時間は短く、そして光の如く去って行く。だからその一瞬、そのひと時を大事にしなさいと、誰かに言われた事がある。本当にその通り、幸せは、それを妬んだ誰かに簡単に壊される。
何が楽しいのか、何が彼等をそうまで狂信的にさせたのかは分からない。ただ言える事は、傍迷惑な人達だという事。死にたいなら自分達だけで死んで欲しい。私を巻き込まないで。
「これが……私の人生なのかな」
人の世は、ままらないもの。よく聞く言葉。私の人生は、その言葉の通り、これが、私の人生っていう事か……。本当に嫌になる。まぁ今世の私の所業は碌でもないのは知っているけど、前世の私は何をしたんだか。
でもね、でも私は妹達を生き残らせたかっただけ、自分自身も生き続けたかっただけ。それの何が悪いというのだろう。そんな望を抱くことすら罪な程に、前世の私は極悪人だったのかな。
それとも分不相応な望を抱いたからかな。言われた通りにしていたのに、過去を振り返るなと言われたから、過去を振り返らずひたすら前だけを見て生き様としただけなのに。些細な幸せを望むのが、そんなに大罪なのかな。
過去に怯えていたから不幸がやって来たのかな。身から出た錆となのかな。何が理由であろうと、過去が変えれる訳がなかっただけじゃない。言うだけ無駄なのは分かってる。ただ愚痴を言うくらいは許して欲しい。
闇の生き物が、光り輝く世界で生きたいと思うのが罪なのかな。死神が人に成れる訳がないだろう、早く絶望して狂え。殺めた数多の者達が、そう耳元で囁く。
嗚呼……今は未だ狂えない。彼を安全な場所に返すまでは、狂う何て言う贅沢は許されない。
夢物語と思っていた幸せ。奇跡が起きてこの手に掴めたと思っていた幸せが、指の間から零れ落ちていく。
前向きに考えれば、彼は今、この場所で一番安全な場所に居る。彼を守り切る事は出来る。それだけで良い。問題は、未来の彼の傍に私は居ないであろう事。
些細な事に幸せを覚え、その些細な幸せにずっと包まれていたかった。ほんの少し前まで、分不相応な夢を見てた。でも、夢は何時か覚めてしまうもの。
そうか……これが狂う理由なんだ。こうやって狂い始めるんだ。神様なんて居ない、奇跡なんて起こらない。そんな事は分かってたでしょ。仕方ないでしょ、これが私の人生なのだから。でも神様、狂う前に、せめて人のまま死なせて下さい。




