1-4-1 蒼い夜空に輝く月
一部修正と、話数巡への並び替えです。
「撃て!撃て!撃て!、撃てって言ってるだろうがぁ!この新人!撃てえぇぇ!」
畜生、何で新人が多い今日に限って、VOAがこんなにも湧くんだよ!挙句に今夜は満月。最悪だ。最低だ。
「R・P・G!」
この野郎!何でVOAじゃなくて、こっちに撃ちこんでくるんだ?!だから月夜のパトロールは嫌なんだ。暗視装置がなくてもある程度の視覚が確保できる雲の少ない月夜は、暴徒が増えるから大嫌いだ。
「そこの新人!目を逸らすなって言ってるだろうが!下げろ!その役立たずを下げろ!邪魔だ!下げろ!」
何が、新人増加に伴う戦闘哨戒任務の追加だよ。新人の御守りをさせられるこっちにとっては、堪ったもんじゃない。
廃墟の中の見たくもない風景を、蒼白い月明りが浮き上がらせる。目を逸らす権利の無い私達は、目を逸らしてはいけない。
でも見たくは無いんだ。好きで見たい訳では無いんだ。なんで新月じゃ、暗闇じゃないんだ。
「だから!下げろって言ってんだろうが!」
「本当に、馬鹿ばっかりだよ」
都市部とは言え、駅から少し離れた夜遅くの住宅街ともなれば、静かなものだ。居酒屋の喧騒と打って変わり、月明りに照らされた静かな夜道を、ほろ酔い気分で歩いているのが単純に幸せだ。
今日は珍しく、飲み会の帰り。友人達は蟒蛇だらけのため、飲み会に出席する頻度は彼等より少ない。
飲み会の雰囲気は好きだ。アルコールは少ししか嗜まないので、出席しても殆ど飲まないけれども。
いつも以上に出席を求める友人達と、それを聞いた家族の勧めもあって、会社の友人達との飲み会に出かけてきた。
友人達が選んだのは居酒屋。ありがたかった。洒落た店は、好みに合わない。というよりも、場にそぐわない。洒落た店で、小洒落た会話なんて私には無理だ。
深海魚にK2を登頂してこいというのと同じだ。身分相応、馬鹿話に花が咲く居酒屋が私にはお似合いだ。
「時期的に丁度良いと思ったからな」
戦闘訓練ノルマは、先週終わった。それは即ち、産まれ出でてからこの方、文字通り、一心同体、私と一緒に人生を歩んできたこの体と後2週間、たったの後2週間でお別れすることを意味する。
躊躇が無かった訳では無い。族の勧めもあり、飲み会の誘いに乗った。
2週間後には顔を見るのも嫌だと思われるかもしれないから、最後の機会と思い会ってきた。
最初に言われた、みんな気づいていたんだぞと。たまに姿がぶれて、女性の姿が見える時があったので、気づいた奴が居たと。何も言わないから、黙っていただけなんだぞと。
そうこうしているうちに、船団からARIS化の通達が出された。色々調べたら時間が無いのに気づいて、慌てて飲み会を設定したんだと。
確かに船団のあの通達は、衝撃的だった。
そこらの誰かがユーザで、そのユーザがARIS化してゲーム内の容姿で現実世界に現れます。なお、そのユーザを差別や利益の強要をしたら潰す。なんて言われた日には、普通大騒ぎになる。
同僚が、同級生が、家族が時々見せる別の姿。それと同じ姿がニュースに映し出される。VOAと戦うARISとなった私達が映し出される。そりゃ、驚くよ。
髪の毛に偽装した光学偽装装置が、ゲームの中の私、将来の女性となった姿がを映し出していた。
時々投影することで、周囲の人間の拒絶反応を抑える目的だったそうだけど、そんなことは、先ず私達、変わる人間に教えようよ!知らんかったよ!
間接的にとは言え、ニュース画像で見た姿と同じ姿が、職場等で、時々映し出され、見られていたとは知らなかった。
やばかった……、リアル世界でも通じる普通の女性用コスチュームを愛用していて良かった。えろえろコスのアイツとか、あいつは、この真実を知って悶絶しているのだろうか?
今後の事を聞かれたときに、今の所は会社を辞めるつもりはないと答えたら、なぜかみんながホッとした顔をしていた。心配だったのだと、思い詰めているんじゃないかと心配していたと。
そこからは、2週間後の新しい容姿をネタにされて盛り上がった。場所が居酒屋で本当によかった。ネタにはされたけど、正直ありがたかった。変わらぬ付き合いを装っているだけかもしれないけど、ありがたかった。
1ヶ月後に飲み会をまたやることになったけど、お前ら、私をネタに呑む気満々だな、おい。
2週間経った土曜の昼前に、仮の生義体は活動を停止し、私は完全調整体として調整槽で目覚めた。容姿も、声もかわったので戸惑いは隠せないけれど、慣れなければ。
家族は諦めなのか、達観なのか、思った以上に落ち着いていた。本当は泣き叫びたいのかもしれないけれど、私の手前上、我慢してくれただけかもしれない。
それとも、自分達も弄れると知っているので、落ち着いていたのだろうか?君達、この肌モチモチとかつつくのを止めなさい。そこの嫁、胸を揉むな。だから、やめんか。
体が変わって最初の通勤は、この恰好のまま、今までの男性の姿に戻ったら?!女装中年?!などと考え、脂汗を流しながら家を出たのは憶えているが、それ以外は余り覚えていない。
そういえば、いつも以上に車内密度が高く、密着率が高くて暑かった記憶が朧気ながらにある。
部署に着いた時、同僚が目を真ん丸にして、口が半開きになっていて、人は唖然とすると、本当に口が半開きになるんだなぁとか益体の無いことを考えたのも覚えている。
姿がブレて女性の姿を何度か目にしていたとはいえ、昨日まではただのおじさんが、少し金色がかった白銀の髪の毛に、エメラルドグリーンの瞳の若い女性として現れたのだから、驚いて当たり前だと思う。
この姿になって、良いことも、悪い事も、鬱陶しいこともあった。
例えば、隣のセクハラ部長。何度か女性社員に相談を受けて、やんわり注意していたあのデブが、にやけながら舐め回す様に見てきたときは、背筋に悪寒が走った。
気づいた他の女性社員が、視線の間に割って入って庇ってくれた。今まで女性社員に普通に接していて良かった。情けは人の為ならず、とは良く言ったものだと実感した。
後は、私より早く出世したので、人を小馬鹿してくれていた自称エリート君。何が「私とは仲良しだ」だよ!あんたパワハラ大王だろうに。女性社員全員にばれているの知らないのかなぁ?
まぁ、会社は社会の縮図。良い人も居れば、嫌な奴も居る。当然と言えば、当然だ。
ちょっと衝撃的だったのは、今日からは女性用更衣室を使う様にって言われた時。流石にこれは想定外だった。
姿がブレて女性の姿を見ていたし、船団の通達が出てからも皆でちゃんと話し合って準備してきたから大丈夫と言われた。それに、その容姿を見たら、反対する子なんて出ないよって言われた。
それで良いの?ありがとうね、みんな。でもさ、もし突然元の男性に戻ったらヤバイんじゃ?
ごちゃごちゃ抵抗してないではやく来い?その時は見逃してあげるから大丈夫だって言われても、不安なんですけど。それに今まで男性だったのが、女性更衣室って刺激が強いんですけど?
刺激が強いのはこっちだから ふふふふ、って何!?
そういえば、あの日は何時もなら少し残業するけど、朝から疲れたので定時に帰ろうと思えば、女子更衣室で着替えなければならないのに気づいた。
ここは、窮余の策で、皆が着替え終わったろうな?という時間までずらしてから更衣室で着替えようとしたら、襲撃された。
敵集団は、頭脳派だった。もう……お・お嫁にいけない。
帰宅の電車は、どうにも周りの人に見られている感じが拭えず、自意識過剰なのかもしれないけれど、おじさん時代に感じることのなかった、妙に集中する視線を感じてしんどかった。
夜道を歩いている時に見慣れない人が、反対方向からやってくると緊張する様になった。私はこの変化に、耐えられるのだろうか?家族は耐えてくれるだろうか?
完全調整体になった私は、老いない。肉体能力は見かけ以上に強靭になる。視点が異なれば、単なる化物にしか見えない。家族は、完全調整体になった私を怖がらないでいてくれるだろうか?
見上げた雲ひとつ無い夜空に、薄黄色に輝く月が浮かんでいる。
何年ぶりだろう、夜空を見上げるなんて。子供の頃は良く見上げていた筈なのに、大人に成るにつれて視線は段々と下り、夜空なんて見上げなくなっていた。
社会人になって幾星霜。疲れ果てた心で、街灯に照らされた夜道を見つめ、家に向かってとぼとぼと歩くだけで精一杯。
ふと、道の色がいつもと違う様に感じ、見上げた冬の蒼い夜空に、凛として咲く薄黄色花の様な月が浮かんでいた。
こんなにも綺麗な景色があるという事を忘れていた。何時も俯いて歩き、道しか見ていなかった自分に気付いて少し悲しくなった。
もう、俯いて生きるのは止めよう。これから辛い事も一杯あるかもしれない。けれど、上を向いて歩いて行こう。
意地でも俯かないで、胸を張って上を向いて歩いて行こう。蒼い夜空に輝く月に負けない様に頑張って歩いて行こう。
「通達。戦闘哨戒任務について」