1-13-4-18 masquerade 追悼イベント
「金持ちってのは、一般人の私達と違って、スケールが大きいよな」
リハーサル時の化物騒動で、元々私が出演予定であったイベントは無期限延期になった。イベント会場等といういものは、時期にも依るが簡単に日程を押さえられるものじゃない。無期限延期なんてのは婉曲的な表現であって、より簡単に言えばイベント開催はキャンセルされた。普通ならここで終わるところだが、あの騒動から3か月後の今週、規模を拡大して再開の運びとなった。
中東の王室が、正に札束で頬を叩くが如く会場を確保した。なんでも3カ月程前にテロで死亡した王子と王女の其々の推しが、この前のイベントに出る予定だったとかで、王子と王女の追悼を兼ねているそうだ。
金持ちの考えている事は、余りにスケールが大きすぎて意味不明だなと沙羅に言ったら、そんな世界も在るんですよと苦笑いしてた。
「これは、盛況だと言って良いのかな?」
出資元が誰であろうと、露出して何ぼの芸能界の私達にすれば、イベント再開はありがたい。規模が拡大された事で、売り出し中の新人達も多く出演する事ができる。彼等が多くの人に知られる機会が得られるのは良い事だ。
初冬も過ぎ、そろそろ寒さも押し迫ってきているというのに、車窓から見える会場の周囲は多くの人々で賑わっている。
会場に溢れる人達はファンの人達ばかりではない。報道された聞いた事のある芸能人等が見られるかも、写真や動画を撮影できるかもと野次馬的な考えでこの場に来た人たちも相当数居る。
彼等は、報道陣や誰かのファンの人達と異なり、抑制のない身勝手な行動をする。彼等が何もしない事を祈るのみだ。
「目立たない訳にはいかないけれど、悪目立ちだけはしないようにしよう」
王子と王女の追悼イベントというスケールの大きな話しが旬なのか扱い枠は小さいものの、一時的に鎮静化していた沙羅についての報道は、彼女が戻って来たことで再開している。
今のところ彼女を否定的に報道する所はない。恋人疑惑の護衛と言うよりは、どちらかと言うと手間のかかる妹の様な姿を強調した内容が多い。
本来ならば、情報を遮断したいが、そうしてしまうと勝手な憶測報道をされてしまう。報道内容を見るに、今の所は、会社のオープンデッキを用いた広報活動が功を奏していると言って良いのだろう。
会社の3階には、通りを挟んだ複合商業ビルのテラスデッキから見えてしまうオープンデッキがある。転んでもただでは起きない狸爺発案で、見えてしまうという事を逆手に取り、所属芸能人の宣伝をしている。
狸爺の社長曰く、費用のかからないファンサービスであり、売り出し中のタレントの広報場所であり、事務所直結の撮影場所。
所属タレントは、新人、ベテラン関係なく、最低でも1週間に一度は、このオープンデッキで何が無くとも、休憩だけでもしなければならない。
おい、そこの人に擬態している狸。雨の日はテラスにタープを展開するスタッフの苦労を考えろよ。狸はどうしているのか知らないが、普通の人間は雨に濡れたくないんだよ。分かってんのか、そこの狸親父。
通り向こうのテラスデッキは、ベンチやら観葉植物やら、タープの屋根にお洒落な街燈やらが増設されて、最初の無味乾燥な場所の面影は欠片もない。そんなテラスデッキは、お目当ての芸能人が台本の読み合わせや、軽く振付の練習をしたり、動画配信している姿、休憩している姿を見られる人気スポットになっている。
問題がない訳じゃない。人が増えれば犯罪も増えるのが道理。治安の良いこの国だって、その道理からは逃れられない。
ただし保安省と繋がりのあるうちの会社の場合は、他社さんと異なりアドバンテージがある。テラスデッキやその周辺を警邏巡回路にしてもらい、テラスデッキの犯罪を発端にした会社への批判を未然防止している。
「騒ぎたいだけの者達も居ると思うので、注意して下さい」
車窓の外の喧騒を見る沙羅の眼が、拡散されている動画等で見られる優しい眼ではなく、少しだけ厳しい目になっている。
護衛の彼女の姿が拡散しているのには理由がある。彼女にとっては非常に迷惑な話だが、定期的に私の恋人ではないかと噂される。その結果、彼女は護衛なのに取材対象になり、そして何故だか事務所の公式統合ファンサイトに、沙羅さん観察日記なるページまで作られる様になった。
ところが彼女の情報は少ない。休息時間であったとしても、彼女がひとりでいる姿は金属質のスライムを捕獲するのと同じ程度に希少。当然だ、彼女が私から離れる事が稀なのだから。
彼女のページについては、最初はみんな面白がっていた。しかし日を追うごとに彼女のページが拡充しPVが増加するにつれて、事態が変な方向へ過熱化するのを防止する必要が出てきた。
情報が少ないから過熱化する。ならば、彼女の情報を小出しにすれば良い。半ばやけくそ気味の結論に至った私達は、狸爺、福山マネージャそして私で、嫌がる彼女を、私の家に氷下魚の常備と、超高級電気炊飯器を導入する事で懐柔し、彼女も他の所属タレントと同様に、オープンデッキ通いを義務化する事で解決した。
白米は正義なのであり、その為の痛痒等は些細な事象に過ぎないのだそうだ。正直に言おう、偶に彼女の行動原理が理解出来ない。
投稿されているオープンデッキの彼女は、護衛の時より目つきが柔らかい。基本的に穏やかな表情をしている。自分と同じくらいの見掛けのアイドルが来ると更に優しい目になる。そして何かと世話を焼く。時には、彼女達の背中に手を置きながら話し込んでいたり、彼女達を抱きしめている姿もある。
そんな彼女しか見た事ない人達は、彼女を人より少し優しいのが取り柄の、御し易い少女と思う。とんでもない誤解だ。彼等が思い描く少女は存在しない。現実の彼女は、途轍もなく気が強い。そうでなければ、あの化物に対して一歩も引かずに銃を乱射できる訳がない。
この混雑の中にも、そんな誤解をしている者達が何人も居るだろう。彼等が彼女に変な事をしないのを祈るばかりだ。
「予想以上に訪問者が多いので、動線とファンの方々との距離が当初より近くなっているので気をつけて下さい」
イベント会場に近づくにつれて、警備の警官や兵士達の姿が目立つ様になってきた。イベント会場近くの道路は、模倣犯に同じ様な騒動を起こされたら目も当てられない為か、関係者以外の車輛は通行禁止なり、リハーサルの時の騒動もあってか、周りは警備の警官や、兵士だらけ。助手席の福山マネージャ曰く、上空には多数の揚陸艇が滞空しているらしい。
彼等の面子をかけてここまで警備された状態で、流石に二度目の化物騒動は起きない。私はそう思っているのだが、彼女はそう思っていない様だ。イベント会場が近くになるに伴い、沙羅の目つきが厳しくなっていく。
「わかった。わかったから」
銃を携帯していない私は、化物が出たとしても貴方を守れない。だから貴方は、化物が再び現れたら、私が言った方向に何も考えずに逃げろと彼女が言う。
私と逸れても、私を探しに戻ってはいけない。例え私が倒れたのを見ても、助けようとしてはいけない。私を見捨てて逃げ、生き延びる事と、何度も沙羅に念押しをされた。
見捨てて逃げるのは恐らく無理だと思ったが、ここで分かったと言わないと永遠に念押しされるので、分ったとだけ言っておいた。
「本当に、分ってますか?ねぇ?分かってるの?ねぇ?」
大丈夫とは思うけれど、世の中に完璧はない。人の恨みというのは、合理的な判断では推し量れない行動を誘発する事がある。
前回の騒動の一端を担っていた馬鹿な王子と王女は、騒動から然程経たぬうちに処理された。王家としては、色々思うところはあったかもしれないが、王子と王女だけで済んだのだ、ありがたいと思ってもらわないと困る。
仮に一般人が死傷していれば、王家そのものを消滅させられていたのだから、助かったと思ってもらわないと困る。
とは言え、逆恨みしてくる者は必ず出て来る。居ない訳がない。今日、此処で仕返しを仕掛けてくる事は無いみたいだけど、将来、何処かで仕返しを仕掛けてくるだろう。
但しその時は、王家そのものが消滅させられるのだけど、分ってないんだろうなぁ。まぁ、分っていたら我々に仕返ししようなんて思わないか……。
ところで彼は本当に分かっているのだろうか?私を見捨てて逃げる事を理解したのだろうか?多分、分ってない。分かったと言うのも生返事、この場を取り繕う方便。これじゃ、夫に小言を言う妻みたいじゃない。
「ちょっと……近すぎないか?」
私は今の地位、売れっ子の芸能人になれたのは大勢のファンの子達のお陰だと思っている。だから、売れるにつれて、ファンの子達が居るのを当たり前の様に思い、横柄になる奴等も居るけれど、私はそうなれない。
下積み期間は、確かに他の芸能人に比べれば極端に短い。だからといって、下積み時代の不安を忘れた訳じゃない。まだ無名時代の私を励ましてくれた極僅かなファンの子達の事を忘れた訳じゃない。今の私が此処に居るのは、ファンの子達のお陰だ。だからファンの子達に感謝すればこそ、を無碍には出来ない。
とは言え、近過ぎないか?警備スタッフが少な過ぎないか?見通しが悪かったのは、私達なのか、イベントの運営スタッフなのか、それとも警備会社なのか。それは分からないけれど、とりあえず非常に拙い状況なのは分る。
警備スタッフは少ない人数で頑張ってくれているが、限界がある。何時、警備スタッフの制止を振り切って突破されてもおかしくない。そう思ったのと、横を歩いていた沙羅が私の前に出たのと、少し前の集団が制止をふりきり、私達の前に零れ出てきたのは同時だった。




